第87話 渋谷でのある一日
「カタリーナちゃん、すっごい可愛いよ」
「エマも似合ってるワ」
絵麻とカタリーナが楽しそうにお互いに服を見せ合っている。
ここは渋谷のファッションビルの一角だ。
今日はカタリーナとパトリス、絵麻と朱音、ルーファさんと三田ヶ谷、それに僕と檜村さんで買い物に来ている。
レディースブランドの店内は華やかな色で飾られていてかわいい服やアクセサリーが並べられている。
絵麻と朱音、カタリーナがおしゃべりしながら、服を胸に当ててなにか言い合っていた。
この間の代々木の施設でいつの間にやら連絡先を交換し合ったようで、随分仲良くなってる。
ていうか、年上なのにカタリーナちゃんなのか。
賑やかにおしゃべりしている女性陣に対して僕らは微妙に暇だ。
レディースの服の店を僕らがウロウロしているのも何やら居心地が悪いので、隅の方で固まっている。
ショップの綺麗な女性店員さんが僕らを気の毒そうに見ていた。
しかし、さっきから何着もとっかえひっかえしているけど、いつまで選んでいるつもりなのだろう。
「なんというか、買い物するときの女の子の感じってヨーロッパでも同じなんだね」
「まあ、そうかもな。それより、もっと君の戦いについて教えてほしいね。片岡君、それに三田ヶ谷君」
パトリスが聞いてくる。
「そんなに面白いかねぇ?」
三田ヶ谷が答えるけど。
「そりゃもちろんさ。ダンジョン内の戦いを生で聞ける機会なんてなかなか無いからね。日本はヒーローが間近にいて恵まれてるよ」
そういうもんか。
ただ、僕の戦歴は言えないことが結構ある気がする。
銀座のアレと言い、ミノタウロスとの戦いと言い。
「ねえ、ルーファ!それにヒノキムラサン!あなたもこっちで試着してみない?」
「いえ……私は遠慮しておきます」
檜村さんが手を振って、ルーファさんが首を振った。
このショップの服はなんというかいかにもかわいらしい。ルーファさんや檜村さんお好みではなさそうだ
暫く話ながら見ていたけどようやく決まったらしく、それぞれが服をもってレジに向かう。
パトリスがやれやれって感じでため息をついた。
◆
ようやく買い物が終わった。三人が満足げに何か話している。
あれだけ見ていたけど買ったものはそこまで多くないあたりが、個人的には何とも言えない理不尽を感じるぞ。
時計を見ると6時を回ったところだった。
冬が近いから暗くなるのが早い。空はもう真っ暗で街灯が明るく周りを照らしていた。
エアコンが効いた室内から出たから、肌にひんやりした空気が心地いい。
もう赤と緑のクリスマスのイルミネーションが目立っている。
ちょっと気が早い気もするけど、ああいうのを見るともう今年も終わりだなって気がするな。
「で、この後どうするの?」
「俺はルーファちゃんと食事してくわ」
三田ヶ谷が言う。
ルーファさんは三田ヶ谷にぴったりと寄り添っていた。
ルーファさんは今日は薄いシックなベージュのロングコートを着ていて、きれいな黒髪に褐色の肌の対比が映えている。
寄り添いあう様子は相変わらずラブラブなカップルって感じの雰囲気だな。
「アタシたちはもう少し話していくわ」
「みんなで宮下公園に行ってくる。まだあんまり行ってないんだよね」
カタリーナと絵麻達はまだ話したりないらしい。
「片岡君、それに檜村さん、一緒に行かないかい?」
パトリスが声を掛けてくる。
どうやらパトリスもそっちに行くらしい。なんというかお気の毒だな。
檜村さんの方を見たけど、あんまり気が進んでないなってことくらいは分かった。
「いや、僕は今日は遠慮しておくよ」
「えー、ザンネンだわ、ツレナイなぁ」
カタリーナが大げさな仕草で残念がる。
「早めに帰れよ。母さんが怒るぞ」
「わかってるよ。アニキ」
「ルーファ、あまり遅くなりすぎないでくれよ」
「わかってます、檜村様」
「……アニキ、ちょっと」
絵麻が僕を手招きした。少し離れたところに引っ張って行かれる
「なんだ?」
「……カタリーナちゃんが色々聞いてきたわよ、アニキのこと」
「ああ、そうなの?」
目をやると、カタリーナはパトリスと何か話していた。
背の高さもあってやっぱり目立ってるな。行きかう人がちらちらと二人を見ているのがわかる。
「でも二股はダメだからね、分かった?」
念を押すように絵麻が言う。
何やら最近こういう話が多い気がするな。でも役得とかそう言う感じより正直言うと困る感じだ。
「分かってるよ……というか単なる魔討士への好奇心だろ。パトリスにも聞かれたし」
絵麻が怪しいぞって顔で僕を見るけど。
「それよりいい加減なところでかえって来いよ」
「分かってるよ、アニキ。じゃあね、気を付けて」
そういって絵麻がカタリーナ達の方へ戻っていった。
◆
駅に向かう途中でカフェに入った。
席に座ると、さっきまでのにぎやかな感じから一転って感じでようやく落ち着いた
檜村さんが焦げ茶色のロングコートを椅子に掛けて、店員さんにコーヒーを頼む。
今日は太い黒のラインが入った白のタートルネックにゆったりした黒のパンツで、いつもの落ち着いた装いだ。
「……どうしたんです?」
「どうもしないよ」
メガネを外して曇りを拭いているけど……檜村さんはちょっと不機嫌そうだ。
口調や表情は変わらないんだけど、最近はこの辺も分かるようになってきた。
「すみません、今日はこっちの予定に付き合わせてしまって」
絵麻や朱音と違って、カタリーナやパトリスと檜村さんは今日初めてまともに話した。
それに檜村さんは今日は買い物も付き合っていただけで特に何も買い物はしてなかったし。
「いや、そうじゃないよ。今日は楽しかった、あの二人もいい人だと思う」
そう言って檜村さんが運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れる。
「うん。こういうのが不満なわけじゃないんだ。でも」
スプーンでコーヒーをかき回しながら檜村さんが眼鏡越しに僕を見つめた。
「でも……次は二人きりがいい」
小さな声で言って檜村さんが俯いた。
「……だって私たちは、両想い……そうだろ?」
「はい」
「なら、私には君の時間を独占する権利くらいは……あるんじゃないか」
上目づかいで言われるけど……すっごい照れるぞ。
世の中のカップルはこんな風にしているのか。
「分かりました……次はじゃあ二人きりで」
「うん、ありがとう」
檜村さんが笑って、コーヒーを一口飲む。
頭を冷やそうと思って水を一口飲んだ。
◆
時計を見ると7時を過ぎていた。
「どうします?食事でもしていきますか?せっかくだから二人で」
「あ……うん……それもいいね」
檜村さんが頬を染めて俯いた。肌が白い分赤くなるのが目立つな。
この店でこのまま食べてもいいかもしれない。メニューを見るとパスタやピザとかの食事のメニューも多かった。
クリスマス用の特別メニューが飾り付きでアピールされている。
クリスマスか。
メニューを眺めている檜村さんを見た。
何かプレゼントでも考えた方がいいのかな。でも何を贈ればいいのか見当もつかないぞ。
「決まりましたか?」
「うん。決めたよ」
店員さんを呼ぼうとしたところで、外からざわめきが聞こえた。
オープンカフェ風のガラスの向こうで駅に向かって走っていく人波が見える。続いてパトカーのサイレン。
檜村さんが窓の外に目をやった。
「どうかしたんですかね?」
言い終わったところで、ポケットの中でスマホが震えた。
テーブルの上に置いてあった檜村さんのスマホの画面にも通知が流れる。
魔討士アプリの黄色い警告だ。
『近隣でダンジョンが発生しました。魔討士は援護に向かって下さい。場所は……』
檜村さんがそれを見てため息をついてメニューを置いた。
外のはダンジョン発生警告を聞いた人たちが逃げてきたんだろう。
『宮下公園です。戦闘可能な魔討士は援護に向かって下さい』
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