閑話 ある『勇者』の事情 その三

 お披露目の日までの七日間。私達召喚された人達にそれぞれ変化があった。


 まず私と同じ戦わないスタンスだった高城康治たかじょうこうじさん。元は会社勤めの中間管理職だったという高城さんは、ここを現実として受け入れることが出来ずにほとんどの時間を自室に閉じこもっていた。しかしこの頃はどうやらここを自分に都合の良い夢だと認識したらしい。一転して戦うことに積極的になった。どんどん自分の魔法適正である土属性と水属性の腕前も上がり、今では自身の付き人の人と同じくらいにまでなっている。


 ただマズイことに、最近『勇者』という特権を使ってやりたい放題をしている節がある。当然のように人を使うようになったし、噂だと毎晩自室に気に入った女性を連れ込んでいるという。夢の中なのだから何をしても良いという考えなのかもしれない。


 次に元の世界に帰るために戦うというスタンスだった黒山哲也くろやまてつやさん。元の世界ではバイク便をしていたらしいけど、言葉の端々から昔ちょっとヤンチャしていたのではないかというイメージがある。今は気のいいお兄さんという感じだ。


 この人はスタンスは変わらないけれど、最近は積極的に他の召喚者の人や付き人と手合わせをしている。強くなること自体がそれなりに楽しくなってきたらしい。私は戦いには向かないので毎回断っているのだけど、高城さんや明はよく捕まっているらしい。ちなみにこちらは風属性と火属性の適性があるという。


 そういう明は実力では私達の中で群を抜いていた。魔法適正もなんと土水火風光の五つと破格で、一対一だと私達の誰も敵わない。最近は付き人が二、三人がかりでやっと互角という強さになっていた。少し気になって元の世界ではどんな人だったのかを聞いてみたが、明は困った顔をするばかりで話してくれなかった。


 一つだけ分かったのは、明は自宅でネットゲームをしている最中にこちらに来てしまったということ。趣味がネット小説といいネットゲームといい、意外にインドア派なのかもしれない。

 

 最後に私だけど…………結局まだこの先どうするかは分からない。他の召喚された人達とも話をしてみたのだけど、全員戦うことに意欲的なのであまり参考にはならなかった。明はまだあちこちを探っているようだけど、王様が話した以上のことはセキュリティが厳しくてなかなか調べられないという。





 ただ、お披露目の二日前に偶然私は付き人さん達の会話しているのを聞いてしまったのだ。自分の魔法について資料を探した帰りのこと、たまたまいつもとは違う道を通った時、途中の一室から付き人さん達の会話が聞こえてきた。


 それによると付き人さん達は私達の信頼を得て上手く取り入るように王様から言われているらしい。一番上手くいっているのが高城さんで、このままなら少しおだてれば何でもするようになるなんて言って笑っていた。対して上手くいっていないのは明と黒山さんで、こちらはおだててもあまり効き目がないから別の手を考えるとか言っていた。


 そして…………私の話題になった。私のことはあまり良い風には言われなかった。能力は他の人に比べて低く、戦う意思もない。魔法は非常に珍しいものだけど、直接的な戦いには向かず支援特化。これじゃあ取り入る意味もない。私の担当はハズレだ。今からでも他の誰かに代わってもらいたい。


 そして、そう言っていたのは………………エリックさんだった。





 私はその後すぐに部屋に戻ってベットの中に潜り込んだ。部屋付きのメイドさん達は体調が悪いといって全員追い払い、部屋の灯りも消して真っ暗にする。今はとにかく一人になりたかった。


 思えば最初からおかしかったのだ。エリックさんに会った時に感じた違和感。それは、あの人は。最初に笑って手を差し出した時も、訓練の時に褒めてくれた時も、全てが作り笑いだった。それなのに私は気付かなかった。いや、気付いていたけれど見ようとはしなかったのだ。


 私の目からいつの間にか涙がこぼれていた。裏切られたというのとは少し違う。最初から向こうはこちらを利用しているだけだったのだ。信用していたのは私の側だけ。私が勝手に信じて、勝手に頼って、勝手に裏切られたと感じているだけ。


 どうしてあんな話を聞いてしまったんだろう? 聞いてしまったら、もう聞かなかった時みたいにはいかないのに。明日から他の人と顔を合わせたらどうすれば良いのだろう? 分からない。分からない。……分からないよ。私はそのまま泣き疲れていつの間にか眠りについた。


 翌日、私は身体の調子が悪いと言って訓練を欠席した。どちらかと言えば悪いのは身体よりも別の何かじゃないかと思うけど、今はエリックさんとは顔を合わせたくないのだ。その日は一日部屋に籠っていたのだけど、お見舞いに来たのは明と黒山さんの二人だけだった。私は二人に自分の聞いたことを洗いざらい話した。


 二人はあまり驚かなかった。どうやらこの二人はこんな事じゃないかとすでに感づいていたらしい。明は自分が読んだネット小説の内容から。黒山さんは驚いたことに自分の加護から。黒山さんの加護は“心音”と言って、相手の心拍から自分への害意や悪意を察知することが出来るという。ウソ発見器みたいなもんだと言っていたけど、それよりももっと凄いものだと思う。


 ちなみに私の加護は“増幅”。名前からすると何かの規模や威力を大きくするもののようだけど、使い方が分からない役立たずの加護だ。明と高城さんの加護は不明。こういうのはむやみやたらに教えてはいけないものらしい。


 明はこれからどうするか私に再び聞いてきた。相手がこちらを利用しようとしているのは分かった。それでも今のままなら生活の保障だけはおそらくしてくれる。戦わないのであっても他の『勇者』の不興を買わないために不当な扱いはしないだろう。次のお披露目に参加すればひとまずの義理も経つ。その後は自分で決めなくちゃいけないけど、まだ時間が取れると思うと。


 黒山さんも無理に戦わなくていいと言ってくれた。戦うのが怖いなんて当たり前だ。俺の場合はそれでも帰りたいから戦うことを選んだけど、月村ちゃんはそうじゃねえだろ? 帰りたいけど怖いから戦わないだろ? じゃあ仕方ねえよ。戦えない奴を無理に戦わせてもロクなことにならないからなと。


 優しさと厳しさを併せ持った言葉をかける二人に、私はまた涙が溢れそうになった。最近泣き虫になった気がする。そう。もうすぐ最低限の訓練も終わる。終わったらいよいよこれからのことを決めなくてはならない。だけどまずは明日のお披露目のことだ。





 お披露目当日。その内容は昨日全員が集まっていた時に説明があったらしく、私は部屋にいたので当然初耳だった。簡単に言うと町中の決められた場所をパレードするというもので、昼過ぎに城を出発して二時間かけてまた城に戻るという地味に大変な仕事だった。私達が歩かなくても良いようにオープンカーのような乗り物まで用意されていた。ちなみに馬が引っ張って進むタイプである。幸い気温はあまり高くないので、日射病になる危険は少なそうだった。


 一つ気になったのは、召喚された人が一か所に集まって一緒に行くのではなく、ある程度の間隔を空けてパレードするという点。その間隔が約十メートルくらいとかなり大きい。もちろんそこには護衛やら何やらが入るわけだけど、それにしたって広すぎる気がする。


 それと、エリックさんとはまだ顔が合わせづらい。彼は時折こちらに話しかけてくるのだけど、また彼は作り笑いを浮かべているんじゃないかと思うと顔を合わせられないのだ。これまでは話しかけられたら嬉しかったのだけど、今は何というか……心が少しささくれているというか。かと言って返事をしないわけにもいかず、少しぎこちない感じになってしまっている。


 いよいよ出発の時。順番は明・黒山さん・高城さん・私の順だ。この時のために用意された服を着て、それぞれが城の入り口に待機する。イメージで言うと、明はまるでおとぎ話の王子様が着るような豪華な服装。黒山さんは格好の良い騎士。高城さんは身分の高い貴族といった感じだ。かくいう私はいかにも魔法使いという薄紫のローブに杖。ただし質はとても良い物らしく、オシャレの部分は身体のあちこちに付けた髪留めやブローチ等のアクセサリーで担っている。


 そうして私達のお披露目は始まった。町中の私達の通る道の脇には、町の人であろう群衆が私達を一目見ようと集まっている。ある人は手製の旗を振り、ある人はこちらを見て『勇者』様と歓声を上げる。その熱狂ぶりはオリンピック選手の凱旋パレードのようなありさまだった。


 当然手を振られたら振り返すのが基本だし、私達も歓声に応えて手を大きく振る。それだけのことだけど、それをあと二時間もしなければいけないかと思うと気が重くなる。それがおよそ一時間ほど続き、パレードはいよいよ折り返し地点に差し掛かった頃だった。





 突如として謎の黒フードの男達が襲撃してきたのだ。どこからと聞かれても、突如空中から現れたとしか言えない。それが急に前の高城さんのグループと私の所に割り込むように出現した。あまりに突然だったので、最初はこれは演出か何かだろうかと思ってしまったほど。その予想が違うと気付いたのは、彼らの後ろの空間に大きな穴が出現し、そこから凶魔が大量に出現して集まっていた群衆に襲い掛かったのを目の当たりにしたからだ。


 合同授業の時に勉強した凶魔。しかし、話を聞くのと見るのでは大違いだった。意思持つ現象。姿も千差万別で、鼠や兎、蛇と言った動物型の姿もあれば、ドロドロしたよく分からない姿のものもいた。共通しているのは、どれも攻撃的で狂暴であるということ。


 現れた凶魔達は見える限りで少なくとも五十体以上。前のグループとは空間にぽっかりと開いた穴で分断されていて、先に進んでいる明たちの方からも悲鳴や何かと戦う音が聞こえるから、どうやら向こうでも同じようなことになっているらしい。周りでは護衛の人が必死になって凶魔と戦っているけれど、あまりの数の多さに旗色はかなり悪い。


 上がる血飛沫。傷を負って倒れていく人々。凶魔達の咆哮。ただ状況に流されるままで、自分の意思ではほとんど何もしていない。そんな私がこの状況で平静を保っていられる訳はなかった。私はそのまま耳を塞いで座り込んでしまう。そこへ二人の黒フードの男が歩み寄ってきて、そして現在に至る。





「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」


 嫌な感じのする喋り方の黒フードの男がこちらに手を伸ばす。私は怯えてしまって動くことも出来ず、そのまま男の手がかかる寸前だった。だけど、


「『勇者』様から離れろっ! “土壁アースウォール”」


 誰かの声が聞こえたかと思うと、黒フードの男の足元から土がせりあがって二メートル近くの壁になった。男は素早く飛びのいて直撃を回避するが、壁が男の視界を目隠しする。この魔法は!?


「大丈夫でしたか? 『勇者』様」

「エリックさんっ!?」


 エリックさんは護衛の人達と一緒に私のグループに居たのだが、凶魔が現れたことにより戦いになっていたはず。急いで倒して駆けつけて来てくれたのだろうか?


「あ、あのっ! あれだけいた凶魔達は?」

「ああ。それなら心配いりません。今は一刻も早く安全な場所へ。さあ。こちらに」


 エリックさんはそのままこちらに手を差し出してくる。…………何かがおかしい。私はさっきまで凶魔が湧き出ていた穴を見た。すると、


「えっ!? あれは?」


 穴があった場所は、大きな土の壁で仕切られていた。今の今まで凶魔と戦っていたであろう護衛の人達もまとめて向こう側に。


「これで凶魔達はこちら側に来ることは出来ません。あとはあなたをお連れするだけ」

「でもっ!? あれじゃあ護衛の人達もっ!!」

「はい。


 エリックさんはそこでニッコリと笑う。…………違う! この人はエリックさんじゃない! 私は座り込んだまま後ろに後退った。


「…………どうしたのですか? そんな怖い顔をして」

「……あなたは誰ですか?」

「誰って、エリックですよ。『勇者』様の付き人の」

「違います。エリックさんはいつも作り笑いしかしません。でもあなたの笑顔は……自然なものでした。護衛の人がこのままだと死んでしまうかもしれないというのに」


 その言葉を聞くとエリックさん、いや、エリックさんに化けた何者かは一度動きを止めた。


「…………いやはや。彼が作り笑いしかしないとは情報不足でした。次に化ける時は気を付けますよ」


 そういうと彼は自分の顔をつるりと撫でた。すると、まるでマスクを取ったかのように顔が変わる。エリックさんの顔から知らない顔に。年齢は三十くらいだろうか? 肩まで伸びた白髪に、整っているがどこか冷酷さを憶える顔。その血のように赤い瞳はじっとこちらを見つめている。


「誰なんですか? あなたは?」

「これは自己紹介が遅れましたね。訳あって本名は名乗れませんが、通り名をベイン。無貌のベインと申します。今はしがない雇われ盗賊をおりますが、今回の私の仕事は『勇者』と呼ばれる方を依頼人の所へお届けすること。流石の私も『勇者』を盗むというのは初めてですよ。……さて、では改めまして」


 そこでベインと名乗った人は丁寧に一礼をした。

 

「『勇者』様。この盗賊めに盗まれてやってはいただけませんか?」


 何処かの大泥棒が言いそうなセリフだけど、今の私はそんなロマンチックな状況にはなれそうになかった。

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