第二章 牢獄出たらダンジョンで

第28話 起きる者と眠りにつくモノ

  ブブー。ブブー。ブブー。


「うっ!? う~ん」


 胸元から定期的な振動を感じて俺は目を覚ました。スマホでも入れてたかな? 思わず胸のポケットをゴソゴソと探る。…………って、ここ何処!? 何故か口の中がじゃりじゃりするんだけど!?


 ペッペッと口の中から砂を吐き出し、俺は寝ぼけまなこで周りを見回す。だが、一面真っ暗闇で周囲の状況はつかめない。目が慣れてくるのを待つしかないか。その間にこれまでのことを思い返してみる。


 え~っと。確か、これから出所しようってところで鼠軍団があちこちに出てきて、その発生源をイザスタさんと探しに行ったんだよな。それでやっと発生源を見つけたと思ったら、変な黒フード達が襲ってきて……。


 そうやって少しずつ思い出していき、自分が空中に開いた穴に吸い込まれたところまで思い出してハッとする。確かもう一人一緒に吸い込まれたはずだ。黒フードの仲間のエプリって呼ばれていた少女が。あいつはどこに行った!?


 慌てて周りを手探りする。まるっきり見えない以上仕方ないのだが、ゴソゴソ探っている内に何か手に暖かく柔らかい感触があった。むっ! この感触。エプリかな? そのまま手を当てていると、僅かだが規則的に動いていることから生きていることが分かる。良かった。だけどこの暗闇で離れるとマズそうなのでしばらく手を触れたままにしておく。


 ブブー。ブブー。


 おっと。さっきからこれを忘れていた。俺が胸ポケットを探ると、そこにあったのはスマホと……アンリエッタから貰った通信用ケースだった。これって俺からだけではなく、向こうからも連絡できたらしい。いやまあ通信機器なんだから一方通行ってことはないだろうけど、向こうからかかってくるのはなんか新鮮だ。俺はケースを開けて通話状態にする。


『ブツッ。…………や~っと通じたわね。ワタシからの連絡は十秒以内に出なさいよまったく。それに、何? アナタは毎回予想できないところに跳ばされる体質なの? それはそれでアイツは喜ぶかもしれないけど、こっちはたまったもんじゃないっての!!」


 通話が始まるなり、アンリエッタのお小言プラス愚痴が機関銃のような勢いで飛んでくる。こういう時に下手に反論するのは下中の下策。これは“相棒”や陽菜に謝り慣れている俺でなくとも一般常識だと思う。


『……まだまだ言いたいことはあるけど、時間が限られているからここまでにしといてあげるわ。こちら側から連絡した場合は通信時間は十分間。その代わり、一度使用したら丸一日そちらからもこちらからも使用できなくなるの』

「了解了解。では手早くいこう。まず、ここは何処で、俺はどのくらい寝ていた?」


 まずは状況確認から。こうホイホイあっちこっち跳ばされる身としては、自分の場所は常に把握していないと危ない。それとどのくらい寝ていたかも重要だ。時間制限があるからな。


『まずアナタの居場所だけど、目的地が設定されていないゲートで跳ばされたから正確な位置まではまだ分からないわ。ただ、周囲の魔素の状態から考えると、そこは何処かのダンジョンの可能性が高いわね。それと、アナタが跳ばされてからおよそ一日くらい経っているわ』


 つまり今は異世界生活七日目の昼頃…………って、ちょっと待て!? 今ダンジョンって言った!?


 ダンジョン。それはロマンである。侵入者を試すために仕掛けられた様々な罠。そこに住まう原生生物。命がけの試行錯誤の末に到達する最深部。そこに安置されるのは、製作者がそうまでしても守りたいと思うもの。自らの知恵と力と運を総動員して挑んだ先に有る物は一体何か? あぁダンジョン。何て良い響き!!


『…………っと! ちょっと聞いてる!? 何よアナタ!? ダンジョンって聞くなり気持ち悪い笑みを浮かべちゃって。…………そんなに好きなの?』

「大好きだとも!! ダンジョンの話なら漫画にアニメにゲーム、それと実際に俺が体験した分に至るまで、知らない人相手でも五、六時間は語り続けられる自信がある」

『……一応分かってはいたけどここまで好きだとはね。まあ宝探しが好きなのはこちらとしても助かるからいいけど……そろそろ他の話に移っていい?」


 呆れながらアンリエッタが言う。おっと。ついダンジョンと聞いて熱が入ってしまった。何せ異世界のダンジョンだから、それはもうものすごい仕掛けがあるんだろうなと思ってしまって。


『さっきも言ったけど、アナタが何処にいるかまでは不明よ。本来ダンジョンの中から外へ、あるいは外から中へ意図的にゲートを開くことは難しいのだけど、今回は目的地が設定されていないゲートだったから偶然跳んでしまったみたい。だからダンジョンからは自力で脱出する必要があるわ。あぁ。ワタシの加護は例外よ。そこからでも換金及び返金は可能だから、安心して金を稼ぎなさいね!』

「よしよし。ここでも『万物換金』は使用可能と…………待てよ? アンリエッタ。このダンジョンってモンスターとか居るか?」

『……おそらく居るでしょうね。種類までは不明だけど、何か遠くに動くモノがいるのは感知できたわ」


 やっぱりか…………するとやっぱりおかしい。モンスターが居るとすると、丸一日眠っていた俺やエプリに気づかないなんてことがあるだろうか? 少しの間とか、こちらが起きている時ならまだあり得る。しかしそうではないとすると、あと考えられるのは……。


 俺は嫌な予感がして、ケースはそのままに貯金箱を取り出して硬貨を入れ、査定を開始する。査定の光を明かり代わりにして辺りを見渡すと、先ほどまでは暗くて見えなかったものが見えてきた。


 まずは俺が片手で触れていたエプリ。どうやら俺と同じように気を失っているみたいで、俺の隣に倒れていた。……ちなみに俺がエプリのどこに触れていたかは、彼女の名誉のために伏せておく。……柔らかかったとだけ言っておこう。しかし問題はそこじゃない。問題だったのは、


「……何だこれ…………骨!?」


 出来れば見たくなかった。周囲には、俺達を囲むように大量の骨が散乱していたのだ。何の骨かは判別できず、一体どれだけの量かもはっきりとは分からないが、人の頭蓋骨のような物と明らかに人ではない物の頭蓋骨が混じっている。


 俺は一瞬これがライトノベルや漫画で有名なスケルトンさんかと立ち上がって身構えた。ダンジョンならいてもおかしくはない。しかし、骨は辺りに散乱しているだけでピクリとも動かない。……考えてみれば、動くのならとうに襲われているか。スケルトンなら暗闇なんて関係なさそうだからな。更によくよく見れば、骨は皆身体の中央に砕けたりひび割れたりした黒っぽい石がある。これは魔石のようだけど何か違う。


「こいつらの心臓みたいなもんか? それにしちゃ全部ボロボロだ。これが壊れたから動かなくなったってことか?」


 しかし俺達を襲おうとしたタイミングで都合よく全員の心臓が壊れるなんてことがあり得るだろうか? 答えは否だ。つまりこれは誰かがやったってことだ。……俺は気を失っていたから除外。次にエプリだが、彼女も気を失っているようなので外していい。


 …………分かっている。立ち上がった瞬間に気づいたよ。これを出来るのはもう一人。いや、もう一体しか居ないってことを。しかし、それは辛い現実を一つ認めることになる。だけど確認しなくてはならない。見て見ぬふりをするわけにはいかないのだから。


「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」


 ゲートに吸い込まれる直前に、俺の身体に巻き付いていた触手。立ち上がった時の体の違和感で分かったよ。


 本体の七、八分の一しかないその小さな身体で俺を守るように絡みついていたコイツは、やっと起きたの? とでも言うかのように一度身体を軽く持ち上げると…………そのまま力尽きたかのように俺の身体からずるりと零れ落ちた。


「…………ありがとな。助けてくれて」


 俺はこの命の恩スライムを抱えてポツリと呟いた。その言葉と一緒に、いつの間にか眼から涙が溢れだしていた。俺がこの世界に来て、初めての……涙だった。














『一応言っておくけど、その子疲れて休んでいるだけでまだ生きてるわよ』

「それもっと早く言えよっ!!」


 ケースから聞こえてきた声に顔を真っ赤にしながらも思わずツッコミを入れる。すっごい恥ずかしいっ!! 穴があったら入りたい。でも……生きててくれて良かったよ。

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