第15話 タード卿

「きもちいいー」


 リーシェさんは機嫌がいい。




 森の中を、2頭の軍馬で駆けぬけている。


 軍馬の中にはピノが入っているので、本当は練習はいらない。




 トゥールさん達と別れて、街を出てきたのは魔石を手に入れるためだ。


 この軍馬は義体なので、マナがない。


 冒険者の中には、キューさんのようにマナを感じる事ができるものがいる。


 生き物にマナがないのは、おかしい、目立つ。




 そこで思い出したのが、マナを変えてしまったあの魔石だ。


 あれを、軍馬の中に入れてごまかそうと思う。


 1つしかないので、もう1つ手に入れようとしているのだ。




 まわりに人がいないのを確認して、軍馬をかなりの速さで飛ばしている。




「ヨガ、これ、楽しいよー」




 木々の間を駆け抜けていく。


 確かに、この疾走感はくせになるかも。




「高いところへ行くよ」




 2人なら、ピノで口にしなくても会話できるのに、大きな声を出している。


 俺も楽しんでいるらしい。




 少し高い丘に上がる。


 まわりが一望できる場所だ。




「すごいきれいだな」




「そうね、いい眺め」




 ここから、魔石を持っていそうな魔物をを探す。


 ピノが2頭の軍馬分増えている、認識能力が格段に良くなった。


 ここから見えるところ全部が、感知範囲になる。


 さすがに、それが頭の中に流れこんだら、俺が混乱する。




<これでわかりますか>




 視界に、逆三角形のマークが付いている。


 その上に魔物の名前と数が見える。


 ピノが見つけたものを、俺に判るようにしてくれているのだ。




(判りやすいね)




(ピノ、私はいいわ。


 ヨガに付いていくだけだから)




 リーシェさんは無いものが、見えるのが嫌だったらしい。


 でも判るのは、魔物の種類まで。


 魔石を持っているかは、判らない。


 魔石を持っていない魔物でもマナはある。




 なので魔石を持っていそうで、軍馬に入れておかしくない大きさの獲物を探している。


 ハイ・オークの魔石はちょうど良かった。


 残念ながら、今見えている中にはいない。




 魔石は魔境生まれの、魔物にしかないと言われている。


 何故かは判っていない。


 面倒だな、片っ端からやってしまうか。




「はい、お昼」


 リーシェさんがパンを差し出す。




 中に肉や野菜が挟んである、美味しそうだ。




「これリーシェさんが作ったの」




「そう。


 だから味薄いかも」




 リーシェさんの作る料理は、いつも味が薄い。


 一般的に、エルフの血が入っている人たちは料理がうまい。




 エルフは味覚が、人の倍以上持っているらしい。


 甘いとか、しょっぱいとかの感覚が倍ってどんな感じだろう。


 複雑な味覚を持っているから、料理がうまい.


 でもエルフ料理とか呼ばれるものを聞かない。




 ここでもエルフの血が問題になる。


 純血でない場合、エルフの味覚が全て揃っていない、味覚がバラバラらしい。


 親子でも違う、世代を超えて、味の再現ができないのだ。




 逆に獣人族の味覚は、苦味とか酸っぱいとかは全部、同じに感じるそうだ。


 体に悪そうなのを、避けるためらしい。


 なので、獣人の料理は、まずいと有名だ。




 この世界で万人に受ける、料理は存在しない。




「タルクさんの味付けはこすぎるんだよ」




「でも、冒険者にはお父さんの味のほうが喜ばれるの」




 なので宿で料理をしていたのは、タルクさんだった。




「俺はこっちのほうが好きだけど。


 美味しいよ」




「そう、良かった」




 リーシェさんは褒められて、嬉しそうだ。




 美味しかったら、口にして褒めろと言ったのは姉さんだったか。


 良いことを教えてくれた。




「まず、あそこのトカゲをやるよ」




 食べ終わって、一気に走り出す。




「ヤーー」


 リーシェさんは本当に楽しそうだ。




 ーーーーー




 トゥールさんとキューさんの2人は馬を取りに、タード卿の屋敷に戻っていた。


 2人が家に着いた翌日に、俺たちもタード卿の屋敷へきている。




 タード卿が俺たちにも会いたいと、言われていたのでご挨拶にきているのだ。


 すぐ戻るつもりだったが、何日かいろと帰してもらえなくなった。




 今夜は、小さな宴席を設けていただいた。


 タード卿の奥様はすでに亡くなっている。


 ご家族の3人と、俺とリーシェさんだけの夕食になっている。




 メイド服姿の女性が給仕をしてくれている。


 3人とも4つ耳族だった、珍しい。




「タード卿は、お若いですね。


 とてもトゥールさんのお父様とは見えません」




 トゥールさん達の父タード卿は60歳を越えている。




「そうか。


 トゥールと、兄弟に見えるか」




 大きな声を出し、ガハハと笑う。


 さすがに、それには無理がある。


 でも、頭も薄くなっていないし、昔冒険者として鍛えた名残があるので、若くみえる。




「父上、その笑いかたはやめて下さい。


 下品です」




「何を言う、わしはいつもこうだろうが。


 トゥールは仲間の前で、格好つけているのか。


 そんなのはやめておけ」




 男爵の雰囲気がまるでない。




「一応、我が家は男爵家ですので、外面は良くしていただかないと困ります。


 父上もツェローラ子爵様の前では、違うではないですか」




 外面を良くって、ホンネを口にしているし。




「子爵様なら礼儀を尽くして当たり前だ。


 でも、彼らはお前達の仲間だろう。


 そんな疲れる事は、やだね」




 気持ちも若い。




 部屋に案内された時、若いメイドのお尻をなでて、手を叩かれていた。


 それも、若さの秘訣なのだろう。




 リーシェさんは、可笑しそうにしている。


 キューさんの顔は赤い。


 怒っているのか、恥ずかしがっているのか。




「お前を、国境に送り出して10年か。


 長くいすぎだ」




「居心地がよくて、戻るのが遅くなりました」




「5年と思って送り出したのにな。


 5年前なら、心配事がすくなくてすんだのに」




 5年前なら、キューさんが一緒に行きたいと言っても成人していない。


 冒険者登録も出来なかったのだ。


 親としては、ひとこと言いたくなるか。




「しかし、良くリーダーを諦めたな。


 トゥールなら、絶対になりたがると思っていたのだがな。


 お前は子供のころから、人の前に出たがる性格だったのに。




 それだけ、成長したということか。


 国境に行かせて正解だった」




「自分を知ることは、出来たかもしれません」




「たとえお前に剣の腕が上でも、リーダーに必要な資質はそれだけではないからな。


 それがわかっているだけましだ」




「いえ、剣でもヨガのほうが上ですよ父上」




 トゥールさんは苦笑いしている。




「父上、また、人が増えましたか」




 話題を変えた。




「そうなんだ、まだこの国で奴隷商をしようという奴らがいやがった。


 とっくの昔に禁止されていると言うのにな」




「奴隷商を国外追放、そして彼女達を保護したと言うわけですか。


 4つ耳族の女性が多いですね」




「まあな、4つ耳族は人との間に子をなせないからな。


 その方面で人気なのだろうさ。




 すまん、お嬢さんには気持ちのいい話じゃないな」




「大丈夫です」




「そうか。


 それとも、人でないものがまわりにいるのは嫌かな」




 タード卿は俺達に、人族以外への偏見があるかたしかめている。


 大事な子供達の仲間に、ふさわしいかどうか見ているのだろう。


 そう言えば、こんな話はした事がないな。




「そんな事はありません。


 お母さんが、4つ耳族でしたし。


 ハバルにも人族以外はいました、偏見はないつもりです」




「えー、そうなの!」




「ヨガ、いきなり大声出さないで。


 ビックリするじゃない」




「だってリーシェさん、それおかしくないか」




「なんだ、ヨガも初めて聞いたのか」




 4つ耳族は、人族と同じ所に耳があるが、猫や兎のような耳が頭にもある。


 4つの耳があるので、4つ耳族と呼ばれている。


 そして、人族と4つ耳族では子供は生まれない。




 そもそも、人族との間に子供を残せるのは、エルフとドワーフだけだ。


 だから、エルフの血が入っているリーシェさんの、お母さんが4つ耳族という事は絶対にない。




「ハバルも冒険者の街だから、ラーディほどじゃないけといろんな種族がいました。


 それに、私にはエルフまじりで、お母さんは4つ耳族、お父さんもドワーフまじりですから。


 偏見の持ちようが無いですよ、タード卿」




「え、タルクさんドワーフまじりだったの。


 あの大きさで」




「ドワーフの血では、身長よりも力強さが遺伝するみたい」




「タルクさんと言うと、もしかして昔ラーディで活躍していた、7つ星パーティーのタルクさんか」




「だと思います。


 昔ラーディにいたと、言っていましたから。


 でも、父は8つ星だったと思うのですが」




「そうだった、そうだった。


 ここでの最後の仕事で、8つ星になってすぐ出ていったんだった。




 リーシェ君は、タルクさんのお子さんでしたか。


 だからパーティー名が『閃光3』なのか。




 ラーディで、よくこのパーティー名を付けたなと思っていたのだが、タルクさんお子さんなら逆に納得だ」




「父上『閃光』がパーティー名だと、なにか問題があるのですか」




「いや、問題というわけではない。


 でも30年前にラーディで活躍していた7つ星のパーティー名だからな、まだ覚えている奴らもいるだろう。


 有名過ぎて、普通はつけない」




「30年前、ラーディで活躍ってタルクさん今いくつなんだ」




「父は90を過ぎていたはずよ」




 タード卿より若いと思っていた、エルフほどじゃないが、ドワーフも人よりは長寿だ。




「8つ星か、お兄様、私達もなれると良いですわね」




「いやいや。


 俺は4つ星まででいい。




 俺がいなくなっては、この家が無くなってしまう。


 弟は、冒険者にはならないつもりだからな」




「トゥールさんの弟って何をしているの」




「今、王都で学生をしている。


 そのまま、役人になって都に住むつもりのようだ」




 下級貴族の次男以下では、自分で生きていくためには仕事を見つける必要がある。


 冒険者もその1つだが、役人というのが一般的なのかも。


 魔物を相手にするより、コネがききそうだ。




「父としては、キューには早く結婚して家庭を作ってほしいがな。


 貴族としては、すでに行き遅れだから。




 もう少し、女性らしくしてほしい。


 リーシェ君みたいに、ピアスをするとかしたらどうだ」




 外見で言えば、リーシェさんよりもキューさんのほうが女性としての魅力はかなり上だ。


 リーシェさんは女性と言うより、子供だし。




「私は、主神の使徒です、結婚などしません」




「タード卿、街ではキューさんオモテになっていますよ。


 それにこのピアスは、父からもらったものです。


 大事にしろと言われていますが、中にキズがあるのでそれほど高いものではないでしょう」




「そうですか、なら大事にしないといけませんな」




(ビチュレイリワ、タード卿を見張れる?)




[軍馬の中に、予備の監視用義体があるので可能ですが。


 何かあるんですか?]




(あるかもしれない)




 タード卿は、リーシェさんを見た時から、ピアスを気にしていた。




「ヨガ君は遠征に参加したいとか、貴族になりたいのかな」




「いいえ、絶対に貴族にはなりたくありませんね。


 魔境の奥を見てみたいだけです」




「見てみたいか。


 死ぬかもしれないのに、馬鹿げた理由だ。


 リーシェ君も、そうなのか」




「私も、貴族は遠慮します。


 ヨガがリーダーなので、付いて行くだけです」




「貴族になりたいというなら、別の道もある。


 ただ、行きたいだだなんて。


 まさか、トゥールもそうなのか」




「俺は家を継ぐために冒険者をやっています。


 遠征に行くのは4つ星以上、でも4つ星ならば家を継げる。


 4つ星になったら、すぐに戻って来ますよ」




「遠征が宣言される前に、お前達が4つ星になれるとは限らないしな。


 取り越し苦労かもしれん」




「俺が家に戻ったら、キューお前はどうする」




「今はお兄様と一緒に、4つ星になることしか考えていません」




 夜中に




[ヨガ、タード卿に動きがありました。


 手紙を用意しています]




(やっぱり。


 リーシェさんの事だろう)




[なぜ判ったんです。


 カナーエフ公爵に彼女が戻ってきたと、連絡しています]




(カナーエフ公爵か、すごい偉いのが出てきてしまったな。


 リーシェさん、貴族の隠し子かと思ったけど、公爵だったか。


 落としどころが面倒そうだな)




[いいえ、リーシェはアルテミラル国王の子です]


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