第11話「対価と代償」

 次は先輩の番である。

 壇上にあがった先輩が、札の前で立ち止まる。

 先輩は顔を上げ、久里浜を睨み付けた。当の久里浜は白い歯を見せてニタニタと笑っている。

 先輩はギュッと拳を握った。

 どうやら、決め兼ねているようだ。

 赤札と青札を手に取ったまま、その場に立ち尽くしている。

「俺は……」

 恐る恐る、先輩の手が動いていく。赤札を持った手が、徐々に上がっていった。

「なるほど。それが君の意思ということか……」

 久里浜は腕組みをしながら頷いた。

「なら、他を抜擢するまでだ。……別に、大役を任せるには他にも居るからね」

 それは先輩に言ったというよりかは、単なる独りの呟きであった。

 しかし、それでも先輩を脅すには効果があったようである。上っていた先輩の手が途中で静止する。

 先輩が上げたのは──青札。

「おおっ!」と、それを見た社長が、驚いたように声を上げた。

「流石は我が息子じゃ! ここまで、社員たちからの信頼を得ておるとは!」

「いやいやぁ。そんなに褒められると照れるよ」

 久里浜は白々しく笑うと頭を掻いた。

「社長の器になり得る人っていうのは、これくらいの支持がないとね」


「先輩さんっ!」

 壇を下りた先輩の元に、沙織ちゃんが駆け寄る。

 先輩は俯き、全身からポタポタと汗を流していた。

「無理だ。俺には……藤堂さんに票を入れることが出来なかった。そっちの方が、絶対に、会社は良くなるっていうのに……」

 頭を抱え、先輩は悶絶した。

「どうしちゃったんですか? 久里浜なんかに入れちゃって」

 それは誰しもが疑問に思うことだ。沙織ちゃんが素直に投げ掛けた。

「久里浜の奴に、言われたんだよ……」

 そして、久里浜との一件を思い出しながら説明した。


 廊下を歩いていた先輩に「ねぇ、君」と久里浜が声を掛けてきた。

 先輩は無視して通り過ぎようとするが、次の久里浜の言葉で足を止めざるを得なかった。

「君の彼女、確かモデルさんをやっていたよね?」

 先輩は足を止め、振り返った。

 その顔は怒りに満ちており、先輩は鋭い目つきで久里浜を睨んだ。

「お前……なんで、そのことを……」

 すると、久里浜は肩を竦めた。

「たまたま耳に入っちゃっただけだよ。人事課の奴らが噂話をしているのをね……」

「アイツら……」

 先輩は思わず舌打ちをしたものだ。

「なんでも、色々オーディションを受けているけど、受からないそうだね。本人も段々と自信がなくなってきてるとこだって聞くよ。もうそろそろ、辛く辞めたい時期だろうね」

「うるせーな! だから、何だってんだよ!」

 これ以上、久里浜と会話を続けたくない先輩は歩き出した。そんな先輩の背中に向かって久里浜が言う。

「実はね、我が社にイメージガールを付けようかと探しているんだけど、なかなか良いのが見付からなくってね。……君さえよければ、彼女さんを抜擢しようと思うんだけれど?」

 ピタリと先輩の足が止まる。

「んなこと、お前にできるわけがねーだろ……」

「できるんだよねー。それがぁ~」

 久里浜はヒラヒラと手を振るった。

「色々と我が社はスポンサーもしてるからさ。掛け合ったらコマーシャルにも出れるかもしれないね。……まぁ、あくまでも僕が社長になったらの話だけれどねぇー」

 それでも足を止めない先輩に久里浜は声を上げた。

「まぁ、考えといてくれよー!」

 こっそりと、そんなことがあったらしい。


「希美はなぁ……」

 先輩が俯きながら沙織ちゃんに言った。

「本当にその道で生きてこうとしているのさ。それなのに、散々に言われて、精神的に参ってんだ。自殺未遂も仕掛けたよ……。でも、本当にこの話が決まれば、あいつもまた輝いてくれるはずだ……」

 ブルブルと先輩は握った拳を震わせた。

「悪く思うなら、責め立ててくれても構わない」

 そんな先輩に、沙織ちゃんも掛ける言葉がなかったようだ。代わりにポンッと肩を叩く。

「私も、久里浜に入れてますよ」

 えっ、と先輩は顔を上げる。

「親の介護が必要なんですけど、できるだけ早く帰れるように終業時間を調整してくれると……。それと、資金面でも困っていることがあったら、工面してくれるって言われたんです……」

「お、おいおい。それって……」

 沙織ちゃんの告白に、先輩は目を丸くしていた。

 彼女もまた、目の敵にしてした久里浜に苦渋の決断をして票を入れたのである。


『次の者、前へ!』

 社長に呼び掛けられる──。

 二人の視線が私に向けられた。

「さぁ、お前の番だぞ」

「ここで見守ってますね!」

 先輩と沙織ちゃんにせっつかれ、私は壇上にあがっていった。

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