第2章 通常の眠気と、睡眠発作の症状との違い

終わりと、始まり

「学生の頃は正直そんなに大変な事はなかったんだけど、社会人になった最初の年から実は深刻なレベルまで一気に悪くなってて⋯⋯仕事でミスをするわ、怒鳴られるわでさ」


「⋯⋯あの事件の年?」


「⋯⋯うん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 3月1日

ーー卒業式後ーー

ーー打ち上げの帰り道21時過ぎーー


 暦では3月になったとは言え、夜はまだまだ真冬の寒さを残していた。

 首筋をすり抜ける風が鋭く冷たい。

 時折吹く突風が体をより硬直させる。

 あたしは、しっかりとマフラーを巻き直しジャケットのポケットに手を突っ込む。


(スカート⋯⋯やめればよかった)



 そろそろ多少なりとも気温が上がってくるはずの3月。

 だが、名古屋という地域はこの時期とにかく風が強い。

 この地方特有の風『伊吹おろし』の空っ風だ。

 この風のおかげで、体感としては真冬より寒かったりする。

 冷え性であるあたしにとっては、この時期はまさに苦痛でしかなかった。


 時間をかけて作った髪も、全くもって無駄に終わっていく。




「ねぇ、咲希。お互い頑張ろうねっ」


 酔っ払いながら、ぶつぶつ独り言を言っているあたしを呼ぶ声に顔を上げると、名駅めいえき のタクシー乗り場についていた。

 まだまだ人通りは多く忙しい。


 ちなみに、余談だが名古屋人で『名古屋駅』の事を『名古屋駅なごやえき 』と言う人は十中八九いない。皆、『名駅めいえき 』と呼ぶ。

 この駅の呼び方で、名古屋もしくは名古屋近辺の人か、他の地方から来ている人かを判断できたりする。


 明日香が地下鉄東山線の入り口で足を止めていた。


「じゃ~、あたしこっちだから。⋯⋯またねっ!!」


 いつもより力強く手を振っているように見えたのは、あたしの気のせいだろうか。


「咲希はJRだっけ?? 私、桜通り線だから⋯⋯こっち行くね。みんな、バイバイ」


 と、恵美が続く。


(そっか。これで、当たり前だった毎日は本当に最後なんだ)


「うん。バイバイ!!」

(⋯⋯ねぇ。また、すぐ会えるよね??)


 なんだか急に寂しく不安になる。


 ふと、2ヶ月半前に完成したばかりのJRセントラルタワーズ(高島屋ツインタワー)を見上げる。


 時折現れる雲はすごい速さで流れていく。


 空にはいつも以上に綺麗な星空が広がっていた。


(毎日通ったねぇ、この道も。2週間後にはここの高島屋オープンだっけ??学校の帰りにみんなで行けたら楽しかっただろうなぁ。)



 家の玄関が近づいてくると、家の真ん前にある幼少の頃から遊んでいた公園が目に留まる。



(少し⋯⋯寄ってこか)



 あたしは、公園に入ると子供の頃よく遊んだ大きな滑り台に横たわる。


 すると、フワ~っと幼少の頃の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。



 1歳の頃から遊び慣れた公園。


 寝転んだことによって子供の頃と同じ目線になったからなのだろうか。


 鉄棒 砂場 花壇 小山 ベンチ そしてこの滑り台


 見える景色が記憶とオーバーラップし、どんどんどんどん思い出が湧き上がる。

 幼少の頃の自分の声すら聞こえてくるかのようだった。


 逆上がりの練習 自転車の練習 一輪車の練習もしたっけ。

 虫を探したり、お花を積んだり、鬼ごっこ お祭り 町内運動会。

 中学校の帰りは友達とベンチでよく話したなぁ。



(学校だけじゃなくて、ここでの生活ももう終わりなんだね)


 ツーーーっと、静かに涙が頬を伝う。


「ははっ。何の涙なんだろうね。おかしぃ」



⋯⋯。

⋯⋯⋯⋯。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯。





「こりゃっ!! なにしとんじゃ?? おめゃーわ!!」



 どれくらい時間が経っただろうか。

 突然頭の上で罵声が聞こえる。


 あたしは目を開けると、そこには腕を組んだ仁王立ちの父がいた。


 父は、タバコを吸いに外へ出てみると、前の滑り台で倒れている子を見つけたという。


 まさかっ!! と、思い近づいてみると案の定自分の娘だったんだから堪らない。


「19にもなる女が、こんな時間、外で大の字で寝てんじゃねぇ!! バカヤロウ!!

しかも、スカートで。まぁ。

変な奴らに拉致られても、警察呼ばれても文句言えねぇぞ!! たわけが!! みっともねぇ!! 酒は飲んでも飲まれるなって言ってんだろう。全く。」


 あたしは、驚き時計を見ると “23:30” になっていた。


 驚くほど体が冷えきっている。


 父は、それ以上は何も言わず自分が着ていたダウンジャケットを私に羽織らせるとそのまま家に連行していった。


 いや、一言だけ言ったかな。


「タバコ吸うか??」


「⋯⋯いらない」

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