第3話「最高のデート」

【相坂リンの告白②】 


 飲み会の翌日午前……

 私が今居るのは、デートスポットと呼ばれている街。


 その街角の片隅……

 目の前にあるのは素敵なカフェ……

 昨夜会った大門寺トオルさんからデートに誘われ、私は待ち合わせをしていた。

 

 店の中へ入らず、入り口前で待っていたら……

 待ち合わせ時間少し前に、トオルさんがやって来た。

 

 お!

 時間厳守は好ましい。

 それに……

 彼の服装も、何となく私好み。

 

 トオルさんが着て来た服は、上がギンガムチェックシャツ、下が渋い色合いをしたグレーのパンツ。

 それにリネン製のネイビージャケット。

 

 ちなみに……昨夜、私は服の好みなど話していない。

 トオルさんは単に自分の好む服を着て来たのだろう。


 世間一般的には、無難な身だしなみ……かな。

 基本的にこざっぱりした格好といえるかも。

 ちまたの女子が最も好む清潔感を重視しているみたい。

 私も職業柄、清潔感ある服装は好きだ。

 

 でも人の事は言えない。

 トオルさんだけが『無難』じゃない。

 私も安全策を取った。

 着て行ったのは、男子が好みそうなチェックのロングワンピース。

 一番のお気に入りの、洒落た帽子もかぶっている。

 

 トオルさんは相変わらず私をじっと見ている。

 いえ、見ているだけじゃない、笑顔が絶えない。

 まるで子供みたいに天真爛漫てんしんらんまんな笑顔。

 

 私と会って、そんなに嬉しいのかな?

 可愛いと思ってくれているのかな?

 容姿には全く自信がない私。

 だから、少し不安だけど……

 

 トオルさんに連れられ、カフェの店内へ入ってみて、驚いた。

 このカフェは、私も全く初めてなんだけど……


 お客さんは、ほとんどが若いカップルだった。

 残りは、これまた若い女子のふたり組。

 

 メニューを見れば……

 私が普段飲むものよりも、どれもこれも値段が結構張る。

 ちょっと吃驚。

 

 結局、トオルさんはブラックコーヒー。

 私はダージリンティーを頼んだ。


 運ばれて来たコーヒーをトオルさんはとても美味しそうに飲んでいる。

 私もダージリンティーを飲む。

 高いだけあって凄く美味しい。


 そう、私はダージリンティーが大好き。

 カフェではいつもお約束でオーダーする。

 つい鼻を近づけ、茶葉の香りを楽しんでしまった。

 

 そんなこんなで、私達はまた話し込む。

 

 昨夜は、プロフを伝え合う初期レベルだったけど……

 今日はもっと、ふたりの距離を縮めたい。

 そう思った。

 もしかして……

 私はトオルさんが結構気に入ったのかも。


 だけど……トオルさんの方は私を一体どう思っているのだろう。

 癒し系の看護師?

 それとも……

 ほいほい飲み会に来た、彼氏が居ない口説きやすい女……

 とでも見ているのだろうか?

 

 でもトオルさんは彼女が居ないのに「がつがつ」口説こうとしてはいない。

 考え方も真面目で誠実な性格が見えて来る。

 話しやすい人だし、女子は緊張せず気持ちが楽になる。

 リラックスする。


 恋の伝道師というあだ名、ラノベで言う『ふたつ名』通り、

 女子の聞き役に徹する事に慣れている。

 というか、私は自然に自分の事をいろいろと話してみたくもなる。

 

 いろいろと聞けば、トオルさんも私同様に仕事は大変みたい。

 ストレスが相当たまっているようだ。

 以前、身体を壊して入院した事があるらしい。

 その時お世話になった看護師の仕事をいろいろ挙げ、「貴い仕事」だと言ってくれた。


 そして看護師は、単に働いてお金を貰う気持ちだけでは絶対に務まらないと断言。

 誰にでも尽くす、大きな慈愛の心がなければ無理だとも言ってくれた。


 ふふ、言葉は青くてベタベタだけど……

 褒められて自分の仕事を誇らしく思うし、素直に嬉しい。

 仕事に疲れた彼を癒してあげたくもなる。

 

 ……そんなこんなでふたりの話は尽きない。

 けれど、そろそろ時間みたい。

 トオルさんは次の場所へ移動するという。

  

 私とトオルさんはカフェを出た。

 

 カフェを出てから、あれ?

 と思った。 

 トオルさんがもじもじしている。

 

 もしかして……と思った。

 私と……

 手をつなぎたいのだろうか?


 これまで初めてのデートでは、手までつないだ事はない。

 だけど……

 トオルさんとは昨夜から意気投合したし……OKしても……良いかな。

 

 案の定、トオルさんはおずおずと手を差し出して来た。

 私は頷きOKする。

 嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。

 

 素直に手を差し出す事が出来た私は……

 トオルさんの大きな手をしっかり握ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 トオルさんが2番目のデートスポットに選んでくれたのが、意外にも水族館。

 全く想定外の場所だから、

 サプラ~イズ!

 って感じかな。

 

 水族館は子供の頃以来、久々に入る。

 ……ふるい記憶が甦り、とても懐かしい気がする。


 旧い記憶と言えば、幼き一緒に遊んだ幼馴染みのトオル君を思い出す。

 あれからずっと一緒に居たら、

 今傍らに居るのはトオル君だったかもしれない……


 え?

 目の前のトオルさんが同じ人?

 もしかしてトオル君?


 まさか!

 そんな事はありえない。

 トオルさんは何も言わないし……

 何気に初恋の話でもすれば、はっきりしたのかな?


 つらつら考えていた私は水族館の館内へ入り、我に返った。

   

 わぁ、子供の頃の水族館とは全く違う!

 スケールが大きくて、凄く素敵。

 巨大な水槽内を悠々と泳ぐ大型魚は迫力がある。

 

 私とトオルさんは寄り添い、ふたりでじっと見ていると……

 照明の程よい薄暗さもあって、深海の底に居るみたい。

 

 ロマンチック且つ幻想的な気分になる。

 当然、手はつなぎっぱなし。


 その後、いろいろな水槽を見た。

 可愛らしい小魚も、私好み。

 『はりせんぼん』なんか、風貌と泳ぐ仕草が最高だもの。


 水族館の館内は基本的に静かだ。

 子供達の声は聞こえるが、あまり気にならない。

  

 それからいろいろな魚を見た。

 うねうねと長い、蛇みたいな模様のウツボもまでも可愛く見える。

 

 ちなみに今日のデート代は、お茶と水族館の入館費がトオルさん持ち。

 食事代も出すよって言われて、一旦断ったが、結局はトオルさん持ち。


 私は男性へ、一方的にぶらさがるのは、あまり好きではない。

 だけど、今回は誘ってくれたトオルさんの顔を立てよう。

 気持ち良く、「ありがとう!」って言おう。

 次回は私がデートの企画をして、ご馳走しちゃおう!

  

 と、いうわけで……

 水族館を出て、ちょっとだけ遅めの昼食を摂る。

 トオルさんはやはり女子のツボを心得ている。

 

 連れて行ってくれたのは、結構辛いけど、私が大好きなエスニック料理。

 午前に行ったカフェとは違い、フレンドリーな感じのお店。

 肩ひじ張らず、気楽に食事が楽しめそうだ。


 この店は、長めにランチタイムを設定しているようだ。

 店内がお昼のピークを過ぎたせいもあって比較的空いていた。

 待ちの人も居らず、プレッシャーもなく、かされずにゆったりと食事が出来る。

 

 お昼って予約不可の店が多いから、これは結構裏技かな。

 ランチは当然、お茶とデザート付き。

 女子限定サービスで特製スイーツが出るという。

 スペシャル感があって嬉しい。


 最初のお茶もそうだったけど、食事って重要。

 食べる事を共有するのって、一気に距離が縮まるもの。

 

 トオルさんは食べ方も綺麗。

 口の中に食べ物を入れたまま喋ったり、音を立てて食べたりは絶対にしなかった。


 さてさて、私とトオルさんは、お互い好きな料理の話でいろいろと盛り上がる。

 その流れで、食後のお茶も楽しい。

 距離がぐっと近くなった気がして、私達ふたりの会話はまた弾む。


 ひょんな事から……

 大好きなラノベの話になった。

 

 大いに大いに盛り上がった。

 久しぶりに大好きな趣味の話をして、最高だった。


 いい年をした大人がなんて視線も感じたけど……

 関係ない!

 いろいろな作品の話をした。

 

 トオルさんは私と同じで結構マニアック。

 ふたりで異世界転生したら、どうなるかなどと笑い合った。


 楽しい時ほど早く時間が経つというのは本当。

 気が付けば、もう夕方の4時。

 明日は日勤。

 朝9時からバリバリ仕事だ。


 そんな私の仕事予定を察したトオルさんは、そろそろと言いつつ、次のデートを切り出して来た。

 そして嬉しそうに、今日のお礼を述べてくれた。


「リンちゃん! 今日は君と過ごせて楽しかった。本当にありがとう」 

  

 いえいえ、私こそ!

 本当に本当に!

 楽しく過ごせる事が出来た。

 

 当然「こちらこそ、本当にありがとう」って返した。

 「次回はぜひ、私のお気に入りの場所へ行きましょう」と伝えたら、凄く喜んでくれた。

 

 こうして……

 本日のデートは終了した。 

 トオルさんは、私の自宅まで送るのはさすがに遠慮したみたい。

 

 うん、焦る事はない。

 次に会う、日時も場所も決まっているから。

 それはまたのお楽しみよね? トオルさん。


 そうは言いつつ私はトオルさんと別れるのが残念だった。

 笑顔で去り行く電車内から、手を大きく振るトオルさん。

 最高のデートをしてくれた彼へ、私も思い切り手を振ったのである。

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