Accidents will happen ⑤

 護と別れたのはつい最近のはずなのに、ずいぶん前のことのように感じる。それだけ私にとって潤さんの存在が大きかったと言うことだろう。


「会長の孫やから結婚したいて言われて、志織はどう思たん?」

「ショックだったよ。護が好きだったのは会長の孫って肩書きだけで、ホントは私のことなんか好きじゃなかったんだなって」

「やんな。じゃあ逆に、普通に付き合ってるときは『好きや、結婚しよう』って言うてたのに、『私会長の孫やねん』言うたとたんに『将来のこと考えたら重すぎるから会長の孫とは結婚できん』って言われたら?」

「それもショックだね。身内がどうであれ私は私なのにって…………あっ……」


 私は自分がされたらショックなことを、潤さんにしてしまったのだと気付いた。

 とっさに葉月の方を見ると、葉月は笑ってうなずく。


「三島課長も同じような気持ちやったんやと思うねん。志岐も言うてた。どっちの反応も怖いから、自分が会長の孫やってこと、婚約するより先に言うか後で言うか迷ったって」

「葉月はなんとも思わなかったの?」

「びっくりはしたけどなぁ……。もし志岐が会社継ぐとかすごい重役になるとか言うことがあったとしてもまだまだ先のことやろうし、そのときになったら考えようって。私は志岐と一緒にいられる今が大事やから」


 なんとも潔い葉月の話を聞いていると、母の言葉が脳裏をよぎった。


『今の自分にとって何が一番大切か、よく考えるのよ』


 ああ……そうか。母が言いたかったのはこのことかも知れない。

 潤さんが好きだから一緒にいたいと言う気持ちは変わらない。だけど私はまだ、その気持ちだけで葉月のように思いきることができないでいる。


「まぁ、話はだいたいはわかったけど……二人とも、なんかなぁ……。三島課長かって、昔からあんなに志織のこと好きやったのに、そない結果を焦らんでも……」

「潤さんも不安だったのかも……。今は良くても、先のこと考えると怖いって思わない?ホントに私でいいのかなとか、潤さんは後を継ぐ気はなくてもご両親は納得しないんじゃないかとか……」

「そんなん、普通の会社員と結婚しても先のことなんかわからんで。それにしても自信なさすぎやろ。志織は三島課長が惚れた女なんやから、もっと自信持ってええんやで」


 たいした取り柄があるわけでもなければ美人でもないし、自分に自信を持てと言われても、どこに自信を持てばいいのかがわからない。

 私は子どもの頃から人より要領が悪くて、周りに合わせなければと焦ると何もかもうまくいかなかったので、『時間がかかってもいいから、その分だけ何をするにも真面目に、慎重に、丁寧にしなさい』と母に教えられた。

 成長するにつれ何をするにも効率の良さが求められるようになり、自分の要領の悪さをカバーするためにはどうすればいいのかを考えるようになった。

 おかげで仕事に関してだけは人並みにできるようになったけど、今でも私の基礎となる部分は不器用なままで、あまり変わっていないような気がする。


「自信持てって言われてもな……。取り柄なんてお酒が強いことと体が頑丈なところくらいしか……」

「それも立派な取り柄やけどな、真面目でいつも一生懸命なとことか、人の心配ばっかりしてる優しいとことか、他にもいろいろあるやんか。三島課長はそういう志織をずっと好きなんやから、志織はそれでええと思うねん。もちろん私も好きやで、志織のこと」


 葉月は私のことをそんな風に思ってくれているんだ。

 葉月がそう言ってくれたから、こんなに不器用で情けない私でも、もっと自分に自信を持ってもいいのだと思えた。


「ありがとう……。私も葉月のこと大好き」


 私が素直にそう言うと、葉月は少し照れくさそうに笑って、私の右手の甲をポンポンと優しく叩いた。


「なんや、素直に言えるんやん。じゃあ三島課長のことは?」

「……すごく好き」

「うん、それでええんやで。志織は先のこといろいろ考えすぎて不安になったんやろうけど……先のことなんか誰にもわからんからな。せっかくお互いの気持ちに気付けたのに、まだ起こってもないこと心配して今の気持ちを抑え込むのはもったいないで」


 葉月はいつになく感情を込めて噛みしめるようにそう言ったあと、「経験者は語る」と笑って見せた。


「私にも似たような経験あるから、志織の気持ちはなんとなくわかるねん。前にも話したやろ?志岐は誰にでも優しいし、めっちゃモテるから、いつか私から離れて行くんちゃうかって怖かった、って」


 私が『それなりの覚悟ができるまで待って欲しい』と言ったとき、潤さんも『志織が離れて行きそうで怖い』と言った。

 潤さんの『好きな人がいつか離れて行くかも知れない』と恐れる気持ちは、私が思っている以上に深刻なのかも知れない。


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