第2話 大“借”金持ちになってしまった

「ゲーム?」

「そう。七柱の神同士がそれぞれ一人参加者を選び、競い会わせるゲーム。一番に選ばれた者は神が出来る限りの願いを叶えてくれるってご褒美があるの」

「……どっかでそんな設定の漫画を読んだ気がするんだが。某聖杯争奪戦的な。それで? もしや最後の一人になるまで闘えってんじゃないだろうな?」

「まさか。ゲームって言ったでしょ。そんな血生臭いことはしないわ。それぞれ参加者には課題が出されるの。課題の難しさとクリアするまでのタイム、それとクリアするまでの過程が評価基準ね」


 このちびっ子女神(自称)はやや大きめの椅子にピョンと飛び乗ってそのまま腰掛けた。いや、もう少し小さな椅子にした方が良いって。


「舞台はこのゲームの主催者が昔見つけたとある世界。アナタから見れば異世界ってことになるわね。アイツのハマっていたゲームによく似た世界を選んだって言ってたけど、それが今アナタに見せた世界って訳」


 さっき見せられた映像。断片的ではあったが、あれはよくライトノベルとかで見かける話だった。勇者。世界の危機。異世界召喚。西洋風ファンタジー。確かに俗に言うテンプレな話だ。


「ちなみにアナタには、今の勇者連中に紛れて向こうに行ってもらうから。本来なら参加者を送るのはそれなりに準備もいるけど、ワザワザ向こうから召喚してくれるならそれで手間が省けるわ。色々と特典もあるしね。それじゃあ早速」

「ちょっと待った」


 俺はたまらずそこで待ったをかける。説明を求めたがあまりにも急展開すぎる。


「それって俺が参加することが前提だろ? もし俺が行かないって言ったらどうすんだ?」

「あら? 行かないの?」

「そりゃまぁ行ってみたい。異世界とはロマンだろ? まだ行ったことのない場所。まだ観たことのない景色。心踊るし行ってみたいさ」


 正直な話行ってみたい。当然良いことばかりでもなく、危険なことも嫌なことも有るだろう。でもそれは元の世界でも同じだ。今だって崖から落ちて死にかけた訳だし。


「だがこっちにも色々と予定というか約束があってだな。命を助けて貰った恩もあるから力になりたいんだが……このゲームってどのくらい時間がかかるんだ?」

「そうねぇ…………今のところ参加者の中にクリアした者はいないわ。それにあまりクリアに熱心じゃない参加者もいるらしいからはっきりとは答えられないかな」

「それじゃこのゲームっていつからやってるんだ?」

「準備期間だけならそれなりに長いけど、実際に参加者を送り出したのは結構最近よ。…………大体二十年くらい前かしら」

「誠に残念ながら辞退させて頂きます!!!!」


 こちとら一応高校生である。今は夏休みに入ったばかりなので学校はしばらく心配ないが、それにしたって二ヶ月ぐらいが限度。幸い親には旅行(という名の宝探しやら何やら)に行くと言ってあるから暫くは問題ない。


 問題は妹の陽菜ひなと”相棒“との約束である。この二人とは今回の宝探しが済んだ後に合流して、一緒に出掛ける約束をしている。


 陽菜はともかくとして、“相棒”は時間に厳しいからな。十分遅れただけでも説教されるぐらいだから、もし何日も遅れたとなったら…………うん。鉄拳制裁は確実だな。


 約束の日は三日後。つまり三日でゲームをクリア出来るなら何とか間に合う訳だ。しかし二十年も前から始めている参加者がまだクリア出来ていないという。


 課題にもよるらしいので一概には言えないが、少なくとも三日で終わるものではないだろう。ぶっちゃけた話流石に何年も行っていられない。ということで丁重にお断りさせて頂きたいのだが。


「えぇ良いわよ。別に参加しなくても」

「良いのか!? てっきりさっき決定事項とか言ってたから駄目だと思っていたのに」

「えぇ。残念だけど他にも候補はいるし、時間も今がベストってだけでない訳じゃないの。けどその代わり…………」


 そこでアンリエッタはニタァと邪悪な笑みを浮かべると、机から一枚の紙を取り出してこちらに放ってきた。だからそういうことしてもお子様にしか見えないんだって。


「何だこれ? …………請求書!?」


 その紙には日本語で請求書と書かれ、何やら様々な事柄と数字が記されている。


「そうよ。アナタを助けるために開いたゲートの使用料に、崖から落ちた時の傷の治療費。他にもアナタを送り返す用のゲートの使用料に女神の尊顔を拝した分のお布施。その他諸々合わせてこのお値段。キッチリ払って貰いましょうか!」

「…………ちなみにこれの通貨って何? 個人的にはジンバブエドル(めちゃくちゃ日本円に比べて安い通貨)とかだと助かるんだけど」

「一応アナタの国に合わせて円よ」

「やっぱりか…………ちょっと高過ぎない?」


 その請求書には、庶民の俺からすればあんまり縁の無さそうなお値段が書かれていた。宝くじが当たるくらいじゃないと払いきれないお値段だ。


 ……特に女神の尊顔を拝したお布施代って部分が物凄くお高い。


「あらそう? 人間一人にわざわざ神が手をさしのべたにしては安いと思うけど。本来ならこんなことまずないのよ。それに」


 アンリエッタはそこでもう一枚の紙を渡してきた。こちらには契約書と書かれている。


「ワタシの手駒になってゲームに参加するのであれば、ゲートの使用料や治療費、その他諸々は免除するわ。お布施の分はまたその分別に働いてもらうけど」


 いやまず一番高いのが残ってるからっ!! とつっこみたいのを抑えつつ、ひとまず契約書の中身を確認する。


 ……ざっと読んだ所、俺がゲームに参加した場合の取り決めが書いてあった。


 曰く、参加した場合今言った通り諸々の代金を免除するだの、現地でのルールに触れない程度の支援(要するにチート、加護と呼ばれる類いのギフト)を用意するだの、他にも色々と書かれている。


 俺契約書関係は苦手なんだよな。それ関係はあらかた“相棒”に任せていたから、細かい内容の精査はどうにも自信がない。


「どう? 答えは決まった? まぁワタシとしてはどちらでも良いのだけど」


 う~む。これは実質選択肢はないに等しい。命が助かったと思ったら莫大な借金である。目の前の少女が本当に神様であれば踏み倒すという選択肢は論外だ。となれば……。


「向こうの時間の流れはこっちと同じか?」

「ほとんど同じよ。まぁ一年ぐらい過ごしたら誤差が何日か出るかも知れないけど、そんなところね。……そう言えばアナタ、予定とか約束があるって言ってたわね。要するにそれに間に合えば参加しても良いってコト?」

「……まあな。バカ高い額を請求されたとは言え命を救われた訳だし、せっかくの異世界のお誘いだしな。三日後の約束に間に合うならそれまでは参加しても良いかなぁって」

「………………よし。それじゃあこうしましょう」


 アンリエッタは少し思案したかと思うと、手をポンッと合わせて言った。


「アナタがゲームをクリアしたら、アナタが崖から落ちた時になるべく近い時間に戻すわ。もちろん怪我等は無しで。と言っても長く過ごせば過ごすほど誤差は大きくなるけど。それでどう?」

「それだと猶予はどのくらいとれるんだ?」

「そうねぇ。あくまで誤差だから正確には言えないけど、向こうの世界で一年ぐらいまでなら誤差は三日で済むと思うわ」

「一年か…………」


 課題によっては二十年かかるゲームを一年で終わらせる。オマケに場所はテンプレ的な異世界。


 剣と魔法もおそらくアリアリの危険地帯。更に言えばさっきの映像を見た限りでは、何やらくせ者っぽい方もいらっしゃるようで。


 頼りになりそうなのはこの女神のチートだか加護だからしいけど、それも何が貰えるかは不明。


 まぁ仮に宇宙最強天下無敵の力をくれると言っても断るけど。だってそんな力を貰っても確実に使いこなせないだろ? とどめに俺がクリアすべき課題も不明。


 ゴールも判らず道のりは険しく、“相棒”が居たら「このバカ野郎!! いや、ただのバカでは生温い。この大バカ野郎!!! こういう時はもっと熟慮しろ」とか説教されること間違いなし。


 陽菜は何だかんだ最後は苦笑いで許してくれそうだけどな。


「………………うっし。参加するか」


「そうそう!! それでこそワタシの見込んだ手駒よ」


 …………ゴメン“相棒”。色々考えたけど、やっぱりこのワクワクは止められない。俺はついつい上がってしまう口角を押さえながら、心中で謝罪の言葉を呟いた。


「じゃあ、富と契約の女神アンリエッタの名においてここに契約するわ。アナタはワタシの手駒にして使徒。このゲームに参加し、見事課題をクリアしなさい。その暁にはアナタを無事元の世界に送り返し、ついでに何かご褒美でもあげるわ」


 そう言い終えた瞬間、何か俺とアンリエッタの間に繋がった感じがした。富と契約の女神だけあってただの契約ではなさそうだ。


「ご褒美ねぇ。そんじゃさっきのバカ高いお布施代をチャラにしてくんない?」

「だ~め♪だってそれがアナタに与える課題なんだから」


 ちょっと待て。この女神聞き捨てならんことをさらりと言ったぞ。


「お布施代が課題って……まさか」

「そう。アナタへの課題は、“ワタシへのお布施代一億円を払いきること”。まぁ向こうの通貨と日本円では大分違うから両替することになるけど、その際には手数料を頂くからヨロシク」


 …………俺はすこぶる壮大なボッタクリにあっているのかもしれない。

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