第61話 名付けと夢の中の出会い

「まあ待て待て」


 そこで、目をキラキラさせて期待するジューネを止めるようにアシュさんが言う。


「何ですかアシュ? これだけ苦労して手に入れた物です。ここで確認しておきたいのですけど」

「お宝を確認するのは良いが、皆もうクタクタだろ? 夜も大分遅いし、幸い休むのに丁度良い部屋も見つかった。ここはさっさと休んでだ。確認の方は明日でも良いんじゃないか? 疲れた状態で見ても思わぬ見落としがあるかもよ」


 それもそうだ。今はまだ無事お宝を手に入れたこととエプリの一件で興奮しているから大丈夫だが、それが覚めたらドッとさっきまでの疲れが来ると思う。当然それは他の二人も一緒な訳で、そんな状態では何かとマズいか。それをジューネも思い当たったみたいで、渋々ながら了承する。


「よし。それじゃあ決まりだ。最初の見張りは俺がやっとくから、お前たちはさっさと寝た寝た。明日は早めに起きて、ダンジョンから出るまで一気に行くからな。ジューネは楽しみだからって夜更かしすんなよ。…………と言っても心配ないか。相当疲れてるだろうからすぐ寝つけるぜ」


 アシュさんは熾しておいたのだろう焚き火の前に座り、他の皆に手を振って休むように勧める。ジューネも自分の寝袋を準備し始めた。エプリはまだ疲れているようだが、それでも見張りのことについてアシュさんと話している。


 ……それじゃあ遠慮なく休ませてもらうとするか。俺の順番をエプリより先にしてもらってからな。……だってさっき倒れかけた相手に守ってもらってはマズいだろ? せめて俺が先に起きて、その分長く休ませるくらいはしないとな。…………この関係も明日で最後になるかもだし。俺はまだ疲れを感じていないうちに話をまとめるべく、アシュさんとエプリの所に歩いて行った。





『…………ぇ。ねぇ? 聞いてるの?』

「えっ!? ああ。聞いてる聞いてる」


 おっと。一瞬意識が飛んでたみたいだ。アンリエッタの怒声が一段と激しくなる。


『まったく。ワタシの手駒はたった一日前に言ったことも忘れるようなおバカだったのかしら。ワタシは言ったわよね。無茶しないようにって。それなのにアナタときたら、今日だけで何回死にそうになれば気が済むのかしら』


 今はまた夜中の十二時前。何とかアシュさんの後、エプリの前の順番をゲットした俺は、日課となっているアンリエッタへの連絡をしているわけなのだが、まだ疲れが残っているのか少し頭がぼ~っとしている。これは決して無意識のうちにこの女神様のお小言を聞かないために意識を飛ばしたのではない。…………そう信じたい。


『……あのね。確かに金を稼ぎなさいと命じたわ。それにと言った。評価をする奴が波乱やハプニングが好きだから、宝探しなんかは大好物という事も言ったわ。だけど、まずクリアすることが大前提よ。こんな序盤も序盤で死んでもらっちゃ困るのよ』


 そう怒りを隠さずに言うアンリエッタだが、その言葉には確かに俺を心配するような響きがあった。


「分かってるよ。俺だって死にたくはない。だからこれからは危ないことは控えるって…………少しは」


 流石に今回みたいな大冒険はもうしばらくはいいや。ダンジョンにはまた潜ってみたいが、やるならせめて万全の状態でだ。こんな突然見も知らぬ場所に放り込まれてという展開は、もう二回目でお腹いっぱいだろうしな。評価するゲームの主催者も。


『本当に~? これまでのアナタの行動からすると微妙に信用できないのだけど』


 アンリエッタが疑わしそうな目でこちらを見てくる。


「ホントホント。このダンジョンから出たらしばらくバトルはなしの方向で行くとも。安全第一でまずは薬草集めなんかどうだ? ライトノベルのお約束だぞ!」

『あんまりそんなチマチマとやっていても困るのだけど…………まあ良いでしょう。これからも私の手駒としてしっかり稼いで頂戴よ。……説教だけで時間の大半を使ってしまったわ。そろそろ終了するわね』


 その言葉を最後にアンリエッタは通信を終了しようとして、直前でふと何か思い出したように動きを止める。


『……そう言えば伝え忘れていたけど、アナタが手に入れたあの宝物。あれの換金は受け付けられないからそのつもりで。金に換えるのならそちらでやってもらうからね。……だけど』


 そう言い残して、今度こそ今日の分の通信は終了する。最後に何か気になることを言っていたな。あれ自体が望むのならって…………まさか生き物か何かだったりするのか? 俺は慌ててポケットからその石を取り出してしげしげと眺める。別に形や色が変わったりもしていないよな。


「………………お前話が出来たりするのか?」


 試しに聞いてみるが、当然のことながら返事はない。我ながら馬鹿なことをしたもんだ。念の為査定してみようか…………やめとこう。どうせ明日の朝確認するんだ。その時にすれば良いか。俺は石をポケットに再びしまい、焚き火の傍に移動する。





「……いよいよ明日か」


 遂に明日ダンジョンを出る。俺が異世界に来てから明日で十日目。このダンジョンに来たのは七日目だから、三日間このダンジョン内を歩いたことになる。このダンジョンはやたら広く構造も複雑だ。おまけに手持ちの道具は大半が元いた牢獄に置きっぱなし。スケルトンはそこまで強くないからまだ良いとしても…………俺一人だったら下手すりゃ野垂れ死んでたな。


「本当に、俺は出会いに恵まれた」


 まず一緒にここに跳ばされてきたエプリ。エプリがいなかったら今もダンジョンを彷徨いっぱなしだったと思う。それにアシュさんとジューネ。この二人に会っていなかったら、凶魔化したバルガスを助けることが出来ずに俺もそのまま大怪我をしていただろう。隠し部屋の件もそうだ。誰一人欠けていても、俺はこうして無事ではいられなかった。もしかしたらこの出会いこそが加護では……なんてな。


 そのまま焚き火を見て感慨に耽っていると、急に袖をグイグイと引っ張られる。振り向くとヌーボ(触手)がいた。ヌーボ(触手)は睡眠時間が少ない上に見た目から起きているのか眠っているのか分かりづらいところがある。動かないから眠っていると思っていたが、どうやら起きていたようだ。俺が気付いたと分かると、今度は小さな触手を伸ばして俺の頭をべしべしと叩き始めた。


「イタッ。イタタタッ。分かってるって忘れてないよ。ごめんごめん。お前にも助けられたよな。ヌーボ(触手)がいなかったら眠っている間にスケルトン達にやられてた。感謝してるって」


 叩かれながら謝ると、ようやく機嫌が直ったのか叩くのを止めてくれた。本気ではないとは言え地味に痛いのだ。それにしても、


「なあヌーボ(触手)。いい加減(触手)って付けるのも長いよな。そのままヌーボって呼んだ方が良いか?」


 それを聞くなり、ヌーボ(触手)は身体の一部を伸ばして再びべしべしと俺を叩く。どうやら気に入らないみたいだ。


「というか前から気になっていたんだけど、意識というか人格はどうなってるんだ?」


 本体は牢獄にいたヌーボで間違いない。しかし切り離されて分裂したことで、その意識はどうなったのかは実は気になっていた。単に本体のコピーが増えただけなのか、それとも新たな生物として生まれたのか? 俺の質問に、ヌーボ(触手)もよく分からないのか伸びたり縮んだりねじれたりと妙な動きをする。


「……まあいいか。分からないってことは、少なくとも意識が別物である可能性があるってことだもんな。それじゃあひとまず仮でも良いから呼びやすい名前でも付けるか。…………ボジョって名前はどうだ?」


 名づけはフィーリングだと思う。なんとなくヌーボと言えばボジョって言うのがフッと頭に浮かんだのだ。…………どっかの酒の名前にそんなのがあった気もする。今度はヌーボ(触手)も気に入ったようで、叩く代わりに俺の頭をスリスリと撫で始める。


「……叩くか撫でるかっていう選択肢はさておいて、じゃあボジョで決まりだ。では改めてこれからヨロシクな。ボジョ!」


 ヌーボ(触手)改めボジョは、やるぞ~っとばかりに身体を真上に伸ばしてやる気をアピールする。うんうん。やる気があるのは良いことだ。…………なんかさっきより物凄く元気になっている気もするが気のせいかな? 元気なのは良いけどあんまりはしゃぎすぎるなよ! 他の人を起こしたらいけないからな。


 何故か元気に動き回っているボジョを止めながら、俺はエプリの番が来るまでまた焚き火の番と見張りに戻った。





 その夜。俺は妙な夢を見た。自分で今見ているものが夢だと分かるというのは、確か明晰夢と言うのだったかな? 俺は真っ暗な空間に立っているのだが、不思議と暗闇でも目が見えるのだ。


「ここは……?」


 いくらダンジョンで眠ったからって、夢の中までダンジョンっぽくなくても良いのに。そして俺の前には、隠し部屋で手に入れたあの丸っぽいがデコボコした石がふよふよと浮かんでいた。


『…………やあ! こんばんは』


 突然目の前の石が口を利いた。より正確に言うならば、頭の中に言葉が流れ込んできたというべきか。普通なら驚く所なのだが、自分でここが夢だと分かっているからかそこまでビックリはしない。寝る前にアンリエッタから話を聞いていたのも理由かもしれない。


『ここは君の夢の中。だけどボクを持ったまま眠っていたから、少しだけ繋がっているみたい。ここならちゃんとお話ができるね』


 おっと。よく聞いてみるとこの声には聞き覚えがある。


「お話? そう言えば隠し部屋から脱出する時に声が聞こえたと思ったけど、あれはもしかしてお前か?」

『そうだよ。外ではあまり長い間話せないし、一回話したら次はいつ話しかけられるかも分からない。それに言葉も飛び飛びになっちゃうから困るけどね』


 以前誰かの言葉が聞こえたと思ったらコイツだったのか。そう言えば石を手に入れてからだな。言葉が聞こえたのは。


「それじゃあ先に礼を言っておかないとな。ありがとう。先の見えないマラソンは気が滅入るから、あの時の言葉は少し助かった」

『お礼なんて良いよ。ボクもあそこから出してもらったからお互い様だよ』


 石は少しだけ嬉しそうな声をした。どうやら感情はある。もしくはそう聞こえるように話すだけの知性があるらしい。流石異世界。


「自己紹介がまだだったな。俺は時久って言うんだ。こっち風に言うとトキヒサ・サクライかな。ヨロシク…………えっと」

『あぁ。名前だね。……ボクには名前がないんだよ』


 石は今度は少し悲しそうに言う。名前が無いってのは寂しいな。


「……そっか」

『……だけど、ボクの名前じゃないけど色んな人にはこんな風に呼ばれていたかな。………………って』


 石はそこでとんでもない爆弾発言を繰り出した。ダンジョンコアって…………ホントかよ!?

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