『猿の手』ーロリ巨乳の同級生が、ホラーのことしか考えていない件についてー
溝端翔
1-スマホの画面
「ねえ!
冬休みまであと一週間と二日。
和気藹々と各々が好き勝手時間を潰す高校の休み時間。トイレを済ませた私がハンカチで手を拭きながら席に戻ると、前の席の親友〝
スマホの画面と私の顔との距離はおよそ3センチもなく、どれだけ目を凝らしても画面に映されたものが見えるはずがない。
「ツイッターで見つけたんだけどさ! これすごくない?」
「ちょっと落ち着きなさい。これじゃあ見えるものも見えないわよ」
ただただ眩しい光を遠ざける為、沙羅の細い腕を掴みスマホを遠ざける。
スマホに映し出されていた画像は、何かよくわからない奇妙な生き物のような物体だった。しかも、その物体は生きているようには見えない。おそらく生き物であっただろう毛の生えているような見た目をしたその物体は、長い年月が経っているのが一目でわかる。何かのミイラだろうか。
――控えめに言って気持ち悪い。
見てはいけないものを見た気がして胸がざわつく。なぜかはわからないが言い知れない罪悪感のようなものに苛まれた。慌てて沙羅の手を押しやってスマホを遠ざける。
沙羅がロリで巨乳の可愛い容姿とは裏腹に、大のホラー好きという偏屈な趣味を持っているのは知っている。
しかし、今の写真に写っていたものは何だかよくわからない。
とにかくホラーというよりも、不気味な生き物の死体のようなもので、死骸収集も趣味に追加したのかと、呆れ果ててかける言葉も出てこない。
「猿の手って知ってる?」
沙羅のそのたった一言で、私は画像に写っていたものの正体を把握してしまった。
〝動物の手〟
といえば、聞く人によっては犬や猫の手を連想し肉球など可愛らしいイメージが思い浮かぶと思う。
私も、話し相手が沙羅でなければ女子らしく可愛いキャラクターもののお猿さんの手を連想することが出来る。
しかし、怪談好きでホラー好きの沙羅の口から出る猿の手はそんな可愛いものではないのだ。
そもそも私に可愛いものの話をしたことが一度でもあっただろうか。
いや、おそらく私以外にもない。
断言できる理由は色々あるが、その最たるものは沙羅の私服事情だ。
沙羅の私服をみれば誰しもが私と同じ結論に至ると思う。
沙羅は、可愛い動物やキャラクターではなく、長い黒髪で白いワンピースを着た女が直立している写真がプリントされた服などを好んで着ているのだ。
そんな彼女が口走った『猿の手』と言う言葉。
――私はその正体を理解した。
イギリスの小説家、W・W・ジェイコブズが一九〇二年に書いた怪奇小説『猿の手』。
猿の手に願いをかけると、歪んだ形で願いを叶えてくれる。という曰く付きの代物だ。別に、私の思考が普段からホラー寄りなわけでは決してない。沙羅の話し方が、私の思考をホラーに偏らせているのだろう。
彼女の話に私は魅せられてしまった。
「知ってるよ。あの……」
「まあ聞きなさいって」
沙羅は私の返事をさえぎった。
休み時間の教室の中、言い知れない緊張感が私と沙羅を取り囲む。
現在は五限と六限の間の休み時間。
今日の休み時間も残す所あと半分しかない為、クラスメイト達は張り切ってお喋りやスマホゲームに興じている。そんな楽しげな休み時間。周りの話し声が聞こえるはずなのに、今の私には沙羅の声と自分の心臓の音しか聞こえない。
沙羅のくりっとした大きな黒目に映り込んだ私の表情が恐怖心を煽ってくる。
しかし、今回ばかりは私も怖くない。
何故なら私は『猿の手』という話を知っているからだ。知っている話をされて怖いはずがない。
大丈夫。
深呼吸をしようと深く息を吸い込むと同時に彼女のゆっくりとした低いトーンの声で怪談話がはじまった。
――まるで私の覚悟を打ち砕くように。
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