第3話 バール、客を迎える
ウーツ討伐クエストが張り出された翌日。
夜まで続いた説教とベッドに入ってからの機嫌取りで、朝から気だるい雰囲気に包まれる小屋敷の扉を誰かがノックした。
ロニを起こさないようにベッドから抜け出して、軽い格好に着替えた俺は少し扉を開けて相手を確認する。
「はいよ?」
「おお、バール。息災かね」
いかにも魔術師然とした格好の長い白髭をたくわえた老人が、俺の顔を見てにこりと笑った。
「デクスロー! 久しぶりだな」
「例の防衛戦以来じゃのう」
『モルガン冒険社』の一員である老魔術師を家に招き入れて、暖炉に火を入れる。
ロニがいれば魔法で湯が沸かせるので茶を出すのも早いが、一介の【戦士】である俺にそんな芸当はできない。
かわりに、ラザールワインを一杯注いでデクスローの前に置いた。
「おお、すまんの」
「湯が沸くまで少し待ってくれ。しかし、デクスローが来るなんて驚いたよ」
「なに、儂はもともとフィニスの居つきではなかったからのう」
『モルガン冒険社』の構成員は、そのほとんどが冒険者だ。
一応、商会としての契約はあるが、各々それなりに自由である。
かくいう俺も、今はそこに席を置く契約冒険者なわけだが。
「奥方は?」
「昨日遅くてな、まだ寝てる」
ここで『奥方』に関して訂正するほど俺は野暮じゃない。
この少し意地の悪い老魔術師は、こうやって俺をからかっているのだ。
俺へのからかいが通じなかったことに少し笑ったデクスローが、ワインをちびりとやる。
「それで、どうしたんだ。俺の顔を見に来ただけではないだろう?」
「何と。老体に鞭打って、死線をくぐった仲間の無事を確認しに来たのになんという言われようか」
冗談めかしてからからと笑ったデクスローが、懐から封筒を一つ取り出す。
羊皮紙ではない、貴族が使う白い高級紙のものだ。
どうにも、こういうのを見ると身構えてしまうな。
「まあ、お主の様子見も兼ねておるが……〝勇者〟に話があっての」
「……」
小さく警戒を纏わせた気当たりを放つが、どこ吹く風で老魔術師はワインをちびりとやる。
前から思っていたが、どうにも底の読めない老人だ。
「そう警戒するでない。いや……やはり警戒するべきかもしれぬ」
「よくわからないことを言うのは止してくれ、デクスロー。俺の頭はそう賢くできていないんだ」
「ほっほっほ。すまんすまん。こうも年を食うと、素直に物を言うのも気恥しくての」
開けろということか。
「魔封蝋で封印されておる。お主にしか開けられぬようにな」
真紅の封蝋には、どこかで見た印章が押しあてられている。
さて、さすがの俺も見たことがあるぞ、これは。
何せ、この国で一番有名な刻印だ。
「一体、王様が俺になんの用事だっていうんだ……?」
「その答えが書いてあるのではないかのう?」
とぼけた様子の老魔術師は多くを語らず、ワインを舐めるようにちびちびと飲む。
開けるしかないが、開ければ取り返しのつかないことになる気もする。
「デクスローさん?」
「おお、ロニ殿。おはよう」
悩んでいると、二階からロニが下りてきた。
そのまま、すとんと俺の横に腰を下ろして俺を見る。
「どうしたの?」
「デクスローが王様からの手紙を持ってきた」
「ふーん」
机の上の手紙をつまみ上げたロニが、ようやく火が入り始めた暖炉にそれをぽいっと投げ入れた。
あまりに自然な動きで、俺もデクスローもあっけにとられる。
そしてその間に、手紙はすっかり炭になってしまった。
「お茶、入れるね」
「いやいや、ロニ?」
「え、どうしたの? ロニちゃん、手紙なんて知らない」
誤魔化すにも、もうちょっとあるだろう!
「こりゃ一本取られたのう」
持ち直したデクスローが、苦笑しながら暖炉をちらりと見る。
すでに手紙は跡形もなくなってしまっており、内容が何であったか確認するすべはない。
「ま、これもまた一興じゃて。さて、儂の用件は別にある」
「用件?」
「ふむ。ロニ殿も座って聞いておくれ」
湯気の立つお茶をテーブルに並べたロニが、俺の隣へ座り直す。
「単刀直入に聞くがの。その後どうかね、ロニ殿」
デクスローはまるで世間話をするかのように話を振ったが、それを聞いたロニが小さく緊張したのがわかった。
その後というのは、どういう意味だ。
どうにも、俺とロニの生活について聞いている様子ではない。
「デクスロー、どういう意味だ」
「……儂の口からは憚られる。それ故、〝聖女〟殿に尋ねておるのじゃ」
ロニがちらりと俺を見て、次いでデクスローを見る。
「教主様から聞いたの?」
「それもあるが、儂は星の動きも読むのでの。それに、おかしいとは思わんか?」
「おいおい、俺にもわかるように話してくれ」
いよいよ訳が分からなくなって、俺は口を出す。
この小屋敷の中で、腹の探り合いなどしたくはない。
「ごめん、バール」
目を伏せて、今にも泣きだしそうな顔のロニが、小さく俺の服をつまむ。
「どうした、ロニ。謝らなくていい。大丈夫だ」
「バールに、黙ってたの」
小さくそう漏らすロニの頭を撫でやる。
「では、やはり……終わってはおらんのだな?」
「終わってない、とは?」
「──『淘汰』はまだ、この世界に在る」
ロニの言葉が、静謐な朝に妙に響く。
「何だって……? リードの奴が、そうじゃなかったのか?」
「わからぬ。いや、違うの。あれもまた『淘汰』だった……という方が正しいのではないかの、ロニ殿」
老魔術師の問いに、ロニが小さくうなずいた。
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