第10話 ギア・フィーネというもの
「ムカつく奴だけど、やっぱりすごい奴なんですよね……。自分の身は自分で守るし、戦争で行く当てがない人の支援とかもしてるし……。まあ、ザードは表には絶対出ないから、あいつの本性知ってるのは俺たちくらいなんですけど!」
「……もやもやがこもってるなぁ……」
「そりゃそうですよ! だって俺、純粋に『ジークフリード』に憧れてたんですよ! いつか『ジークフリード』の宇宙支部で働きた…………っ……なんでもないですーー!」
「からかわない、からかわない!」
あれ、じゃあアベルトの夢はある意味叶っているのでは?
ここは宇宙。
そしてこの施設は『ジークフリード』の秘密基地の一つ。
『ジークフリード』本人にはさっき会った。
あの性悪な感じの甘党男……彼が『ジークフリード』の頭領。
(……なるほど……複雑なんだね……)
憧れていたからこその現実とのギャップに。
「……ううう、なんであんな奴が『ジークフリード』だったんだ……慈善活動も難民支援もしてるし、失業者への技術講習もやってる……まさに国を超えて活動する技術組織でほんとに憧れてたのに……」
「うんうん」
そりゃ本当にすげぇや。
と、内心思うがそれだけ聞くと確かにさっき会った彼とのギャップに頭痛がする。
「なのに本人はそんなの我関せずで兵器開発やらGF研究や解析ばっかしてる……ただの口と性格の悪い俺様で甘党の美形で声のかっこいいイケメン野郎ときた!」
「うんうん(……イケメンなのは認めてるんだな……。確かにスタイルも顔も声もめちゃくちゃ良かったけど。モデルでもやってけそうだったけど)」
「でも技術力も知識も本当にすごくて……何度も助けてくれたし……うううー! あいつ嫌いだー!」
「よしよし……」
複雑なんだな……。
まあ、複雑だろう。
しがみつかれて頭を撫でる。
これも大人になるための通過儀礼だ、きっと。
ラミレスは体験した事ないけど。
「……あ、鶴の間ってここ?」
「あ、はい!」
……唐突に現れたものすごい和風な扉に内心ドン引きする。
どことなく大和かぶれっぽい気配は感じていたが……。
まさか布団で寝ろと言われるのではあるまいな。
いや、ラミレスも大和の漫画やアニメ文化は大好きだけれども。
「……ここで大丈夫、ですか?」
「えーと」
和風の扉を開いてみると中は思ったより普通の洋室だった。
ベッド、机に椅子、冷蔵庫、シャワールーム……。
壁にはちゃんとクローゼットも。
綺麗なホテルのような絨毯もある。
「思ってたより普通な……」
「でも多分どこかに隠し通路とかありますよ。俺の部屋にも地下通路があってビビりました」
「な、なぜ……」
「……なんかこう、技術者って技術を極めるとおかしな事をしたくなるらしいです。……やってみたい事を本当にやってみちゃうのが『ジークフリード』の技術者なんだとか……」
「無茶苦茶だな!?」
怖いのでベッドを調べたり、シャワールームの壁を叩いたりした。
結果的に発見したのはクローゼットの中に通路。
どこにつながっているのか、ものすごく気になる。
「……ど、どうします? 俺はザードに聞けばいいとおもいますけど……」
「ぼ、冒険心が刺激されるなぁ……! 行くっしょ、男なら!」
「寝て下さい!」
夜中ハイテンション。
好奇心と冒険心に負けて結局探検続行。
真っ暗な通路を進むとアベルトが通信端末に入っているライト機能で足元を照らしてくれた。
半分くらいきた頃だろうか、急に息苦しさと体の軽さ、寒さを感じ始める。
「あ、これはヤバイやつだ。帰りましょう、ラミレスさん」
「なにがヤバイの?」
「言ったじゃないですか、ここは宇宙の基地だって。この先は多分空気が供給ストップしてるエリアなんですよ。進むと酸欠で死にますよ」
「シャレにならないやつか」
「多分、明日の0時過ぎには別なところと繋がってると思います。今日は戻って寝て下さ……ラミレスさん!」
気にせず進もうとするラミレスをアベルトが呼び止める。
だが、ラミレスはそれを聞いてもう進む気は失せていた。
その代わり……。
「なにこれ、扉……?」
「危ないですよ! この先になにがあるのか、俺も分からないんですから! 急に宇宙空間、ってことはないと思いますけど……それに近いエリアだったらどうするんですか! 宇宙空間舐めてるとマジで死にますよ!」
かなり本気で怒られてる。
確かに宇宙なんてラミレスの世界じゃロケットが打ち上がった〜、とニュースになるくらい一般人には他人事。
自分が行くなんて夢のまた夢。
遥か未来の話。
当たり前だがこの世界にはこの世界の常識としね、宇宙の危険は認識されているのだろう。
「でも気になる!」
「もー、ダメですってば! 侵入者用の罠だったらどうするんですか!」
「じゃあザードに聞こう! ザードに聞けばわかるんだろ? アベルトの携帯でザードに電話? してさ」
「あ、諦めないな、あんた……」
ついにアベルトから敬語が消えるほど呆れられた。
が、ラミレスは気にしない。
それが夜中ハイテンション。
とてつもなく仕方なさそうにアベルトがザードへと連絡を入れる。
先程のように宙にモニターウインドウが浮かぶ。
一体どうなっているのか……。
「あ、ザード、お菓子食堂の冷蔵庫に入れておいたよ」
そういえばそれもあった。
『ああ、ご苦労……つーか、お前らなにやってんだよ? 探検か?』
「え? ああ、俺たちがいる場所分かるの?」
『俺の施設だぞ。赤外線でバッチリ把握してるわ』
「おお、さすが。じゃあ話は早いや! ここの扉はなに? 開けて平気?」
『ああ、まあ、平気っちゃー平気だけどな……俺は知らねーぞ。責任は取らねーから。自己責任でなー』
「なにそれ怖いよ! いきなり宇宙空間とかじゃないよな!?」
『それはねぇ。命の保証はしてやるよ。ただ、どうなっても知らねー。んじゃあな』
「ちょっと!」
一方的に遮断。
終わる通信。
項垂れるアベルトを横に、ラミレスは命の保証が得られたので容赦なく扉を開く。
夜中ハイテンション。
「ちょっとラミレスさ──!?」
「……っ、……これ……!」
「え……」
ブワッと空気圧で一瞬後退る。
収まってから目を開けると、緑色の機体があった。
とても大きい。
頭だけで電車の車両二つか三つ分ありそうだ。
体が浮き上がる。
呼吸できるから、空気もある。
ないのは重力。
ノブを強く握らないと、浮く体を制御できなさそうだった。
「うっわ、っ、な、っ!」
「……なんだ、格納庫だったのか……」
「な、なんかおかし……! アベルト、なにこれ、無重力? 無重力!?」
「半無重力ですよ。……なんで嬉しそうなんですか……」
手を掴む。
そりゃ真夜中のテンションに、無重力初体験じゃあ嬉しくもなってしまう。
しかし目下には巨大ロボット。
「もしかしてあれが……『ギア・フィーネ』?」
「……はい、俺の機体……四号機『ロード・イノセンス』です」
「すげえ……迫力……」
そんなに近いわけでもないのに、何か圧倒される。
しかも下からではなく上からなのに。
「……近くで見てみます?」
「いいの?」
ほんの少し、困ったような笑み。
こんな大きな機械、電車以上のものなんか見たことがないのでラミレスは嬉しくなる。
手を握ったまま、アベルトが下の方へ体を向けた。
床を蹴るとそのまま下へと降りて行く。
落ちるのではない。
なんとも不思議な感覚だ。
ジェットコースターに乗っている時とも、また違う。
「無重力空間では、そうですね、あんまり力まず……身を任せる感じで動いたほうがいいです。ちょっとした事でどこまでも進んじゃうのであんまり力は込めないように。…………はい」
先に機体の頭のてっぺんに着地したアベルトの手を掴んだまま、降りて、と促されてゆっくり足を下へ向けて降りようとする。
が、なかなか上手くいかない。
「難しく考えないで下さい。イノセンス!」
アベルトの声が格納庫に響くと機械音が聞こえ始めた。
なんだ、と思ったらロボの右手が頭へと近付いてくるではないか。
「!? !? !?」
え、なに、どういう事!?
潰される!?
と思って目を閉じる。
「大丈夫ですよ? 俺、イノセンスの登録者だから……」
「!? え、アベルト、眼が……」
右目が白い!
おかしい、彼は元々両目とも青い瞳だったはずだ。
それなのに、右目が完全に白い。
瞳孔が、辛うじてグレーで分かるくらいだろうか。
凝視していると、イノセンス……機体の手にアベルトが掴まる。
機体の小指に足をかけ、ラミレスも促されるまま手のひらに包まれていく。
「GF電波はこんな事も出来るんですよ。登録者の脳波を感じて、機体に乗っていなくても動かせるんです。……『凄惨の一時間』が起きた最大の要因は、機体が登録者の恐怖や混乱を……こうして受け取った為だったんだって……」
「……そう、だったのか……。……そんな事も出来るんだね」
「はい。……あ、でも……みんなは出来ないみたいです。ザードと俺だけしか……」
「え? そうなの?」
なんで?
と聞くとアベルトも首を傾げる。
「機体との相性……ですかね? 乗ってる年数は多分シズフさんが一番長いと思いますから……」
「ごめんごめん、分かんない事の方が多いんだよね」
機体の手が止まり、開く。
目の前には開かれた入り口。
中には黒い椅子と、宇宙空間のような場所。
もしかしてロボアニメで言うところのコックピットってやつ?
とラミレスがまじまじと中を覗き込む。
「入ってみますか? 登録者と一緒なら、GFは登録者以外に脳波攻撃はしないから大丈夫ですよ」
「なにそれ怖……! ……そんな事も言ってたっけね……」
登録者以外が乗ると脳が破壊されて死ぬ。
死んだ奴もいる。
そんな怖い話もさっきされた。
……乗るのも命がけではないか。
「じゃあ……ちょっとだけ乗ってみたい、かな」
「はい、どうぞ! イノセンスもラミレスさんなら大歓迎って言ってますから!」
「そ、っ…………?」
そうなの?
と聞きかけてやはり喉で止まる。
さっきからアベルトの言ってる事がヤバイ気がするのだ。
まるでロボットに意思でもあるかのような……。
だが、こんなアニメでしか見たことのないロボットには乗れるなら是が非でも乗って見たい。
しかし……。
「……入り口は狭いから気をつけて下さい」
先にアベルトが開いたコックピットへの扉の中へと吸い込まれる。
そこから出てきた右手に掴まりながら、這うように機体の中へと入っていく。
暗くて、なんとなくぼんやり、アベルトがいるのがわかるくらい。
突然、下に置いていた手の行き先がなくなる。
きっとここからが内部だ。
引かれるまま暗い内部に入る。
微かな星空が、突然天の川の様に明るくなった。
「うっわぁ……!」
天の川は地上の蒼天のように更に明るく変わり、360度、全てがその光景。
まるで空に浮かんでいるかのよう。
絶景だ。
「ザードは、アヴァリスの中は深海の底みたいだって言ってました。多分、機体によって中の風景は違うんじゃないかな」
「壁紙みたいなの?」
「そうなんですかね? イノセンスは最初から空でしたし、これ以外の光景に変わった事はないです。戦闘になると外の光景とリンクするんですけど……ただ起動しただけだとこうですね」
「なんか空を飛んでるみたいで面白いね」
無重力で床に足がついていないこともある。
椅子に座ったアベルトが、嬉しそうなラミレスの様子に微笑んだ。
「……部屋に戻りましょう……」
「えー。……うーん、そう、だね。……分かったよ」
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