第37話 商人の国

 タード男爵様が泣いていたが、泣き止むことはないので、亜人の国へ向けて出発した。


 キューさんは自分の馬に乗っている。

 俺とリーシェさんは軍馬の義体なので、キューさんにも義体に乗ってもらいたかったが、馬がいいと乗ってくれなかった。

 ビチュレイリワに馬の義体を用意してくれと頼んだら、今ある設備では軍馬が最大の大きさで馬は無理と断られた。


 なら馬にピノを入れないのかと聞くと


[高度知的生命体でない生命へのナノマインのインストールは、地域毎に条件があります。

 残念ながらここを統括する管理機関が存在しないので、インストールするための条件そのものがないのです。

 治療のために一時的に使用することは可能ですが、長期使用は出来ないですね]


(『俺のもの』方式は使えないの)


[一応メスですが、ヨガはあの馬を異性として見れますか?]


 移動の速度は、キューさんの馬に合わせる事にした。

 いそぐ旅ではないので、全く問題はない。


「隣国の魔境からの魔物の流入を抑える方法が、面白いらしい」

 とキューさんが言うので、ついでに見に行くことにした。


 アルテミラル王国とカリギュナー王国の間にジュア・ニフス国がある。

 王政ではない、代表がいる。


 ジュア・ニフス国に関しては、貴族の息子だった頃はあまりいい話を聞かなかった。

 だが冒険者になった後はそれほど酷い話を聞いていない。

 よく考えれば王の下で特権を持っている貴族が、王政でない国を良く思わないのは当たり前だ。

 まあ冒険者の話でも褒めているわけではない。

 清濁併せ呑む国というところか、商人の国と言われるのも納得する。

『人界の盾十国』の中で最も新しく、建国60年ほどの新興国だ。


「俺はこの国あまり知らないんだよな。

 リーシェさん知ってる?」


「私も知らないな、商人の国と言われているくらいかな。

 ハバルにいた頃聞いた話では、金を稼ぐならジュア・ニフス、冒険者として名声を求めるならラーディというくらい」


「流石に隣だから2人よりは知ってると思うけど、来たの初めてだからな。

 噂ぐらいしか知らない。

 ジュア・ニフスからラーディに流れて来るのは、ジュア・ニフスでのかけに失敗した人だから、話半分で聞いてたし」


 俺も何人かの話を聞いている、大儲けしようとして逆に借金を作った話ばかり。

 自業自得と思うが、そんな人が多いという事はそれだけ儲け話が有るということだ。

 成功した人は、そのままジュア・ニフスに残っただろうから、確かに話半分で聞かないとな。


 ゆっくり10日ほどかけて、ジュア・ニフス国に入る。

 そこから一番近い町まで6日かかった。


 驚いた事に街に入るのに通行税を取られなかった、そもそも人々は自由に出入りしている。

 ハバルやラーディでは、少ない額だが通行税を取られていた、どの街でもそれが当たり前だと思っていた。

 それがない、街の入口に兵士も立っているが、ただ見ているだけだ。


「これがジュア・ニフス国の魔境周辺の街か」

 高い壁に張り付くように街がある。

 壁は街を覆っているわけではない。


「この壁、魚を捕る罠みないな形をしているそうよ。

 街の壁が一番奥で、その中に魔物がたまるようになっている」


「こんな高い壁で罠を作るなんて、いったいいくら掛かるんだ」


「高い壁は罠の奥の方だけ、入り口のあたりは簡単な木の柵で出来てると聞いた。

 こんな罠が全部で6個、同じように一番奥の外に街がある」


 キューさんが面白い方法と言ったのはこのことか、魔物退治には効率がいい。

 面白そうだと思い街のギルトに行ってみたが、俺達に請けれる依頼がない。


「討伐依頼がカンパニー単位にしか出てない」

「しかも期間がある」


 50日間で罠の中の魔物を討伐していく仕組みだ。

 効率はいいが冒険者らしくない、これだどホントに漁業だ。

 安全なのにラーディに比べ人気が無いのはそのせいか。


 罠は面白い仕組みだったが、冒険者には面白みがない。

「ここでの仕事は諦めて、さっさと隣行く?」


「ジェイルズの街は見たい、かなりにぎわってるって聞いてる。

 リーシェさんも行ってみたいでしょ」


 ジェイルズはこの国一番の街だ、王がいないので王都とは言わない。

 商業が盛んで大陸で1番にぎわっている街と聞いている。

 店も多いと聞く、キューさん買い物をしたいようだ。


 元々アルテミラル王国と比べ、魔境から出てくる魔物が数が少ないうえに、効率よく狩っている。

 ジェイルズに行くまで、魔物に襲われることが無かった。

 道も整備され、宿に困ることもない。

 野宿をしようと思っても、宿屋があるので逆にできない、少ない額だがどうしても金がかかる。


 街道にあるのは旅人を相手にした小さな宿なので、部屋数は少なくベットもない。

 数人で1部屋を借り、床に寝る仕組みだ。

 雨風に当たらず、魔物に襲撃される心配がいらないだけだが、冒険者にはそれで十分だ。

 たまに干し草を袋に入れた寝具があるところも有ったが、少し高くなる。


 野宿ではかたまって眠るが、1部屋になると妙な感じだ。

 でもそれは俺だけのようで、女性陣は気にしていない。


「ヨガ、体綺麗にしたいから、沐浴用のたらい借りてきて」

 と平気で言う。


 小さな宿にはお風呂はない、代わりに大きなたらいを貸してくれる。

 そうなれば水を運ぶのも俺の仕事だ。

 何度も外の水場から水を汲んで部屋に入れる。


 たらいに十分水が入った所で。

「サラマンダーお願い」

 とリーシェさんが火の精霊を、たらいの中に召喚してお湯にする。

 精霊の無駄使いだと思うが何も言わない。


 そして

「ピノ頼む」

 とキューさんの合図で、俺の目と耳がきかなくなる。


「いきなりやるなよ、まず俺に言ってくれ」

 という抗議は毎回無視されている。


 認識能力は生きているので、いきなり見えなくなっても転ぶことはない、近くの椅子に座る。

 でも彼女達のいるあたりは認識できない、キューさんが最初の宿に泊まるときピノに頼んだのだ。

 部屋に水を運ぶとき、他の客から冷やかされるが、実態はこんなものだ。

 そういえば、リーシェさんと2人で宿に泊まった事は無かったな。


 道ですれ違う人が多くなり、ジェイルズに着いた。

 視界に入るジェイルズの街は、想像をはるかに超えていた。

 まず人が多い、今まで生きてきた中で最も多くの人を見ている。

 リーシェさんは、その人の多さでなぜか気分が悪くなる。


 ここも通行税がいらない。

 街は壁で覆われ入り口の門も大きいが、自由に出入りできている。


 1つ辺境の街と違いが有って、入り口の壁に、

『ジュア・ニフス国の法』

 と簡単にこの国の法、特に禁止されている事が書かれている。

 この文を読まず、知らなかったは通用しないとも書かれている。

 これだけ大きく書かれた物だ、確かに見落としていましたは通じない。


 読むと基本他の国で禁止されているものとそう変わらない。

 ただ、刑罰は重い。

 税に関しても独特で、なにかを売った場合にのみ税金が発生する。

 冒険者が魔物の素材をギルドに売った場合にも、発生すると書かれている。

 この国は人々に儲けてもらい、その一部を税として集める方法をとっている。


 街が大きい、とてもではないが1日では街を見るのは無理だ。

 街の熱気にあてられたのか、誰が言い出した訳でもないのに、数日この街にいる事になっていた。

 そうそうに宿を決め街に出た、そういえば観光らしい事をしたのは初めてじゃないか。


 屋台で肉が刺さった串を買い、近くのベンチで昼飯にしている。

 まわりにも同じような人が多くいる。


「ラーディにも有ったけど、味つけが違うな。

 こんな食べ方をしているからか、余計美味しいと思う」


 今までの街の屋台は、飲み屋の延長で店を持てない人がやっていた。

 酒が主役、でもここは食事が目的で、子供もいる。


 ただし、香辛料多めで。

「私には、ちょっと辛い」

 エルフまじりの舌には辛すぎたようだ、次はリーシェさんの分は別にしょう。

 あっちの屋台には"味控えめ"とあるエルフまじりの人用なのだろう、細かく専門店になっても商売が成り立つほど人が多い。


「なにか店で買い物しようと思ってたんだけど、多すぎて何行けばいいかわんない」


「お困りのようですね、お嬢さん。

 私が良いお店をお教えしましょうか」


 いきなり近くのベンチに座っていた、中年の男性が話しかけてきた。

 さすがに胡散臭い。


「皆さんそんな顔をなされてどうなされました、そんなに私が怪しく見えます?」


「そうね、すごく胡散臭い」


 キューさん初対面の人に思った事をそのまま言う、もう少し言葉を考えてた方が事件に巻き込まれないと思う。

 今回は言われた本人は気にしていない、笑っている。

「これは失礼しました。

 私はコルコソン商会の会長をしています、ジェロイと申します。

 綺麗なお嬢さんに、うちの店をお勧めしようと思ったのですよ」


[コルコソン商会はこの国の上院に席があり。

 ジェロイさんは、国の現代表です]


 ビチュレイリワに教えられて驚く。

 こんなところにふらりといる人ではない、話しかけてきたということは俺達に目的がある。

 何だろう?


「国の代表が、護衛も付けず、こんな所で何をしているんです?」


「「え」」

 2人が驚いて声を上げる。

 ビチュレイリワ、2人には教えていなかった、この反応を期待したのか。


「護衛はその辺にちゃんといますよ。

 皆さんと知り合いになろうと思いまして、声を掛けさせていただいたのです」


「どうして、俺達みたいな無名な冒険者に」


「無名とはご謙遜ですな。

 皆様がたは魔境深淵に行かれ、その重要な役割をはたされた。

 他にも色々噂になっており、この国でも皆様のお名前は語られてます。


 国を預かる身としては無視できる話でもなく、かと言って国を名乗ってお会いするまででもない」


 この時、俺にはわかるよう視線をリーシェさんに向けた。


「考えるのが面倒になり、私の興味を優先して個人的にお会いしに来ました。

 他に他意はございません」


 商人風の笑顔を向けられると、余計なにかあると勘ぐってしまう。

 リーシェさんへの視線も、俺にはわかるようにという所がミソで、知ってますよという合図だ。

 少なくとも手の内を見せているつもになのだろう。

 護衛も一応6人ほどいるが、俺が何かすれば間に合う距離いはいない、それも意図したものだろう。


 一応確認

(彼の言ってるのはホント?)


[少なくとも、何かを計画しているという事は掴んでおりません。

 本当に個人の興味なのかもしれませんね]


「それを信じることは俺にはできません。

 疑う証拠も有りませんが」


「それで構いません、信用は行動でいただくもの、これは商売では普通のことですから。

 では最初に、綺麗なお嬢様がたに満足いただけるお店を紹介しようと思うのですが」


 キューさん、俺達に比べ物欲があった。

 最初服が欲しいと言い出したが、リーシェさんに荷物になるとダメ出しされる。

 装備はビチュレイリワ産がある、これ以上の物を店で買うことは出来ない。

 装飾類も以前、宝石のゴーレムを倒した時に作っている、今お金を出して買う気にはなれない。

 そうなると買う物があまりない。


「買わないでも見て回るだけでも楽しいですよ」

 と代表が言ったので、2人は店巡りをする事になった。

 女性の買い物に付いていくのは懲りているので、俺は勝手に街を見ることにした。


 数日街にいるつもりだと言うと、夕食に誘われた。

 肩がこらない所とリクエストして代表とは別れた。


 街を歩いているとどの街にもいる大道芸は無論いたが、演劇や音楽専用の施設がある。

 値段も庶民でも手がでる価格だ、しかもその会場が1つや2つではない。

 俺の知っている演劇や音楽は貴族が独占していて、庶民が鑑賞できるのはお祭りなどの特別な時だけだ。


 そう言えば、この国に貴族はいない。

 商人の国らしく、演劇や音楽も商品として売られているという事だ。



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