君が心に住み着いた~音楽を辞めたはずの僕がなぜか学園の歌姫と関わりはじめた~

角ウサギ

第1話 音楽を辞めた日

 響き渡る拍手喝采。

 その喝采は、彼女が立ち上がり、綺麗な礼を取ると同時に更に大きくなった。

 こっちに向かって歩いてくる彼女。

 そのまま僕の隣を通り過ぎる時、心なしか睨まれた気がしたけれど、緊張で頭の中が埋め尽くされていた僕はそれに気がつかない。

 

『——でした。続きまして、小学五年生、すめらぎ詩音しおんさん』


 名前を呼ぶアナウンスを聞いて、大きく返事をする。


「は、はいっ!」


 僕は舞台袖からに向かって真っ直ぐと歩いていく。右手と右足が一緒に出ていることに気がついて、急いで出す手を修正する。

 ガチガチな状態の僕を見て、会場に軽く笑いが巻き起こった。


『曲名は「枝垂桜」で、この曲は詩音さんの作曲を行ったオリジナル曲となっております』


 軽い紹介を受けながら、僕はステージの中央で黒い光沢を放つ、ピアノの前にたどり着いた。

 先に譜面台に楽譜をセットしてからピアノの前で直立する。自分で作った曲なのだからもちろん暗譜はしてるけれど、楽譜は無いと落ち着かないのだ。

 その場で大きく一礼。拍手を受けながら、三秒数えて顔を上げる。

 小学生の僕には大きすぎる椅子に座って、足がペダルにぎりぎり届くことを確認してから大きく深呼吸。

 

 最初の和音を鳴らしてから、再度深呼吸。

 創りたい情景を、思い描いた光景を思い出しながら一音目。僕は、


 アップテンポのフォルテから始まる僕の音楽世界。そこは、花が咲き乱れる美しい都。そこは、動物が皆共存する平和な世界。まさに理想郷。

 一オクターブ高い音が明るい世界を彩った。


 まだ成長途中の小さな手を目一杯開いての一オクターブ、僕がぎりぎり届く範囲を徐々に弱めながら叩いていく。

 理想は長く続かない、転落してしまう。


 仲違いした種族。共存できない、分かり合えない者たち。

 音は二オクターブ下がり、フォルテからへ、からまで下がっていく。


 分かりあうことができない暗黒期が続く。

 だけど、大切な何かを見つけて世界は徐々に明るくなっていく。右手は高音域まで戻ってきた。

 そのまま、僕は曲を弾き切った。

 立ち上がり礼をすると、一瞬遅れて届く拍手喝采。


 ステージから拍手する母さんと、ホールから出ていく父さんの姿が目に映った。


 コンクールの結果は優勝。

 二位は、僕の前に演奏をした女の子だった。


 オリジナルの曲による、小学生によるコンクールの優勝という前代未聞の事態。

 賞状と、トロフィーと、優勝賞金を貰って——


——その日、僕は、音楽を辞めた。

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