睡魔との初戦 (睡眠発作とは)
途中、コンビニで休憩を挟みつつ到着する。
あたしは、ふと本社を見上げた。
面接の時以来、およそ4か月ぶりだ。
入社式が行われる部屋に入ると、他の同期はもう到着していた。
「あれ~??咲希ちゃん⋯⋯だよね??採用されたんだぁ!!」
聞き覚えのある顔に振り返ると、そこには知っている顔があった。
「えっ??えっと⋯⋯
髪をセミロングに伸ばし、ポニーテールにしている一応黒髪の同期。
身長は、あたしと同じくらい。
ノリだけで生きているのでは??と、疑いたくなる子。
他校から面接に来てた、元ライバルの同級生。
とはいえ、面接の順番待ちの間、控え室であれこれ二人で話してた子でもある。
『二人とも入社できたらいいね』
など、話していたがここだけの話、この子は絶対に落とされると思っていた。
何故なら、いかにも今朝急遽髪を真っ黒に染め直しましたと言わんばかりの頭だったからだ。
まさか、ここでまた会う事になるとは⋯⋯。
「そうそう。覚えててくれたんだ。よかったぁ!! あっ!そろそろ始まるかな。また、あとでねっ!!」
そう言うと、波瑠はスタスタと自席に着く。
あたしもそれに習い、席に着く。
開始時間数分前になると、今まで談笑していた他の同期も全員席に着いた。
シーーンと静まり返る。
時計の秒針がカチカチと刻む音さえ聞こえてくる。
部屋に人事課長が入ってこられ、新入社員たちに入社式の流れを説明しだした。
部屋全体に緊張感が走る。
説明が終わると同時に、社長を先頭に、専務 部長 工場長 そして、各課長が入ってくる。
その中には、面接官だった初老と鬼瓦の課長もいた。
あたしは、『ついに始まったか』と、文字通り手に汗をかいていた。
程なくして、社長の挨拶が始まる。
(⋯⋯大丈夫。きっと大丈夫。こんな緊張感のある場所⋯⋯気だって張ってる。大丈夫⋯⋯うん。大丈夫 大丈夫)
あたしは、不安を押さえつけ、暗示をかける様に自分に言い聞かせた。
それから数分後⋯⋯
(⋯⋯えっ? うそ⋯⋯。ゃめ⋯⋯て)
突如、脳の中心がギューっと萎縮するような感覚に襲われる。
それと同時に、頭全体がフワフワし出す。
視界が細かく揺らぎ始めた。
焦点が合わない。
いや、違う。正確じゃない。
焦点はあう。が、距離感が⋯⋯遠近感が無くなった。
例えるなら、度があっていない眼鏡をかけた時に近いか。
目の前のボールペンすらスッと掴む事すら難しくなる。
あの、ウトウト感もなく、いきなり意識を奪っていく “強力な睡魔” が早々にやってきたのだ。
3日ほど徹夜した後に襲ってくる眠気なんて比べ物にならないほど、強烈な第一波だった。
体温が、なぜかほのかに上がり始める。
それは、ふわふわと心地よくすら感じられた。
それと同時に、首と肩が異常に凝り始め、脳への血流量が下がったのが感じ取れる。
例えるなら軽い貧血のような感じに近いか。
だが、今回は気を張っていた分、いきなり意識を持っていかれてはいない。
とはいえ、正面切ってこの睡魔と戦うのは初めて。
いつもならここで、ガクッと首が落ちてしまうか、机の上に倒れてしまうところだ。
ただ、今日はいつもと状況が違う。
社会人初日、入社式⋯⋯しかもまだ始まったばかり。
寝るわけには⋯⋯負けるわけにはどうしてもいかなかった。
暗示なんてまるで効いていない。
少しでも大丈夫と思った自分を殴ってやりたかった。
頭の中がさらにボーッとし始め、思考が停止し始める。
頭頂部から手を突っ込まれ、そのまま意識を引きずり出されそうな感じがする。
悪魔が、後ろでにやりと笑っているようだった。
もはや話の内容が何も理解できない。
日本語を話しているのかさえわからない。
声を音として理解するのがやっとだ。
その音に、少しでも意識が向くと一瞬で瞼が落ちてしまう。
集中⋯⋯目を開け続けることだけに、一点集中。
あたしに出来たのは、なんとか意識を現実に繋ぎ止めて、目を開けている。
ただ、それだけだった。
楽になろうとする瞼を、必死に支え抵抗する。
その後ろで、意識を抜き取ろうとする睡魔。
閉まる電動シャッターを、必死に支えている小さな子供の体を悪魔がくすぐり続けている様なものだ。
⋯⋯勝てる訳がない。
それでも、所々落ちてしまう瞼を顔面の筋肉の総力を挙げてこじ開ける。
すると、今度は奇妙なことが起きた。
(ここ⋯⋯どこ??)
会社の外にいたのだ。
(⋯⋯えっ??)
あたしが驚くと、瞬時に見えている世界が切り替わり会場に戻った。
(なに??どうゆうこと??)
すると、今度は
(⋯⋯??
あれ??ここ、寮??
あれ??あたし、入社式は??)
「あら。若宮さん、こんにちは。寮生活は少しずつ慣れてきた??」
管理人さんが、話しかけてきた。
(えっ??あたし、いつ帰って⋯⋯)
グルンと映像が切り替わり、再び会場に戻る。
(えっ??ここどこ?? 入社式⋯⋯あれ?まだ終わって⋯⋯ない。
そう、終わるわけない。
そう、ここ。ここが現実。えっ??なに今の??夢??)
目を開けたまま瞬間瞬間、夢を見ていたらしい。
意識を現実に無理矢理つなぎとめていた。
その結果、#現実に意識を残しながら夢の世界を覗く、そんな狭間__・__#のところにいたのだろう。
意識が朦朧とし、グルングルンと映像が切り替わる中、もうどの世界が現実なのかが分からなくなってくる。
【夢の中では痛みを感じない】
そんな言葉が頭をよぎった。
なりふり構ってはいられなかった。
あたしは、薄い意識の中、頬の内側に歯を立てるとそのまま噛み付いた。
ゆっくり⋯⋯ゆっくり
少しずつ、力を込めていく。
すると、
ブチッ
いやな感触を顎に残し、歯と歯がぶつかる。
ズキッ
痛みが、こめかみを通り脳天へ突き刺さった。
と、同時に、鉄の味が口の中いっぱいに広がる。
(ここ⋯⋯ここが現実。ここが⋯⋯ここ⋯⋯)
1~2分程は、現実世界に意識が固定された。
しかし、すぐに痛みにも慣れてしまい効果は無くなる。
そもそも、痛みを感じているからといって、見えている世界が現実だとは限らない。
もう、冷静な判断なんてできていなかった。
噛み切った傷口にもう一度歯を立てる。
(⋯⋯痛っ。⋯⋯っつぅ)
歯を食いしばって、眠気と痛みに耐える。
そんな事を繰り返しているうちに、1時間が経った。
「⋯⋯では、これから15分の休憩にします」
人事課長の声がかかる。
早かったのか遅かったのか、拷問の様な時間がようやく終わった。
起き続ける、ただそれだけのことがこんなに辛いことだとは初めて知った。
社長達には、しっかりと目が合い、話を真剣に聞いているように見えていたら幸い。
しかし、その目の奥にあたしの意識は無かった。
(なんとか⋯⋯なんとかドローに持ち込めたの⋯⋯??)
社長、部長、工場長の挨拶が終わったらしいが、内容は何も覚えていない。
記憶にあるのは、人が変わるたびに立って礼をした位。
あたしは、トイレに走り口をすすぐ。
無色だった水は、所々赤く染まった。
(あたし⋯⋯なにしてんだろ)
顔を洗いたい、目を洗いたい衝動にかられるが叶わない。
男性が羨ましかった。
手洗い場に設置してある手拭きの紙を濡らし、せめて首の後ろを冷やす。
4月の水道水はまだかなり冷たい。
脳へ流れる血液が一気に冷やされていくのがわかる。
体を動かすこともでき、随分と楽になった。
トイレを出ると、皆喫煙所にいた。
高卒4人(内女性2人)、大卒6人(内女性1人)、計10人の同期のうちあたしを含め8人が喫煙者だった。
『咲希ちゃん、こっちこっち!!』
純奈さんが、手招きして呼んでいる。
あたしは、パタパタと向かうとそこには波瑠もいた。
「あれ??波瑠ちゃんもタバコ吸うの??」
あたしは、途中で寄ったコンビニで買った自分のタバコを取り出すと、火を付ける。
煙が傷にしみる。
しかし、思い切り煙を吸い込むと、す~っと睡魔が距離を置いていった。
眠気覚ましに効果があるのか??
「そうそう。吸ってんの。ってか、咲希ちゃん大丈夫??お腹痛かった??」
確かに、そう思われても仕方がない。
「えっ??いや~そういう訳じゃ⋯⋯。ただ⋯⋯眠かっただけ」
「なんだ。そういう事。なんか、前のめりで話し聞いてるなって思って見てたら、少し手が震えてるように見えてさ。そしたら、トイレ走ってくし。はぁ~、私も眠かったなぁ。興味ない話を聞き続けるのはしんど~」
波瑠は、そういうと煙をふぅ~っと上へ吹き出す。
「あ~、トイレで首冷やしてきてたの。結構気持ちいいよ!!」
「マジ??ちょっと私もやってくるっ!!」
そういうと、波瑠は吸っていたタバコをグシャっと潰しトイレに走って行った。
「あんた達仲いいねぇ。知り合い??」
純奈さんが聞いてきた。
あたしは、波瑠との出会いの経緯を話す。
「なるほど。しかし、あんたら高卒は『ねむい、ねむい』って、余裕だねぇ。まぁ、ここだけの話、私も所々眠かったけど。ってか、話長いって!!聞かせれる身にもなれってね!!」
タバコを咥えながら、笑顔で話しかけてくれる。
気づけば、随分と身体は楽になっていた。
話すことができれば、動いている事ができればとりあえずは大丈夫の様だ。
ただ、疑問も残った。
みんなも眠かったの??
あたしだけじゃなかったんだ。
けど、なんでそんな余裕なの??
なんで、そんな笑ってられるの??
休憩も終わりに差し掛かり、席に着く。
人事課長が、入ってこられる。
「え~。では、これから会社説明を行います」
次の休憩は、1時間後。
第2ラウンドの始まりだった。
オリエンテーションが始まる。
10分もすれば案の定またあの睡魔が襲ってくる。
意識は⋯⋯
⋯⋯あるのか⋯⋯ないのか
朦朧とする中、昼休憩を挟む。
午後からも引き続きオリエンテーション。
そして、グループディスカッションへと続いた。
何をしていたのかはもとより、どこにいたのかさえよくわからない状態のまま気づけば夕刻、初日を終えていた。
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