〇異色の学年末特別試験
3月も2週目、木曜日。2年目の学校生活もいよいよ佳境に入った。
この1年も、去年と同等かそれ以上に濃く忘れがたい日々だった。
良いことも悪いことも沢山あったと思われるが、この学校に在籍する者たちにとって、次の試練を無事に乗り越えられるかどうかで答えはがらりと変わるだろう。
学年末特別試験自体が、他の特別試験とは一線を画す重要な位置づけにされている。
去年、1年生の時に実施された特別試験を思い出して欲しい。
1対1のクラス勝負で行われた選抜種目試験。
7戦勝負で、勝利毎に30クラスポイントを対戦相手から奪えるというルール。
結果的に僅差の勝敗にはなったが、7連勝すれば210クラスポイントのプラス。
更に勝利したクラスには100クラスポイントの報酬がついてくるものだった。
つまり、勝者と敗者で最大520ポイントの差が生まれ得たということ。
それだけで如何に学年末特別試験が大きなものかは分かるだろう。
「おはよう」
茶柱先生が、落ち着いた様子で教室に姿を見せる。生徒たちから疎らに返される朝の挨拶。ここ数日、生徒たちは茶柱先生の挨拶後の発言に注目を置いている。
空振り続きだったものの、どうやら今日いよいよ実現する時が来たようだ。
「今から学年末特別試験、その内容をおまえたちに通達する。ただその前に、私から少しだけ個人的な話をさせてもらいたい」
これまで数多くの特別試験に関する話を担任の茶柱先生から聞かされてきた。
しかし、今回の切り出しは今までと明らかに違っていた。
「私がこの高度育成高等学校の教師になって、今年で8年目。過去に二度クラスを受け持ち6年間担任として過ごしたが、その6年間は一度もDクラスから上がることがなかった。入学当初の私の言動を振り返れば、特に驚くことでもないだろう」
今では少し考えられないが、入学時の茶柱先生は随分と冷淡な対応をし続けてきた。
他の生徒よりも多少事情を知っているオレにすれば、然程考え込む話でもないが。
「過去2つのクラスを受け持った時、私が考えていたことはたった1つ。余計な感情を入れ込むことはせず、公平かつ冷静な立場で見守り続けること。良い時も悪い時も教師として一歩距離を取り接することが正しいと信じ続けてきた。もちろんそれはこの学校の教育理念と合っているし、間違っていることではない。だが、これは教師として未熟な私の逃げでもあった、と今はそう感じている」
生徒たちは黙って、茶柱先生の言葉に耳を傾けている。
「公平性は大切だ。クラスの競争に、教師が介入して結果を捻じ曲げてはならない。しかし生徒が成長する機会を見過ごすことは、担任として、大人として、社会人としてやってはいけないことである。と、最近になってようやく気付くことが出来た」
自らに対する反省の弁。
「それを気付かせてくれたのは他でもないこのクラスの生徒たちだ。入学当初、何度か耳にしたことがあるだろう。過去Dクラスは一度も浮上することなく進級するのが当たり前だった。いつの間にか噂話が蔓延し、Dクラスに配属された生徒は『不良品』だと揶揄されるケースも増えてきていた」
一呼吸置いた茶柱先生は、再び唇を動かす。
「しかし、今おまえたちを不良品だと呼ぶ生徒はもういない。たった1クラスで過去に積み重ねられてきた悪しきイメージを完全に払拭したと言ってもいいだろう」
そう語られる生徒たちへの賛辞。
茶柱先生がタブレットを操作し、モニターを点灯させる。
それによって、3月1日時点での各クラスの順位と状況が表示された。
2年Aクラス 1098ポイント
2年Bクラス 983ポイント
2年Cクラス 730ポイント
2年Dクラス 654ポイント
補足するとAクラスが坂柳、Bクラスが堀北、Cクラスが龍園、Dクラスが一之瀬がリーダーを務めるクラスだ。
特別試験が行われれば大きく変動するクラスポイントだが、何もない単純な月はほとんど微減に留まっている。
入学当初は、遅刻や欠席、見えないマイナス査定などで多く減らすこともあったが、それによる入れ替わりなどは期待できなくなっている。
こうやって改めてクラスポイントの順位表を見ると、如何にこのクラスが上昇気流の中にいるのかがよく分かる。
そう感じているのは何も生徒たちだけじゃない。
「983クラスポイント。何度見ても信じられないようなポイントだ。入学して僅か1ヵ月で、一度全てのクラスポイントを失ったクラスとはとても思えない」
先生も同様に順位を見て感嘆しつつ、少しだけ2年前を振り返り逡巡する。
「何より2年Bクラス。Bクラスだ。私自身何度口にしてみても、どうしても違和感が拭い切れない立ち位置だ。だが、このBクラスはゴールではない。この学年末特別試験の結果次第では、このクラスがAクラスとなる可能性だってあるだろう」
現時点で、Aクラスとの差は100ポイントほど。
茶柱先生が夢見た、いや、夢見ることさえ許されなかった、Aクラスへの道。
それが手の届くところまで来ているということ。
「しかし慢心はしないでもらいたい。手が届く距離に近づいたからこそ、気を緩めず、目標に向かって突き進んでほしい。不出来な教師からの、お願いだ」
一度、茶柱先生は生徒たちに頭を下げる。
その後顔をゆっくりとあげ、深呼吸した茶柱先生が大きく目を開く。
「今から、学年末特別試験に関して概要を伝える」
先生からの言葉で、生徒たちの気持ちはしっかりと作れただろう。
誰も慌てることなく、その言葉を正面から受け止めた。
先生がタブレットを操作すると、モニターに特別試験の内容が表示される。
学年末特別試験
試験会場 特別棟
対戦クラス
2年Aクラス 対 2年Cクラス 2年Bクラス 対 2年Dクラス
事前準備
・期日までに各クラスから代表者3名、先鋒、中堅、大将を選出すること
(男女どちらからも1名以上の起用が条件)
・代表者の当日欠席に備え任意の人数の代役を指定可能
・当日代役を含め代表者が3人に満たない場合、学校側がランダムに代表者を選出する
試験ルール
代表者概要
・各クラスの代表者(先鋒→中堅→大将)による勝ち抜き方式を採用。
・先鋒は5ポイント、中堅は7ポイント、大将は10ポイントのライフが与えられる
・大将のライフを先に全て失ったクラスの敗北となる
・定められたルールの中で1対1による勝負を行うものである
・引き分けは存在せず、決着がつくまで必要に応じ試験は延長される
モニターには対戦するクラス(これは早い段階で分かっていたことだが)と事前準備と書かれた項目、非常に簡単なルールだけが表示されていた。
今の段階では、具体的にどのような内容の勝負になるのかが一切不明のままだ。
「学年末特別試験を行うにあたり、まず事前準備をしてもらう。これは見てもらえばそのまま理解できるだろうが、一応口頭でも説明する。この説明の後、クラスで話し合いをして3名の代表者を決めてもらう必要がある。特別試験の勝敗を決める上で非常に重要な役目になるため、しっかりと話し合い、後悔の無いように決めてもらいたい」
代表者3名が敗れた時点でクラスの敗北か。試験の内容に関係なく重要性は明白だな。
基本的には誰でも好きに選出できるようだが、唯一性別の縛りがあるため男子3人や女子3人といった編成には出来ないところだけは気をつけなければならない。
代表者の誰かが万一欠席した場合、その代わりは立てられるらしい。
それなら念のため候補者を複数出しておいて損はないだろう。
「先鋒、中堅、大将とあるように選出と同時に戦う順番も決まっている。そして代表者同士の戦いは勝ち抜き方式だ。つまり、最初は互いに先鋒同士から勝負していくが、勝ち抜いた先鋒は現状のライフを引き継ぎ、対戦相手クラスの中堅、大将とライフを完全に失うまで続けて戦うことが可能だ。極論、先鋒1人で大将含む3名を倒すことが出来たなら、その時点で自クラスの勝ちが決定するということだ。1番有能だと思う生徒を先鋒にすればそんな可能性も見えてはくる───かも知れないが、オススメはしない」
茶柱先生が口にした展開はロマン溢れるものであるが、現実的には困難であろう。
大将が先鋒と中堅よりも多い10ポイントのライフを与えられる以上、有能な生徒ほど後ろに置いた方が圧倒的に得策であることは誰の目にもにも明らかだ。
坂柳や龍園、一之瀬といったリーダーを奇襲で先鋒などに持ってくることが、その確実なメリットを上回る可能性は低い。
もちろん『先鋒が有利な試験』であるならその限りではないが、現時点の試験ルールからはそれが予測できないことと、茶柱先生の態度からもその薄い確率は無視して良さそうだ。
「この代表者を決める残り時間はそう多くない。日曜いっぱいがタイムリミットだ。もしもこの時間を過ぎた場合は学校側がランダムで生徒を3名選出する」
この辺はいつも通りの決まり事といったところだ。
当然、どのクラスもタイムリミットを破るようなことはしないだろう。
「代表者3人だけで、特別試験の勝敗を決める……ということですか?」
ここまでの説明を聞いているとそう考えても不思議はない。
洋介がそのことを気にして、茶柱先生に質問を投げかける。
「確かにこの事前準備と試験ルールからはそう読み取れるだろう。しかし、もちろん代表者3名以外の生徒にも大きな役割が与えられる。代表者以外の残る生徒全員には、指定に応じた役目をしっかりと果たしてもらうことになる」
「大きな役割……ですか」
タブレットを操作し、茶柱先生がモニターの画面を切り替える。
試験ルール
参加者概要
・代表者以外の生徒は参加者となり、試験に参加する
・体調不良などによる欠席で出席者が35名を下回る場合はペナルティが発生する
※ペナルティ……1名につきクラスポイントを5支払う
※参加者の人数が36人以上のクラスは、35人を超えた人数分×5クラスポイントを得る
「代表者以外は全て特別試験に参加者としてその役割を全うしてもらう。ペナルティにも触れているが、このクラスは38人。代表者3人を引いて35人。つまり1人でも何らかの理由で欠席した場合にはペナルティが与えられる。逆に人数に余裕のあるクラスは、不測の事態にも対応が出来るし、多少の恩恵を受けられるということだ」
堀北クラスは38人、坂柳クラスは全部で37人のため、参加者は余らない。
龍園、一之瀬クラスは40人のためプラス10ポイント。
大きなクラスポイントとはお世辞にも言えないが、貰えるか貰えないかでは大違いだ。
勝敗に関係なく与えられるのは、素直に嬉しい要素だろう。
この点を不公平、と一概に嘆くことは出来ない。
一之瀬クラスは誰一人欠けることなく、ここまで2年間戦い続けてきた。
むしろその褒賞の一環として見るなら足りないくらいだ。
龍園クラスも真鍋が欠けた後、葛城を引き入れるために大金をつぎ込んでいる。こちらも単純に得をしたとは言えない状況だろう。
それにしても……代表者もそうだが、参加者という役割はより中身が見えてこない。
ただ、代表者と参加者で明確にやることが違うことだけは確かなようだ。
この先、より詳しいことが表示されると思いきや、画面は突然ブラックアウト。
機材のトラブルや操作ミスかと思われたが、そうではないらしい。
「今、私がおまえたちに教えてやれるのはここまでだ」
「どういうことでしょうか。正直特別試験の内容が何も分かりません」
ここまで黙って聞いていた堀北も、異様な茶柱先生の発言に対し言葉を返す。
「そうだろうな。だが私が今伝えた通りだ。ここまでに説明した以上のことは、何も教えてやることが出来ない。意地悪をして隠しているわけではなく、私自身も学校から詳細を教えられていないからな。その詳細は特別試験当日に明かされるだろう」
想像もしていなかった発言にクラスの空気が、流石に一変する。
担任の教師すら詳細を聞かされていない、というのは明らかに異常だ。
過去2年間、類を見ない告知と言っていい。
「おまえたちに課せられた最初の使命は代表者を3名選出することだ。代表者になる事自体にメリットは存在しないが同時にデメリットも存在しない。分かりやすく言えば役目を引き受けたところで大量のプライベートポイントは得られないし、かといって敗北したとしても退学するといったリスクを負うこともない」
あくまでも重要なポジションであるということだけが決まっているらしい。
「先生がルールを知らないことは分かりました。ですが現状、代表者を決めるための物差しがありません。何を基準に選出すれば良いのでしょうか」
「それを教えてやれれば良かったが、生憎とルール同様何も分からないな」
選出の基準すら知らされていないようで、困った表情を見せる。
「絶対とは言い切れないが、男女関係なく対戦することになること、特別棟が試験会場であることも踏まえると、身体能力を競うなどという可能性は低そうだ」
予測できる部分だけをそう口にした。
保証は出来ないようだが、場所とルールを考えればその読みは当たっていそうだ。
ならばその逆を突いて、勉強のできる生徒を代表者にすべきかどうか。
恐らく答えはノーではないだろうか。
もし仮に学力だけがモノを言う勝負であるなら、それを伏せるとは考えにくい。
1対1で、勉強でも運動でもないもので競い合う。
ではそれは一体何なのか。
「……対話による戦い……そんな可能性もあるってことでしょうか」
椅子から立ち上がった堀北が、半分独り言のように呟いた。
「十分考えられるな」
確実にそうだとは言い切れないが、対話あるいはそれに近いものである可能性は否定できない。もし円滑なコミュニケーション能力が必要だとするなら、洋介や櫛田のような生徒辺りが代表者選出の本命だろうか。
仮に試験内容が対話とは無縁なものだったとしても、総合力の高い両名なら柔軟に対応も出来そうだ。つまるところ如何なる内容でも勝負できる生徒を選ぶべき状況と言える。
「そして肝心の報酬については、勝利したクラスは200ポイントを得る。負けた場合は単純に報酬が得られずに終わるだけとなる。ただ、この結果には満場一致特別試験での選択も反映されるため、おまえたちの場合勝てば250のクラスポイントを得るわけだ」
まず分かったのは、負けても失うクラスポイントは無いと言うこと。
奪われる心配がないのは1つ救いだが、大きく差が開くことに違いはない。
得られる報酬が非常に大きいことを踏まえると、負けた方のダメージはかなりのものになる。一之瀬クラスにしてみれば、ただでさえ後のない状況だ。
上位とのクラスポイントが更に引き離されてしまうと来年度1年間で行われる特別試験に全勝したとして、どこまで巻き返せるか、かなり雲行きが怪しくなってしまうだろう。
「説明は以上だ。代表者が決まり次第、連絡をしてくるように」
そう言って茶柱先生は話を終えた。
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