第30話 遠征2

 遠征隊は魔境の中央にある『深淵の都市』にたどり着いた。

 しかも犠牲者が出ていない。

『深淵の都市』に無傷でたどり着いた、初めてのクランになる。

 ここまでの事を考えれば、犠牲者を出さずに戻れるかもしれない。


 過去2回、『深淵の都市』まで来ているが、その時は半分以上を失っている。

 1度目の遠征はラーディに戻れたのは10名もいない。

 だが、彼らのおかげてこの『深淵の都市』の事が知れたのだ。


 この遠征で試した数々の工夫は、今後の遠征でも使える。

 反省すべきところもあるが、無事に戻りその技術を伝えたい。


 だが大陸の者であれば誰もが、魔境の最深部に何が有るのか知りたい。


「ツェローラ子爵なにを迷っているのです。

 我々は犠牲者を出していません、廃虚を探索する力は十分にあるのです。

 二度とこんな事は無いかもしれません。


 あの街を調べないで、戻るなどありえないです。

 やらない理由など、何もないじゃないですか」


 フェンメットさんならそう言うだろう。

 彼はリーシェさんの事を知らない。


 今回、ここまでの準備が出来たのはリーシェさんがいたからだ。

 公爵が、彼女を無事に連れ戻すために、使った金額は大きい。

 子爵様も、彼女の命を優先するように厳命されている。


「ここで、言い合っていても仕方がない。

 まずは目で廃虚を見てみませんか。

 見れば考えも浮かぶかもしれません」


 俺の意見で話が止まる、まだ誰も廃虚を見ていない。

 みんな、山の中に魔物がでないので『深淵の都市』にもいないと思っているようだ。

 残念ながら認識出来る範囲でも多くのゴーレムがいる。

 力押しできる数ではない。


「そうだな」


 子爵様も同意してくれ、山を登る事になった。

 魔物は出ないので、護衛は少ない。


 頂上に登ると全体が見渡せた。

 ビチュレイリワが言っていた通り、丸く山の峰がありその中は平らだ。

 広いその平地には廃墟が広がる、木々に覆われているが街の跡とハッキリとわかる。


 俺は認識能力で、他の者は遠見の道具で廃虚を見る。

 その廃虚にはゴーレムがいる。


 動き回っているのは、人の倍程度であまり大きくはない。

 そして数体の大きなゴーレム、土竜をモデルにしているようだが本物と違い長い首は数本ある。

 全て特別なゴーレムなのだろう、何で出来ているか分からない。

 あの街に入れば全滅を覚悟する必要がある。


 よく見ると動くゴーレムは同じ場所を回っている、見張りなのだろう。


「見張りがいますね

 でも動きが単純だから、上手く行けば見つからないで街に入れるかも」


「フェンメットさん楽観的では?

 見つかれば、全部が集まって来ますよ」


「俺が囮になったら、そのスキに行けるんじゃないか」


「フェンメット君それは止めてくれ、君たちの力は街に帰るために必要だ」


<ヨガ、この街の下にも何か有るようです。

 魔物が集まっている場所があります>


 ピノは生き物の持っているマナがわかる。

 魔境の魔物は魔石が入っていて、ピノは見つけることが出来るのだ。


 街の地下か、見てみたいな。


[私もです]


 剣聖が街門の跡を指差して


「ツェローラ卿、あそこならゴーレムの見張りに気づかれず、中にはいれるかもしれません」


 門の上部には窓がある、建物だ。


 ゴーレムは一定の順路を繰り返し動いている、門から離れれば次に近づくまで時間がある。

 その時間があれば門には入れる。


「私が行ってきます。

『ロハイラの耳』が無いと無理でしょうから」


「俺も行く」


「門の中を見てくるだけです、戦う気はありません。

 フェンメットさんの活躍する場面は、今回ありません待ってて下さい」


 子爵様から許可をもらい、廃虚に通じた道を下り街門に近づく。

 ゴーレムは1歩門を出ると中に戻っていく、しばらく別のところを回りまたここに来る。

 全く同じ動きを繰り返している、まあ敵を見つければ違うのだろうが。


 俺はゴーレムが行ったのを確認し、中に入る。

 門の外側は崩れていたが、中は傷んでいない。


 短いトンネルになっていて、門と通った道は街の中にそのまま続いている。

 門の中に入るところを探してみたがない。

 トンネル内を探していると、出口付近に下りの階段を見つけた。


 下に魔物がいないのを確かめて、階段を降りようとした。


[ヨガ、下に行くのは反対側の階段のようです]


 ビチュレイリワが、道路の反対側に同じようにある階段を使えと言う。


[この階段は勝手に動きます、驚いて声を出さないようにしてください。

 上りと下りが別で、下りは反対側です]


 何を言っているのかわからない、階段が動くとはなんだろう?

 と思っていいると、ピノが使い方を教えてくれた。


 降りると広い道があった、驚いた事に天井が光っている。


[今いる場所と、見えている位置の関係を、整理します]


 ビチュレイリワが、地上の廃虚と俺が見ている物の位置関係を理解させてくれた。

 廃虚の道の跡と同じ方向に、地下の道も続いている。


 廃虚の道の下には、同じように地下の道があると考えられる。

 近に魔物はいない、少し奥へ行ってみよう。


[その丸いものに乗らないように]


 道には平べったく円形の物がある。


(これは、何なの?)


[多分、人がその上に乗って移動する物でしょう]


(知ってた訳じゃないんだ)


[似たような物の記録があります。

 動く階段もそうですが、今は連邦内で使っている所は無いでしょう]


 ビチュレイリワの注意に従って円盤の有る真ん中を避けて、壁に沿って進んでいく。


 突然壁に穴が開く、驚いて道の真ん中に飛んでしまう。

 罠を警戒したが違う、しばらくして閉まってしまった。


 これはドアだ、よく見れば壁に多く有る。

 試して見ると、ドアの前に立つと開く仕組みだった。


 開くドアと開かないドアが有る。

 壊れていると思ったが、小さいドアが開かないのだ、大きなドアは開く。

 罠の危険が有るが、開いたドアの中に入ってみた。


 中はいくつか空間に区分けされていて、大きさはバラバラ。

 そして大きな区画には液体を蓄える設備がある、初めての場所だかこの設備には見覚えがある。

 浴場だ。


 しかも大きく2つに別れていて、交互に行き来できない

 男女用に、分けられていたと、考えたほうが自然だ。

 魔物にそんなものが必要だとは思えない。


(人用だよな)


 不安になり、ビチュレイリワに確認してみた。


[間違いなく、人用ですね]


 夕方には戻り、見た内容を報告した。


「ヨガ君、どうしてそこが浴場だと思ったのかね。

 水を貯めているだけなら、水飲み場かもしれないじゃないか」


「自分がラーディで借りている宿の、浴場と同じだったからです。


 あの街は魔物の巣ではありません、人のためのものです。

 全てが人に合わせた大きさで、地下に降りる階段も地上にいるゴーレムが使うには小さすぎます」


 浴槽の隣の小部屋がトイレだと、ビチュレイリワが使い方の説明付きで教えてくれた。


「でも人は住んでいないのだな」


「明かりや自動のドアなど動いておりましたが、人はいません。

 そして、魔物は浅い所にはおらず、かなり深い所に集まっています」


「皆は今の話をどう考える」


「魔境中央に『深淵の都市』が有ると判ったのは、前に来た遠征隊が発見したからでした。

 それまでは誰にも知られていません、古い文献にも乗っていなかった。

 こんな大きな街なら有り得ません。


 そうであるならば、この街は第一次魔王戦争以前のものでは無いでしょうか」


 今各国にある記録は、第一次魔王戦争以降のものしかない。

 第一次魔王戦争で、人は滅ぶ直前まで減った。

 そして人は大戦の中で以前の記録を失っている。


「そう考えるのが、妥当か」


「魔法襲来の時、または第一次魔王戦争時にこの街は魔物に占領され歴史から消えた。

 人々がいなくなったこの『深淵の都市』で、魔物が何かをしています。


 魔物が何かを行っているとなれば、それは魔王のため。

 なら断固阻止すべきと考えます」


 子爵様の側近意見は、この国の貴族として正しいものだ。

 しかも、ここはクラン、多少の無茶もするかも知れない。


 危険な事だ、水を差す事になるがしかたがない。


「それは無理かと思います。

 深くにいる魔物の中には、かなり強力な者達がいます。

 奴らを全て倒すなど無理です。

 全滅するまで戦っても、半分以上は無傷でしょう。

 ここで、奴らの企みを潰すなど出来ません」


 冒険者は、無理な事はしない。


「なら、今回は帰るほうが重要だね」


 剣聖が断言する。

 キナイズさんは、子爵様より爵位が上だ。

 なのでクランの意思決定に関わる発言は控えていた、ここではあえて言っている。


「それでは王国への義務がはたせません」


 側近は食い下がる。


「いいや、キナイズ卿の言うと通りだ。

 全滅する事はできない、ここで見たものをも持ち帰る」


 子爵様は強く宣言する。

 戦力が十分あるのに、戦わず逃げるように戻る。

 臆病者とそしられる覚悟の上での決断だ。


「だが街を少しは調べたい。

 魔物は奥で集まっているそうだ、魔物がいない場所を調査してみようと思う。

 これは少数を選抜して行う、悪いがヨガ君には行ってもらう」


 子爵様も出来る事はしたいのだ。


「今度は俺も行かせてもらいます」


 フェンメットさんが前回置いていかれたのが悔しかったらしく、今回は行くと言い張った。


 結局、武器での戦闘が得意な者と、神官が選ばれた。

 キューさんはどちらかというと、戦力として期待され選ばれている。

 トゥールさんはキューが行くなら自分も行くと言う、トゥールさんの剣の腕は知られていたので反対はされない。


 弓や精霊使いは、地下での戦闘に向かないと候補には入れなかった。

 一理有るが、本当はリーシェさんを選ばいようにするための言い訳だ。


 調査隊として13名が選ばれた。

 俺とフェンメットさんトゥールさんが調査隊に入ったので、剣聖には残ってもらう事になった。


 翌日は休息と戻る準備をする。

 調査隊は敵と遭遇したら全力で逃げるよう命令された。


 俺は作業を免除され、代わりに街の監視を命じられた。


 街は真ん中から、放射状に道が伸び、それを同心円状につなぐ道もある。

 地下の道も同じ構造なら、円を描きならが中央を目指そう。

 強力な魔物は、中央部の深くにいる。


「ヨガ、お昼を持って来たよ」


 リーシェさんが、パンに何かを挟んだ物とスープを持って来てくれた。


「私の味付けじゃ無いから、味は濃いよ。

 疲れている時はその方がいいでしょう」


「ありがとう。

 でもどうしてリーシェさんが、持ってきたの」


 当番は決まっている、今日はリーシェさんじゃない。


「私も『深淵の都市』を見たかったの。

 ヨガを理由にさせてもらった、いいでしょ?」


「別に構わないけど、みんな街を見たいらしく、さっきから理由も無くいろんな人が来てるよ。

 ほらケンテハルさんも」


 リーシェさんの後を追って、山を登ってきたケンテハルさんに手を振る。


「そんな事していいのかよ、見つかるぞ」


「この近くにいる魔物は街の上を歩くゴーレムと、地中深くいる奴らだけだよ。

 山に入って来ないどころか、近づいても来ない。

 ゴーレムは廃虚の中にしか興味がないようだし。

 大丈夫じゃないか」


「緊張感がないな」


 そう言わても、仕方がない。

 俺は街を見ながら、パンを食べ始めた。


 !

 挟んで有った何かが溢れた。

 ソースで服が汚れる、遠征中に着替えていないので十分汚いが、必要以上に汚す気はない。


「リーシェさん何か拭くもの持ってない」


 リーシェさんが、小さいタオルを持ち歩いているのを知っていて聞く。


「ヨガは何やってるの」


 と、タオルを投げてくれた。


「ちっきょう!

 こっちもかよ」


「ケンテハルさん、こっちもってなんだよ」


「下でも、いちゃついてる奴が多くてな。

 逃げて来た。

 だいたいあいつら、夜も同じテントで寝てやがる。

 大事な休息の時間だ、休め」


「こんな時に?」


 俺は不思議に思ったが。


「こんな時だからだよ。

 命が危険な状況にいると、子孫を残そうとするのは本能だぞ。

 遠征ベビーって言葉も有るくらいだからな」


「そうなのか。

 俺がそんな気にならないのは、リーシェさんが子供すぎ・・」


 リーシェさんの拳が、俺の顔面に綺麗に入った。

 ピノは拳が来るのを教えないどころか、首から下を動かなくしてくれている。

 2人がかりは卑怯だ。

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