こじらせた想い①

 午前の仕事を終えて昼休みに入ると、財布とスマホを持って大急ぎで席を立った。

 隠しておくとろくなことないなんて言っていたし、伊藤くんが周りの人におかしなことを言い出す前に、しっかり口止めしておかなくちゃ。そう思って小走りで社員食堂に辿り着いたのに、お腹を空かせた社員たちで混雑し始めても伊藤くんは現れない。

 今日の日替わり定食は人気メニューの和風ハンバーグと水菜のサラダだから、早く食券を買わないと日替わり定食が売り切れてしまう。

 食券を先に買っておくべきだったなとか、そろそろ日替わり定食のボタンに売り切れランプが点くんじゃないかと、券売機の方ばかり気にしながら待っていると、誰かに後ろから肩を叩かれて口から心臓が飛び出そうになった。最近このシチュエーションが多すぎて心臓に悪い。

 一方的に待ち合わせなんて言っておいて、遅れてくるとは何事だと腹を立てながら振り返ると、私の肩を叩いたのは伊藤くんではなかった。


「あれ……葉月?」

「伊藤から伝言頼まれたんやけど、昼休みの直前に電話がかかってきたから遅くなってもうたわ。ごめんな」


 葉月は相当急いで来た様子で、少し息を荒くして肩を軽く上下させている。


「伝言って……伊藤くんは?」

「今日の昼は出先におるのを忘れてて、うっかり一緒に昼御飯食べる約束してもうたからごめんって。社食行くんやったらついでに頼むって言われてん」

「それで急いで来てくれたの?ごめんね。わざわざありがとう」


 せっかくだから一緒にお昼を食べることにして、券売機の順番を待つ行列に並ぶ。

 しかしそわそわしながら待って私の番が回ってきたときには、日替わり定食は売り切れていた。前のときも売り切れて食べられなかったから、あの絶品和風おろしソースを楽しみにしていたのに!

 残念ではあるけれど、しかたがないのでオムライスを食べることにした。葉月は中華そばを選んだらしい。


「葉月、中華そばだけ?」

「あー……うん、あんまりお腹空いてないねん」


 いつもなら中華そばだけではすぐにお腹が空いて昼からの仕事に身が入らないと言って、御飯ものも一緒に食べるのに、今日はやけに少食なんだな。


「体調でも悪いの?」

「体調は別に悪くないよ。ただちょっとな……」


 葉月にしては珍しく、今日はなんだか話す言葉も歯切れが悪くて、あまり元気がないような気がする。

 トレイの上に食券を乗せて待ち、厨房のおばちゃんが作ってくれた料理を持って席を探していると、食べ終わるのが早い男性社員が席を立ち始めたので、すぐに座ることができた。

 席について食べ始めても、葉月は心ここに在らずといった様子で、もしかして別人なんじゃないかと思うほど口数が少ない。いつものように他愛ないことを話しかけてみたけれど、ろくに耳に入っていないようで、生返事しか返ってこない。

 私がオムライスを食べ終わる頃になっても、葉月のラーメン鉢の中にはすっかり延びてしまった中華そばが半分ほども残っていた。

 やはり何かおかしい。悩みごとでもあるんだろうか。


「葉月……大丈夫?」


 どこを見ているのか、意識も遠くをさまよっているような葉月を黙って見ていられなくなって堪らず声をかけると、葉月はやっと焦点の定まった目で私の方を見た。


「……何が?」

「何が?じゃないよ。今日の葉月は明らかにおかしいから!」

「そんなことないわ。ちょっと考え事してただけや」


 葉月はそう言って、なんでもない風を装い、残っていた麺を思い切り箸ではさんで口に入れた。しかし延びきった麺はよほどまずかったのか、険しい顔で口の中の麺を水で一気に流し込んで箸を置いた。


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