こじらせた想い⑦

「だからもうええねん。私はシゲと結婚して大阪に帰るし、あんなやつ誰とくっつこうが、私にはもうなんの関係もない」


 どうでもいいとか関係ないとか、今の葉月はどう見たってやけになっているとしか思えない。

 私が今まで見てきた同僚の結婚報告のほとんどは、まず最初に『結婚します』が来て、その後にプロポーズの言葉とかシチュエーションなんかの、いわゆる惚気話が延々と続いて、一応の〆として『そういうわけで会社を辞めます』とか『共働きで頑張ります』の業務連絡があった。

 だけど葉月は『結婚します』でも『寿退社します』でもなく、まず『会社を辞めるかも』と言った。

 そして相手がとてもいい人であることは伝わって来たけれど、相手のことをすごく好きだとか、結婚を控えた女性の放つ幸せオーラらしきものがまったく感じられない。

 それなのにホントに好きになったという元カレの話をしているときの葉月からは、自分の感情をコントロールできなくなるほど好きだったとか、好きな人に自分のキライな自分ばかり見せてしまったつらい気持ち、とにかく好きで好きでどうしようもなかったことが痛いほど伝わってきた。

 茂森さんとの結婚をずっと決断できなかったのはどうしてなのかとか、急に結婚してもいいと思ったのはなぜなんだろうとか、やけに引っ掛かることばかりだ。

 葉月は本当に茂森さんとの結婚を望んでいるんだろうか?

 彼のことがまだ好きだけど、もうどうにもならないから、あきらめるために茂森さんと結婚して大阪に帰ると言っているんだとしたら、それは葉月にとっても茂森さんにとっても、幸せだと言えるのかな。

 一度気になりだすとモヤモヤして、お節介だとわかっていても、気にせずにはいられなくなってしまう。


「葉月……茂森さんとの結婚だけど、おめでとう……でいいのかな?」


 私がそう言うと、葉月は目をそらして笑った。その作り笑いがやけに痛々しい。


「え、なんで?私、結婚するねんで?おめでとうでいいに決まってるやん」

「なんていうか……私も人のことは言えないんだけどね……。結婚って二人でするものでしょ?茂森さんがいい人で葉月のこと大好きなのはわかったけど、葉月は茂森さんが好き?ホントに茂森さんと結婚したいの?」


 葉月は一瞬真顔になってから、ため息をつきながら苦笑いをした。


「将来のこと前向きに考えて決断したんやけどな。相手がシゲやったら絶対大事にしてくれるやろうし、浮気の心配とか不安とかなさそうやん?」

「それは茂森さんのこと好きじゃないから?」

「シゲのことは人として好きやし、好きじゃないからってのはちょっと語弊があるけどなぁ……。愛されて求められて嫁ぐのも幸せやと思わへん?」


 葉月が言うように、愛され求められることもひとつの幸せなんだとは思う。だけど本当にそれでお互いに幸せだろうか?


「それはそうかも知れないけど、葉月は茂森さんのこと男性として愛せる?」

「一緒に暮らして物理的に触れ合っとけば、男としても好きになるんちゃう?女って多分、そういうとこあるやん?体から情が湧くって言うんかなぁ」


 それは簡単に言うと、別に相手のことが好きでなくてもセックスはできるし、何度も体さえ重ねていれば、そのうち体だけでなく相手のことを好きになるってことか。

 昔は祝言の当日に初めて会った人に嫁いで子どもをたくさん産んだという話も珍しくなかったと聞いたことがあるし、現代ではセフレが本命に取って代わることもある。

 護が私より奥田さんに夢中なのも、奥田さんが護に本気になったのも、結局は体の相性がいいからなんだろうし、葉月の言い分にうなずけなくもない。

 だったら私が仲のいい同僚くらいにしか思えない伊藤くんと結婚しても、うまくいく可能性もあるということだろうか。


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