社内恋愛終了のお知らせ ⑨
左足にギプスをして松葉杖をついた潤さんと、ギプスをした左腕を三角巾で吊っている私が、二人そろって窓口の担当者に婚姻届を出すと、担当者はそれを受け取りながら驚いた様子で私と潤さんを交互に見た。
こんな痛々しいカップルが婚姻届を出しに来たら、そりゃまぁ、驚くよね……。
少し恥ずかしいなと思いながら戸籍謄本を差し出すと、担当者はすぐに仕事モードに気持ちを切り替えたらしく、至って普通の表情で婚姻届と戸籍謄本を受け取り、訂正箇所がないかを確認し始めた。
「はい、間違いなどはありませんね。書類の方はこれで大丈夫です」
そう言って担当者は私たちの婚姻届に丁寧に受理印を押した。
これで私たちは正真正銘の夫婦になった。今この瞬間から、私は『三島 志織』になったのだ。そう思うとなんだかくすぐったいような、嬉しくて周りの人に大声で自己紹介したいような、不思議な気持ちになった。
「ご結婚おめでとうございます。末長くお幸せに」
「ありがとうございます!」
私たちが声をそろえてお礼を言うと、担当者はにこやかに笑いながら、引き出しから薄い冊子を取り出してカウンターの上に置いた。
「今後必要な手続きなどの流れをこちらに記載してありますので、参考になさってください。わからないことがありましたら、なんでもご相談くださいね」
担当者はパラパラとページをめくって、必要な手続きと、それをスムーズに済ませられる順番などを簡単に説明してくれた。
それから私の転入届けと潤さんの印鑑登録の手続きも済ませ、役所を出る頃にはすでに日が暮れて、辺りは薄暗くなっていた。
車に乗り込み時計を見ると、時刻は4時40分になるところだった。
「なんとか今日中に入籍できましたね」
「はい、必要な手続きもいろいろ済ませることができて助かりました。ゆうこさん、本当にありがとうございました」
潤さんと一緒に頭を下げてお礼を言うと、ゆうこさんは柔らかい笑みを浮かべた。
「何も気になさらなくていいんですよ、わたくしはお二人の母なんですから」
その言葉を聞いて、潤さんと結婚したことで私に二人目の母ができたのだと思うと、感慨深いものがある。
ゆうこさんは車を発進させる前に私たちの方を振り返った。
「手続きは無事に完了しましたが……お二人とも、もう少しだけお時間よろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですけど……」
「では参りましょう」
どこへ行くのかは告げず、ゆうこさんは車を発進させる。
まだ何かやるべきことがあっただろうかと思いながら、私と潤さんは顔を見合わせた。
「あのー……どちらへ?」
私が尋ねると、ゆうこさんは「うふふ」と可愛いらしく笑う。
「着いてからのお楽しみです」
お楽しみってなんだろうと思っているうちに、車は役所から10分ほどの場所にあるショッピングモールに到着した。
私と潤さんは何がなんだかわからないまま、車を降りてゆうこさんの後ろをついて歩く。
ゆうこさんはある店の前で立ち止まり、手で指し示して「こちらです」と言った。
「ここって……」
「うん、ジュエリータキウチだな。俺、さっきもジュエリータキウチの別の店に行ったけど……」
ついさっき潤さんから立派なダイヤの指輪をもらったところなのに、なぜ『お楽しみ』がジュエリーショップなんだろう?
そう思いながら、ゆうこさんに案内されて店の中に入ると、店員が私たちに「いらっしゃいませ」と言ったあと、ゆうこさんに向かって頭を下げた。こういうところは、さすが社長令嬢だと感心してしまう。
ゆうこさんは店の奥にあるショーケースの前に立って、私たちにソファーに座るよう促し、その店の責任者らしき男性から受け取った鍵でショーケースの扉を開けた。
「入籍も無事に済んだことですし、お二人の夫婦の証があった方がいいでしょう?」
「夫婦の証……?」
私が首をかしげると、潤さんがポンと手を打つ。
「あっ!そうか、結婚指輪だ!」
「ええ。三島家では、両親が結婚指輪を贈ることになっているんです。今日はあいにく修一さんは仕事で来られませんが、わたくしがお見立てするようにと仰せつかっておりますので、どれでもお二人のお好きなものを選んでくださいね」
ゆうこさんはそう言って、ペアになった指輪をショーケースからいくつかとり出した。
「いろいろあって迷うなぁ……。志織はどれがいい?」
「どれがいいんだろう……」
私たちが二人して迷っていると、ゆうこさんがおすすめの指輪をいくつか見せてくれた。
結婚指輪と言うと両親がつけていたおそろいの地味な指輪を想像するけれど、最近はおしゃれなものが多く、男女で違うデザインのものもある。
どれも華やかで品があって目移りしてしまうけれど、これから夫婦でずっとつけるのだから、年齢を問わず、しっくりと指に馴染むデザインのものがいい。
数ある中から私の目に留まったのは、ふたつの指輪を重ねるとひとつの模様が出来上がるデザインで、女性用の指輪の裏側には小さな青い石が入ったプラチナリングだった。
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