収穫祭①

 翌日もいくつも抱え込んだ仕事に追われ、他のことは考えられないほど忙しく過ごした。

 私がパソコンに向かって新商品のデータを確認していると、有田課長が奥田さんを名指しで自席に呼びつけた。


「奥田さん、このデータ間違いだらけだよ。ちゃんと確認した?」


 奥田さんは自分が入力したデータの内容をその場で確認して初めてミスの多さに気付いたようだ。

 恋愛観とか男癖の悪さはどうかと思うけど、仕事だけは人よりできる奥田さんが、初歩的なミスをした上にそれに気付かないなんて珍しい。


「申し訳ありません、すぐに直します」

「できるだけ急いで、今度は間違えないようにきっちり頼むよ」

「はい」


 よく見ると奥田さんの指にはいくつもの絆創膏が巻かれていて、なんだか痛々しい。もしかしたら指先のケガが気になって集中できなかったのかも知れないけれど、私も人の仕事まで引き受けるほどの余裕はないから、奥田さんには自力で頑張ってもらうしかなさそうだ。



 お昼休みになると、みんなが昼食をとるために社員食堂や外の飲食店などへ行くので、あっという間に人の出払ったオフィスには奥田さんと私だけが残った。

 お昼休みに入って10分ほどが経過したところで仕事にキリがつき、忙しくなることを見越して通勤途中のコンビニで買ってきた昼食をデスクに広げる。


「佐野主任もお昼持参ですか」

「うん。奥田さんも?」

「はい」

「じゃあ、そっちのテーブルで一緒に食べようか」


 オフィスの隅にある休憩用のテーブルに移動してお茶を用意した。

 今時女子の奥田さんのことだから、てっきり駅構内のおしゃれなデリで買ってきたお弁当でも出てくるかと思ったのに、意外なことに奥田さんが鞄から取り出したのは小振りなお弁当箱だった。


「お弁当作ってきたの?」

「ええ、まぁ……」

「奥田さんも料理するようになったんだね」

「全然上達しませんけどね」


 奥田さんのお弁当箱の中には、少し焦げた不格好な卵焼きや、具材の大きさの揃っていない野菜炒め、三角だか俵型だかよくわからないおにぎりなどが詰め込まれていた。

 もしかして私が言ったことを真に受けて、護のために料理の練習を続けているんだろうか。指先のケガは料理をしているときにしたのかも知れない。

 かげで護にあんなひどいことを言われていることも知らずに頑張っているのかと思うと、嘘を教えてしまった罪悪感でまた良心が痛む。


「料理なんて慣れだからね、続けてるうちにできるようになるよ」

「そんなものですか?」

「うん、でもまずは具材の大きさを揃えて切るとか、火の通りにくいものから先に入れるとか……あと、火力の調節とか、基本的なことをちゃんとやるのは大事だよ。その卵焼きも、一回に流し込む卵液の量が多すぎるから分厚くなって、火が通る前に焦げて固くなってうまく巻けないんじゃない?」


 罪滅ぼしとまでは言えないほどの簡単なアドバイスをすると、奥田さんは不格好な卵焼きを箸でつまみ上げて、真剣な顔をしてうなずく。


「なるほど……参考にします」


 なんだか今日はやけに素直だ。私に食って掛かる元気もないほど落ち込むようなことでもあるんだろうか。

 ついこの間までは護の浮気相手として憎くてしょうがなかったはずなのに、今日の奥田さんはあまりに痛々しくて見ていられなくなり、また私のお節介な老婆心に火がついてしまう。


「今日は元気ないのね。簡単な仕事で初歩的なミスしたり、奥田さんらしくないっていうか……。何か悩みごとでも?」


 私がコンビニのおにぎりの包みを開けながら尋ねると、奥田さんは卵焼きを一口かじってため息をついた。


「佐野主任、彼氏さんとはうまくいってますか?」


 単刀直入な一言にドキッとして、手に持っていたおにぎりを思わず落としそうになった。


「えっ……?!なに?突然どうしたの?」

「彼……この間までは毎日のように私のところに来てくれたのに、最近全然来てくれないんです」

「へぇー……そうなんだ……」


 白々しくそう言っておにぎりにかじりつく。

 私はその原因を知っているけど、ここで話してしまっていいものだろうか?

 奥田さんは何がなんでも私から護を奪うと意気込んでいたけれど、護は私を会長の孫だと勘違いして利用しようとしているだけで、私自身のことは料理以外好きでもなんでもない。

 しかも元カノとの不倫がその人の旦那さんにバレて泥沼まっしぐらだし、奥田さんのことは完全に体だけが目当てで、彼女面されて面倒だから切り捨てようとしているとは、いくらなんでも本人を目の前にしては言いづらい。

 口に入れたおにぎりを咀嚼しながら、どうやって答えようかと考える。


「結婚の話は進んでますか?」


 また単刀直入に尋ねられて喉が詰まりそうになった。口の中のおにぎりをお茶で流し込んで、ここは私の彼氏が護ではないことにしてしまおうと決める。

 そうだ、利用していいと許可を得ていることだし、ここはひとまず、正反対の三島課長を彼氏ということにしておこう。


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