第18話 王都へ・前篇

タード男爵のところからラーディに戻ると、ケンテハルさんが


「王都までの商隊護衛を、一緒にやってもらえないか」


 と言ってきた。




 ケンテハルさんとトゥールさんは男爵の息子で、2人は顔なじみだ。


 何かと世話になっている、無下には断れない。




「ヨガ、『ロハイラの耳』持ってると聞いたぞ、なら護衛は楽になる」




『ロハイラの耳』の事トゥールさんが教えていたらしい。


 トゥールさんを見ると、知らん顔をしている。


 あまり目立ちたくないんだけど。




「それに4人とも馬を揃えたんだよな。


 警備するのは2頭だての馬車が4つで、護衛は全員馬で移動する。




 これはヨガ達にたのむしかないだろう」




「どうしてケンテハルさんが、この護衛依頼を手配してるの。


 冒険者ギルドを通していないの?」




「まさか、そんな事したらギルドから除名だよ。




 元々この依頼は俺達への指名依頼なのさ。


 ツェローラ子爵が俺達を2つ星にするために、依頼してくださったのさ。




 俺達はもう少しで2つ星になれる。


 なったらすぐに、ツェローラ子爵様のクラン『アルテミラルの盾』に入ると言っていた。




『アルテミラルの盾』は最近、人を増やしている。


 本当に次の遠征は『アルテミラルの盾』になりそうだ」




「父上もツェローラ卿にはお世話になっている。


 俺も『アルテミラルの盾』に入るべきだ。


 ヨガも遠征へ行きたいと言っていたから『アルテミラルの盾』に入れてもらおうぜ」




「そう言うと思って、トゥール達に声をかけている。


 ツェローラ卿には、クランに入りそうな冒険者を選んでくれと言われているしな」




 その話には、もう少し裏がある。


 ツェローラ卿にリーシェさんを保護するよう、ナーエフ公爵から指示がある。


 クランに入れて、無茶な事はさせないつもりなのだ。


 ツェローラ卿への手紙を、ビチュレイリワが見ている。




「受けないわけには行かないか。




 俺達ももうすぐ2つ星になれる。


 この際『アルテミラルの盾』に入れてもらおうと考えている。


 みんなもそれでいいか」




「俺は大賛成だな」


「お兄様が、よいというのでしたなら」


「いいんじゃない」




 ーーーーー




「左前方ゴブリン2」




 いる場所を指差すと、4人の馬が駆け出す。




「あいつらホント何処にでもいるな」




 俺は隊列の中程にいて、認識能力を使って辺りを警戒している。


 そして何かいるのがわかれば、他のパーティーが対処する体制をとっている。


 見張り役の俺は、基本動かない。




 ケンテハルさんが俺の近くに来て、


「『ロハイラの耳』があると楽だな」




 ケンテハルさんは俺達の他に2パーティーを入れて、19人で護衛をしている。


 全員1つ星とはいえ、これだけいれば十分だろう。


 それに、強い魔物がでる魔境周辺はもう離れている。




「奇襲を受ける心配がないというのは、精神的にすごく余裕ができる。




 いいな、俺もほしいなそんな力。


 どうやって手に入れたんだよ」




「俺にもわからない。


 出来て普通と思っていたからな」


 ピノがやってくれているからだ、この方法は他の誰も真似出来ない。




「だよな。


 ギルドに聞いたら、ラーディでも3人しかいないそうだぞ。




 そう言えばお前、ギルドに『ロハイラの耳』の事は言ってないんだな」




「あれ?


 報告する義務あったっけ」




「いや無いけど。


 普通ギルドに言っとくぞ、依頼を斡旋してもらえるからな」




「ヨガはちゃんとしてるふうなのに、何か1つ違うんだよな。


 それが余裕なのか、抜けてるのかよくわかんねえ」




「トゥールさん、ヨガは単に世間に疎いのだと思う」




 リーシェさんの評価が一番正しい。


 俺の中身は、田舎貴族の五男の16才、自覚はある。




「馬とヨガの『ロハイラの耳』があれば、護衛の依頼も俺達にあってるな。


 今後は護衛の依頼を受けてもいいんじゃないか」




 トゥールさんは護衛の依頼も俺達で出来ると考えているようだ。




「1つや2つ星の護衛依頼は、契約期間にくらべてポイントもお金も割に合わない。


 怪我でメンバーが欠けてる時とか、腕にまだ自信がない人達が、日銭稼ぎにするのがちょうどいいの」




「トゥールお前らのパーティーってヨガがリーダーだけど、仕切ってるのリーシェちゃんみたいだな。


 お前もキューも冒険者としちゃまだまだだろうし」




 最近はリーシェさん『ちゃん』と言われても気にしなくなった。


 子供扱いされていないのを、理解したからだろう。


 ただし俺が言うと、蹴られるけど。




<ヨガ、あの山に何かいます。


 今まで検出した事がないマナ量です>




 ピノが警告をくれた。


 確かにとんでもないマナが、向こうの山にいる。




「あの山に何かいる」




「あんな遠くまでわかるのか」




「いいや、いるやつのマナがすごいんだ。


 キューさんわかんない?」




 キューさんもマナを感じ取れる。




「確かになにかいますね。


 でも大丈夫だと思います、敵意は感じませんよ」




 敵意を見分けられるところは、ピノよりキューさんの能力が優れている。


 俺も目の前にした相手なら、なんとか判断はできる。


 ピノはマナの量と個体差しか判らない。




「でもよくあの距離が判りますね。


 私は言われて初めて気付きました」




 逆に距離とマナ量の正確な測定はピノのほうが上だ。




 俺達に気づいたらしい、こちらに向かってきた。


 しかし、なんてマナ量だ。


 それにキューさんも気がついたようだ、右手を口に当て左手で指をさしている。


 俺を向いて目で本当かと聞いて来る。


 俺はうなずく、キューさんは間違えていない。




 近づくと炎が見える、いや燃えている何かの生き物。


 輪郭がぼやけて見える、生き物が燃えているのではない、炎が生き物の姿をしているのだ。




「リーシェさんあれ精霊?」




 思った事を聞いてみる。


 ピノの能力では、精霊とあの炎の生き物は同じ『サラマンダー』に見える。




「違うと思う」




「あれは火狐様ヒコさまではありませんか?」




 護衛していた商人の1人が言う。


 騒がしい気配で外に出てきていたのだ。




火狐様ヒコさま?」


 ケンテハルさんも知らないようだ。


 トゥールさんを見ると、首を振って知らないと。




「霊獣ですよ、聞いたことありませんか?」


 先の商人が教えてくれる。




 霊獣は聞いたことがある。




[初めて知りました]




 ビチュレイリワの情報収集能力は万全じゃない。




(俺もそんなには詳しくない、子供のころに聞かされた物語の中に出てくる程度だ。


 数千年と生きている存在で、その力はドラゴンを超える。


 第二次魔王戦争の時は、英雄と一緒に魔王軍と戦ったと聞いている)




 そんな存在から敵意を向けられていないのは、安心する。


 戦えば、確実に負ける。




 炎が目の前にきた。


 商人が言ったように、狐だ。


 ただし、炎でできた姿をしている。


 輪郭もなく、尾も数本あるように見えている。




 商人や冒険者が馬車や馬から下り、地面に膝を折っている。


 ひれ伏しているものはいないが、火狐ヒコ様から感じる存在の圧力に立ってはいられないのだ。




火狐ヒコ様、何か御用でしょうか?」


 商隊のリーダーが聞いていた。




「わらわを覗いている視線を感じてな、見に来たのじゃ」


 人のしかも若い女性の声で話す。


 その声は何故か火狐ヒコ様に合った声だ。




「申し訳ございません」


 慌てて頭を下げる、覗いていたとは俺のことだろう。




「ここにいる人達を守るため、まわりに何かいないか探っておりました。


 火狐ヒコ様がいると知らずに行いました、ご無礼をお許しください」




「そうかしこまらずともよい。


 何事かと興味を持って来ただけじゃ。


 怒っているわけではない」




 良かった。


「ありがとう御座います」




「だから、そうかしこまるな。


 わらわは死ねなくなった、ただの狐に過ぎん」




 十分に普通じゃない。




「それに面白い物が見れた」


 俺を見ている。




「お前は死ねるのか?」


 どういう意味だ。




 リーシェさんが


(ヨガ、ピノのことじゃない)




<私の存在を検知しているのですか?>




「それは、どういう事でしょうか?」


 聞いてみる。




「お前のその力は、わらわを不死にした力と似たものだ。


 だから死ねるのか聞いたのじゃが」




(ピノ、俺は不死なのか)




<まさか、私が死なないようこんなに努力しているのに>




[寿命を伸ばす事が出来ますが、不死は技術的無理ですし、連邦の法でも禁止されています。


 ヨガは間違いなく死にます]




 ビチュレイリワが俺が死ぬ事を保証してくれた。


 なんかやだな。




「いいえ、私は普通に死ねると思います。


 試して見る気にはなりませんが」


 と答える。


 いつの間にか視線が俺に集まっていた。


 不死とか変な噂が立ったらやだな。




「そうか、わらわの勘違いか。


 許せ」




 俺はもう一度頭を下げる。


 完全に火狐ヒコ様を、上位の生き物と認めている。




「死ねるのか、羨ましいな」




「「?」」


 その言葉を聞いた全員が『なぜ』と同じ感想をもっただろう。




「わらわは2千年以上生きておる。


 ただの狐として生を受けた身としては、ここまで長生きなのは苦痛なのじゃ。




 おおそうだ、誰かわらわが死ねるよい方法を知らぬか?」




[ヨガ、頼みがあります。




 火狐ヒコ様も生命ならばナノマシンをインストールして、その活動を停止させる事が可能かもしれません。


 もし、希望が可能ならばそのかわりに2千年の知識を手に入れたいのです。


 交渉をお願い出来ませんか]




(当分の間、俺以外にナノマシンは入れないじゃなかったっけ?)




[人の場合はそうですが、聖獣は別です。


 2千年の知識はとても貴重なものです、是非とも欲しい]




(監視するにはかなり厳しい条件があるんじゃなかった?)




[火狐ヒコ様は監視しません、ナノマシンで生命活動を停止するのに協力するだけです。


 そうすれば、規制には触れずにすみます]




火狐ヒコ様、お話があります。


 よろしいでしょうか?」




 ビチュレイリワの頼みを、試みることにした。




「余人に聞かれたくなさそうだな。


 付いてまいれ」




 火狐ヒコ様は山の方へ駆け出した。


 俺の顔に出ていたのか、単に勘が良いのか事情を察してくれた。




「すいません、警備をお願いします。


 一応まわりには今のところ敵になりそうなのはいません。




 ちょっと行ってくる」


 軍馬で後を追う。




 火狐ヒコ様は少し先で待っていてくださった。


 また、馬を下り火狐ヒコ様の前に座る。




「私は強力な薬を持っています。


 これを使えばもしかすれば、火狐ヒコ様のご希望が叶うかもしれません」




「本当か」




「可能性があるというだけです、嘘は言っておりません。


 代わりと言ってはなんですが、出来ましたならば2千年で得た経験を教えていただけないでしょうか」




「どういうことじゃ」




「薬を飲んでいただければ、火狐ヒコ様を死の運命に戻せるかはすぐに判ります。


 もし火狐ヒコ様の望みが叶うと判りましたなら、死ぬのを一時伸ばしていただき、火狐ヒコ様の経験した事を私に教えてほしいのです」




「そうか。


 死ねるとわかれば、お前が生きている間くらいは付き合っても良いぞ」




「ありがとう御座います。


 薬はこちらになります」


 ナノマシンが入った小さい水筒を出す。


 口を開けて火狐ヒコ様に飲ました。




 少し待って


(ビチュレイリワどうなりそう)




[調べているのですが、生き者とての機構が全くありません。


 マナがただ存在しているだけです。


 私には火狐ヒコ様は雷と同じ存在です。




 生きているという状態が判らないので、死を提示する事も出来ません]




 そんな事になるかもしれないと思っていた。


 ビチュレイリワはマナの扱いが苦手だ、全身マナの火狐ヒコ様との相性は良くない。


 自分でも判っていただろうが、それでも頼んで来るとはよほど火狐ヒコ様の知識が欲しかったのだろう。




「申し訳ございません。


 この薬では火狐ヒコ様のお望みを叶える事はできませんでした」


 素直に謝った。




「あらま、仕方がないのう。




 しかし、お前嘘はつかんのじゃな。


 今は死ねると言っても否定できるものはない。


 欲しいものは手に入れられただろうに」




「この件に関しては嘘はありえません。


 ですので、条件としていた火狐ヒコ様の知識の事は諦めます」




(そうなるよね)




[残念ですが、そうなります]




「そうか。


 面白いなお前たちは。




 以前、魔王軍からも誘いがあったが、奴らは騙してわらわを別のものにしようと考えておった。


 ブヨード大陸の西側が炎で吹き飛んだ中にいても、復活したわらわを見て力を取り込もうとしておったのじゃな」




 魔王軍!


[大陸が吹き飛ぶ!]


 俺とビチュレイリワでは驚くところが違う。




火狐ヒコ様、魔王軍は敵ではないのですか」




「それは人の見方だ。


 わらわからすれば、人も魔王軍も同じじゃ」




[ヨガ、ブヨード大陸での事も聞いて下さい]




「ブヨード大陸の西側が吹き飛んだというのはどういう事でしょうか」




「お前たちが第二魔王戦争と呼ぶ時、わらわは勇者と一緒に戦っておった。




 罠に落ちブヨード大陸におびき出され。


 そこで魔王軍の発した光と熱の塊で、わらわがいた大陸西側が無くなったのじゃ」




[大陸に残る傷跡は相当なものです。


 それで無事だったのですか。


 あれで死なないのなら私の火力でも火狐ヒコ様は殺せません]




「面白かったぞ。


 また、機会があれば会いたいものだな」


 あっというまに、ピノの認識出来る範囲から去ってしまった。


 早い!




 戻ると、トゥールさんが近寄ってきて


「ヨガ、なんだったんだ」




「俺は強力な薬を持っていたんだが、使い方によっては強力な毒にもなる。


 それを試してみたんだけど、駄目だった」




「そうか。


 でもどうして俺達にも秘密なんだ」




 トゥールさんは俺が1人で行ったのが面白くないようだ。




「本当に強力な毒なんだ、解毒も治癒魔法も全く効かない。




 そんなものは知られないほうがいい。


 使い方をトゥールさん達が知ったら、トゥールさん達が危険になる」




「だから秘密にしてくれたのか」

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