第22話 戦争をしている世界




「登録者たちの墓、というのは? どこに」

「あー、悪いがあいつらの墓参りはザードに許可をもらってくれ」


 にっこりウインク付きでようやく喋ったアルフィムに返事を返したサイファー。

 サイファーでもザードの許可がないと立ち入れないなんて、ちょっと厳重すぎるのでは?


「なんでそんなに厳重なんですか?」

「それは……」

「登録者の死体は大国にとって喉から手が出るほど欲しい、研究材料になる」

「……え……」

「……そうですね……特に……『凄惨の一時間』の登録者は……アスメジスアでは死体すらどう扱われるかわかりませんね」

「そういう事だ」

「…………」


 だから、植物園という場所の奥の奥で、厳重に守られている。

 この艦のどこかに。


「シズフさん起きたんですか」

「……部屋で……寝る……」

「ダメです、起きられるなら食堂でご飯食べてください」

「……点滴でいい……」

「たまにはあったかいもん食えよシズフ」

「いらん」

「いらんじゃなくて!」


 ……なんという困った大人だ……!

 第一印象は頼れる隊長って感じだったのに今はもうわがままな幼女みたいになっている。


「なにか好きな食べ物とかないんですか? 俺作りますよ?」

「ない」

「ないのかー……」

「あ、そういやカイの奴がシズフがごねたら豚汁食わせろって言ってたな」

「豚汁!? ……ええ……材料あったかなぁ……?」

「トンジル? ……それ、和食だよね? ……アベルト作れるの?」

「俺、母が大和とレネエルのハーフなんですよ。母は大和暮らしが長かったから、和食が好きで……よく作ってたから得意です!」

「えー、すごいね!」

「スヴィーリオの旦那や姫さんも料理上手だったが、和食はアベルトの専売特許だったよなー」


 姫さん?

 背筋がぞわりとする。


「ひ、姫さんって……まさか」

「この世界のお前さんの事だぜ」

「だ、だよなー」


 まあ、それは仕方ないとして。


「シズフさん、豚汁好きなんですか?」

「……俺というか……俺の兄がな……」

「シズフさんのお兄さんが好きだったんですか?」

「……俺の兄の婚約者とカイはなぜか親しくてな……同じ大和の者だったからなのか……あとは、よく芋煮なども食べさせられた。大和の料理はなぜあんなに茶色い?」

「茶、色……!? ……って、まあ、それは味噌も醤油も原料が同じだから……色合いが似ちゃうのは仕方ないっていうか……?」

「俺、和食は食べた事ないや。食べてみたいなー、アベルト〜」

「いいですけど……。それなら肉じゃがも作りますね! 俺、得意料理なんです!」

「……肉じゃがも茶色ではなかったか……?」

「いいじゃないですか茶色でも! 美味しいですよ!?」

「え、俺も食べてから出掛けようかな……!?」


 ちなみに味はめっちゃ美味しかった。




「……と、お腹も膨れたところでシズフさんが結局寝ててなんも食べてない事に気がついたんだけど」

「ぬああ! もう、ほんとアンターー!」


 振り返ったところで机に突っ伏したシズフに駆け寄るアベルト。

 ああ、せっかくの料理が冷めている。

 けれど、豚汁のお椀は空だ。

 豚汁だけは食べたのか。


「……登録者同士は協調性ないのかなーと思ってたけど、アベルトとシズフさんは仲良しだね」

「……そう、ですかね? シズフさんに協調性があるとは思えないんですけど」


 それは……。

 つい、押し黙るラミレス。


「ま、まあ、戦闘中は頼りになりますよ? 元々共和主義連合の巨兵部隊隊長さんでしたし」

「隊長って呼ばれてたもんね。……父さんも隊長なんだよね?」

「…………。……え?」

「ん?」

「……あ、ああ! はい! 一応!」

「……隊長……」

「す、すみません、呼ばれ慣れていなくて…………呼ばれる日が来るとも思っていませんでしたし……」


 父さん、と。

 なんか複雑な空気が漂う。

 後片付けはしておきますねー、とそそくさ逃げていくスヴィーリオ。


「……うーん……シャオレイは元からそうだけど、父さんもよそよそしい! ……ラウトも別人みたいだし……せめてマクナッドとは仲良くしたいなぁ」

「ラウトが別人みたいって、気になります。ラミレスさんの世界のラウトってどんな感じなんですか?」

「…………」


 そうか、ラミレスの世界とこちらの世界と共通の知り合いは今のところこの四人。

 アベルトたちも気になるのか。

 突っ伏した顔を上げてシズフさんも聞く体制……を、頑張って維持している。


「俺の世界のラウトはうちの、……あ、俺、実家暮らしで実家パン屋なんだけど、そこでアルバイトで通ってくれてるんだよ。普通の学生さん。マクナッドもそう」

「ラ、ラウトが普通の学生! ……そ、そっかー、ラミレスさんの世界は戦争してないんですもんね」

「うんまあ、アスメジスアとかカネス・ヴィナティキなんて国もないしね」

「!?」

「……それは……随分違いのある世界だな……」

「ほんとですよね。……どんな分岐点で変わってしまったのか分かんないですけど……羨ましいなあ」

「俺の事をおにーちゃんって呼んでくれるあざと可愛い子なんだ」

「……へ? ……え? なんて?」


 おにーちゃん、とラミレスを呼ぶ笑顔の眩い美少年です。

 言い直すとアベルトとシズフの表情たるや。

 あれは全力でドン引いてる。


「う、嘘だ!」

「嘘じゃないし……って、まあ、この世界のラウトを見たら俺も嘘だって思ったけれどもー」

「……もはや人格が違う……だと……? しかしそもそもラミレスは性別が違うからな……そういう事もあるのかもしれん」

「そ、そういうものなんでしょうか……!? け、けどラウトが笑顔……笑顔ぉ!? ……俺も見た事ないのに……!?」


 そこまでか。

 ラウトの事を話していると二人がますますしかめっ面になるので、マクナッドの事に話をシフトする。


「……っていう感じでマクナッドは真面目で良い子だよね」

「……あ、艦長はあんまり変わってないんですね」

「そうだな……いいところの跡取りなのも……同じようだ……ふあ……」


 眠そうだなあ。


「……でもこっちで軍人さんなのは驚いたよ。……まあ、ラウトとシャオレイ以上の衝撃はなかったけど」

「シャオレイさんも違う感じなんですか?」

「どうかなぁ、軍人ではないし……俺と同じ料理系の専門学校生だから違う衝撃はあるかも」

「シャ、シャオレイさんが料理系専門学生!?」

「……、……あ、ありえない……」

「想像がつかんな」

「でも結局俺は嫌われてるし……」

「そ、それは……えーと、なんと言いますか……」


 全員にまたドン引かれている。

 そっちはそっちでこっちと違う衝撃を受けているのだろう。

 ラミレスが感じた衝撃とは、また違う衝撃を。

 どちらにしろ、彼らには“ありえたかもしれない現在”より“なんとかしなければならない現実”の方が重大だろう。

 急にごつん、と机に突っ伏すシズフさん。

 ……落ちた。


「……この人も大変そうだな……」

「……さすがに俺も介護は慣れてなくて……」

(介護……)

「カイさんが来てくれたら大分違うと思います」

「あー、副隊長でハイスペックイケメンな大和の人? アベルトも知ってる人なんだ?」

「一度だけ直接……あとは戦場で戦った事があります。普通に凄い人ですよ、シズフさんの介護をしながらシズフさんの仕事も肩代わりしつつシズフさんの代わりに戦闘以外の指揮をしてたらしいので」

「んー、隊長ってなんだっけー?」


 完全にすごい人の意味が違う。

 いや、凄いけれども。


「フォベレリオン艦長も、彼の事はよくお話しされていますよね。共和主義連合軍内は大和、ミシア、レネエルが中心の複数国が入り乱れた軍。その中で、彼らのいた部隊はマカベ中尉が中心にいたおかげで他の隊より円満だったとか」

 「へー。接着剤みたいな人なんだな」


 そんな人がいたなら、登録者たちのこの協調性のなさもなんとかなる、かも?

 もちろんアベルトも頑張っているとは思うが。


「……でも戦争していた国の軍人同士じゃ、やっぱり仲良くは出来ないのかな?」

「ど、どうなんですかねぇ? 俺はシズフさんにもラウトにもカネス・ヴィナティキの巨兵隊にも何度も襲われたから戦ったけど……でも二人とも軍人だから仕方ないだろうし!」

「……ん……んん?」

「それにほら、マクナッドやシズフさんはあんまり気にしてないみたいですよ、シャオレイさんがカネス・ヴィナティキのロイヤルナイトとか、ラウトがアスメジスア軍の兵士だとかは! やっぱ性格なんじゃないですかね!」

「…………。あのさ、ちょいちょい因縁的なもんぶっ込まれるから俺たまに凄い困惑なんだけど……この際だから相関図的なもの作ってくんない?」

「はい?」


 ラミレスの知らないこの世界の事はおいおい知っていくにしても、これからしばらくお世話になる彼らの事は少し詳しく知っておきたい。

 どんな地雷があるかわからないのだ。

 さっきの、あのイゼルという少年の事情を聞いたあとだから、余計。


「そ、相関図ですか? そ、相関図……」

「うん、一度整理しておきたい。知らないまま地雷踏み抜くとか嫌だし」

「……すでにいくつか踏み抜いているような……」


 アベルトの言葉に乾いた笑いを浮かべるスヴィーリオ。

 ……確かに、父にとって自分という存在は地雷だったかもしれない。


「……殿下、それも宜しいかとは思うのですが……そもそもあまり立ち入らないようにすればいいのではないでしょうか。少しきつい言い方にはなりますが、この世界は殿下のいらっしゃった世界ではない。あなたはいずれ、元の世界に戻る身です。この世界の者と親しくなりすぎるのは御身のためにならないかと思います」

「……それは、あなたの事含め?」

「はい、もちろんです」

「…………」


 その通りだ。

 いつか別れる。

 自分は帰りたい。

 元の優しい両親の元へ。

 平和で和気藹々とした、大切な場所。

 この世界の事情に立ち入りすぎるのは双方にとって為にならない。


「……確かに……『ジークフリード』は訳ありの人も多いから……あんまり自分の事を話す人は…………いないですよね……」

「……そ、そうか……」


 うーん、と腕を組む。

 必要最低限の関係で過ごすのが得策。

 誰とでも仲良くなりたいラミレスの性分としては、かなり寂しいものがあるがここはそういう場所。

 そしてそういう人間の集まり。

 難しいな、とぼやくとアベルトも「ですよね……」と苦笑いを浮かべる。


「でも、やっぱりみんな……どこかしら触れられたくない傷はありますよ」

「アベルトにも?」

「どうでしょう。俺は聞かれたら答えますけど……聞かれたくない人はいますよね……」

「そっか……」


 こんな時代の、こんな場所だから。

 学校とはわけが違う。

 ここには皆、友達を作りに来ているわけでもなければ仲良くしに来ているわけでもない。

 戦争をしに来ているのだ。

 スヴィーリオの言葉に突き付けられたような気がする。


「……気をつけるよ」

「…………はい」


 自分が立ち入らなければ地雷を踏み抜く事もない。

 そもそもが間違っていたのか。


(……寂しい世界なんだな)


 仕方ない事だが、改めて目の当たりにした気分だった。

 この世界は、ラミレスの世界ではない。






 戦争をしている世界なんだと。

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