第36話「大団円①」

【大門寺トオルの告白⑱】


「じゃあクリス副長、早速、冒険者ギルドへ行ってきま~す」


 今朝も……

 カミーユが元気良く、王都騎士隊本部から出かけて行く。

 奴は3か月の期間限定出向先である、冒険者ギルド総務部へ向かうのだ。


「おう! ご苦労様。頑張れよ、バジル部長に宜しくな」


「はいっ! 副長、了解でっす」


 気合が入りまくりのカミーユは、最近仕事ぶりも真面目で前向きだ。

 原因は、はっきりしている。


 最近……

 奴には、可愛い彼女が出来たのである。


 え?

 可愛い彼女って?

 カミーユがひとめぼれした、枢機卿の孫娘・創世神教会所属の聖女ステファニー殿かって?

 いやいや、全然違う子なんだ。


 じゃあ、順を追って最初から話そうか。

 

 実は……

 俺がアランに殴られた『合コン』から、もう半年が経っている。


 あの夜から、俺はフルールさんことリンちゃんと恋人同士になり、

 夢にまで見た交際を始めた。

 ワンルームであれやこれやと想像したリア充生活を、遂にこの異世界で実現したのだ。

 

 俺がリンちゃんと結婚すれば……

 フルールさんの伯父であるバジル部長とは、親せきとして、

 一生付き合う事となる。


 あの時、部長のフォローは実に大きかった。

 部長があの場に居て、上手く話をしてくれたからという感謝の気持ちでいっぱいだ。

 公私共々、文句なくバジル部長は俺の恩人。

 『愛の伝道師』の名誉ある称号を譲ってもOK。

 リンちゃんに、そのように伝えたらすっごく複雑な顔をしていたけど……

  

 話をカミーユへ戻すと……

 当然というか、あれから奴はステファニー殿に振られた。

 

 それも、相当悲惨な振られっぷりだったらしく、

 しばらく、この世の終わりのような顔をしていた。

 俺との『約束』を守らず、スタンドプレーに走るしょうもない奴だが、

 見捨てるにはしのびない。


 俺は副長の権限を使い、傷心のカミーユのやる気を出させる為……

 気分転換を兼ね、期間限定で職場と仕事を変えてやったのである。

 

 俺自身がやりとりをして分かってはいたが、

 バジル部長を始めとして、冒険者ギルド総務部のメンバーは皆、良い人達だ。

 人間関係で、変なストレスを溜める事もない。


 但し、仕事をきちんと真面目にやって貰わないと、

 騎士隊とギルドの信頼関係を失ってしまう可能性がある。

 なので、俺はカミーユへ厳しく言った。


 「一旦約束したら、しっかり守れ」と。


 大失恋が原因で精神的に落ち込んでいるから、少し可哀そうな気もしたが……

 因果応報ともいえる結果といえなくもない。

 ここは上司として、または先輩として、しっかり言わないと奴の為にならない。


 「ちゃんとフォローするから、新たな仕事を頑張れ」と、優しく励ました上で、

 「あまりにも不真面目なら、即、除隊もある」と脅したのが効いた。

 完全に心を入れ替えたカミーユは、日々頑張って、真面目に仕事をしていたらしい。


 カミーユが、ひたむきに仕事に打ち込めば、きっと見てくれる人は居る。

 俺は……そう信じた。

 

 すると、「捨てる神あれば拾う神あり」ということわざ通り……

 カミーユにも素晴らしい奇跡が起こった。


 傷心のカミーユの身に起こった素晴らしい奇跡。

 それは……冒険者ギルド所属の魔法鑑定士ルネさんとの運命の出会いであった。

  

 カミーユから内緒という事で聞かされたが……

 ルネさんはそれまで付き合っていた『わがまま彼氏』に悩まされていたという。

 普段から凄い不満を持っていたらしい。

 

 なんやかんやあったらしいが……

 結局ルネさんは大げんかの末に『わがまま彼氏』と別れ……

 驚いた事に、カミーユと「くっついてくれた」のだ。

 

 ふたりが親しくなったきっかけだが……

 目の前で仕事に一生懸命取り組むカミーユの姿を見て、ルネさんは信頼し、

 プライベートの相談を持ちかけたんだと。

 それも、何度も何度も……

 

 結果、ふたりが仲良くなるのは必然。

 最終的にはカミーユがルネさんの愚痴をこまめに聞いて、

 その度に優しく慰めてあげたのが決め手となった。


 正式に付き合いだしてから……

 ルネさんは以前の彼氏と違い、喧嘩など全くなく、カミーユと仲良くやっているらしい。

   

 こうなると……

 冒険者ギルドへ配置転換して貰ったカミーユは、俺に感謝しきりだ。

 

 ルネさんとは結婚も視野に入れた深い付き合いをしていて、

 仕事にもますます気合が入り、良い巡り合わせとなっている。

 

 ちなみに、ルネさんは、カミーユより少しだけ年上。

 しかし奴みたいなタイプは、『姉さん女房』の方が良いかもしれない。


 え?

 合コンのメンツがあれからどうなっているのか、気になるって?

 

 バッチリさ!

 全員、上手くやっている。


 『赤い流星』アランは、宣言通り、ジョルジェットさんとすぐに結婚した。

 結婚直後、リンちゃんと共に新婚家庭に招かれたが、相変わらず熱々だった。


 そしてこちらも予想通り……

 カルパンティエ公爵家の御曹司であるジェローム隊長も、

 シュザンヌさんと最近婚約。

 

 聖女であるシュザンヌさんの出自は騎士爵家の娘であるが、最近の風潮から身分の差は問題ないと思われた。

 

 でも、さすがカルパンティエ家は古風で保守的な名門貴族。

 今どきの風潮だからと、簡単にジェロームさん達の結婚を認めなかった。

 

 ジェロームさんの父カルパンティエ公爵が身分に加え、

 俺から見れば本当に失礼だとは思うが……

 ジェロームさんより年上のシュザンヌさんの年齢(推定30歳)を理由に猛反対したのだ。

 

 しかしジェロームさんは、

 「愛はすべてに勝る! 俺はシュザンヌを愛している!」

 と強硬に父の公爵へ主張。

 騎士隊隊長の仕事にも勝る熱意と真剣さで、堂々と押し切ったそうである。

 

 こうなると、シュザンヌさんは大感激。

 その場で号泣したらしい。

 結果……

 こちらも今や、アラン達以上ともいえる相思相愛のあつあつカップルだ。

 

 こうしてめでたくジェロームさんはめでたく幸せを掴んだ。

 元々彼はとても義理堅い人である。

 

 今後も俺とは一生末永く付き合いたいと言って来た。

 こちらとしても、願ったり叶ったりである。


 そして、風の便りに聞いた話だと……

 ステファニー殿も祖父枢機卿の手配でお見合いをして、

 イケメンで真面目な相思相愛の彼氏を見つけたという。


 結局……

 あの夜、俺と関わったメンバーは、全員カップルとなってしまった。

 この異世界でも、俺の『愛の伝道師キャラ』はバッチリ生きていたということになる。

 

 最後に……

 かんじんの俺とリンちゃん、すなわちこの異世界ではクリストフ・レーヌとフルール・ボードレールの現状はといえば、付き合いだしてから交際はいたって順調である。


 ああ、恋愛するって嬉しい。

 本当に楽しい。


 そしてリンちゃんとの付き合いが深くなり、いろいろと話した結果、

 運命的な驚愕の事実が発覚した。


 幼い頃、俺達ふたりは出会っていたのだ。

 いつもトオル君と呼んでくれて、一緒に遊んでいたあの子。

 急な引っ越しで離れ離れになった、二度と会えないと諦めていた初恋のあの子。

 あの子が何と! リンちゃんだったのだ。


 何という、運命的な出会いだろう。

 初恋の相手と、未知の異世界で再会出来るなんて!

 まさに奇跡。

 運命の……否! 宿命の再会であろう。

 

 衝撃の事実に感動した俺は絶対に、彼女を幸せにすると決意したのである。


 こうして……

 一旦失った初恋を見事に成就させた俺は……

 リンちゃんの親にも挨拶して、結婚を認めて貰い、新居も決まった。

 俺達は来月、結婚式を挙げる事となった。


 実は、今日が結婚式の衣装合わせの日である。

 式場は当然ながら創世神教会付属の結婚式場。


 こんな日は、時間が過ぎるのを遅く感じるが……

 俺は地道に仕事をこなすと、定時より少しだけ早めに王都騎士隊本部を退出した。

 前もって根回しをしてあるから、誰もが気持ちよく送ってくれた。


 騎士隊本部を出た俺は走る。

 王都の石畳の道を、教会へと、ひたすら走る。

 息が切れても、構わず走る。


 いよいよ!

 リンちゃんの、花嫁姿が見れるのだから。

 もう胸が、高鳴りっぱなしだ。


 先に衣装合わせを始めると言っていたから多分……


 教会付属の式場へ到着した俺は、受付で部屋を聞くと、一目散に向かう。

 衣装部屋に着いて、ひと呼吸置いてノックをした。


「クリスです!」


「はい! フルールです」


 中からは、リンちゃんの声がした。

 そして、一瞬の間を置き、


「……どうぞ」


 と、入室が許可されたので、俺は扉を開けて部屋へ入る。

 すると!


 俺の目の前には、着付けの担当の女性、

 そして、純白の花嫁用ドレスを着たリンちゃんが立っていた。

 

 おお、リンちゃん!

 何という神々しさ!

 この素晴らしい衣装を俺の為に着てくれるなんて、大感激だ。


 俺は着付けの女性に一礼すると、彼女は気をきかせ、部屋を出てくれた。

 こうなったら、もう遠慮はいらない。


「綺麗だ!」


「本当?」


 リンちゃんはにっこり笑って白い手袋をした手を差し出す。

 俺は彼女の手をしっかり握った。

 温かく、柔らかい手が嬉しい。

 

 ああ、この手だ。

 初めてのデートでおずおずと差し出した俺の手を、君はしっかり握ってくれた。

 

 本当は……

 幼い頃、彼女の手を握っていたけれど……

 

 俺はこの手を、もう二度と……

 否、永久に! 絶対に! 離しはしない。

 

 ふたりがつないだ手……

 それはまるで、しっかりと交差した運命の輪のように見える。


 俺は心の中で、リンちゃんへ呼びかける……


 そう、初めて会った幼い日に……

 リンちゃん、俺は恋に落ちた。

 淡い初恋だった。

 

 そして再会した時に……

 大人となった素敵な君に改めて惚れ直したんだ。

 

 だが、悪戯好きな神様は残酷だった。

 異世界転移し、初恋の相手リンちゃんと離れ離れになった俺に、

 最初は絶望しかなかった。

 

 しかし、奇跡は起こった……

 リンちゃん!

 君も、この異世界へ転移して来たんだ。

 

 だけど、いくら転移したって……

 この広い異世界、数多の人が居る中で……

 ふたりの再会なんて、限りなくゼロに等しい確率なのに……

  

 離れ離れになったふたりの人生は再び……交差した。

 

 そう!

 再び素晴らしい奇跡が起こったんだ。

 

 結果……

 俺とリンちゃんは、起こりえない奇跡を経て、

 強く深い『愛の絆』を結び直す事が出来た。

 

 改めて実感する。

 リンちゃんの美しい花嫁姿を見て、俺は今、はっきりと確信する。

 

 遥か遠い……

 まるでラノベのようなこの異世界で……

 遂に俺は……

 宿命の相手に巡り会う事が出来たのだと。

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