そうと決まれば話は早い⑥

 甘いものを食べると脳内のネジか何かがゆるむのか、難しいことはどうでも良くなるような気がする。

 私も奥田さんも脇目も振らず無言で食べ進め、最後の一口をじっくり味わった後でうっとりとため息をついて手をあわせた。


「スイーツ食べてる時って、至福の時ですよねぇ」

「たしかにそうかも」


 甘くて美味しいものを食べてせっかく幸せな気持ちになってるんだから、面倒で苦い恋の経験談なんてもういいかなと思ったりもする。

 だけど奥田さんはストレートの紅茶で甘いタルトの余韻をすすぎ、ティーポットからぬるくなった紅茶をカップに注いで、続きを話す気満々らしい。

 しかたないので私もカップに残っていたコーヒーを飲み干し、おかわりを注文した。


「それで……なんだっけ、いつも2番目になっちゃうんだったよね?最初に言ってた好きな人もそうなの?」

「私はすごく好きなんですけど……その人には彼女がいるんです」


 居酒屋で一緒に飲んだときもカフェで話したときも、彼女がいるなんて一言も言わなかったけど、瀧内くんにも彼女がいるんだ。クールな瀧内くんも彼女には甘えたり甘くなったりするんだろうか、やっぱり想像がつかない。

 瀧内くんの性格だと二股なんかしないと思うし、本人も浮気はしないと断言していたから、やはりここは奥田さんの片想いってところか。


「今までの人みたいに、彼女いるならあきらめようとは思わない?」

「何度も思ったんですけど、やっぱり好きなんです」


 奥田さんは頬をほんのりと染めて、完全に恋する少女みたいになっている。そんなに瀧内くんのことが好きなのかな。会社では護の見ている前で瀧内くんにグイグイ迫っているらしいのに、なんだか意外な一面を見た気がする。

 ちょっと調子に乗って娘に初恋の人のことを根掘り葉掘り聞き出して冷やかす母親みたいな気持ちになってしまう。


「その人のどんなところが好きなの?」

「優しいんです。困ったときに何度も助けてくれて……」


 優しいって、瀧内くんが?奥田さんを生理的に受け付けないとまで言っていた瀧内くんが、惚れられるほど何度も優しくできるものなのかな?


「助けてくれたって、例えば?」

「電車で痴漢にあったときに庇ってくれたり……第3倉庫の蛍光灯が切れて守衛室に行ったら、たまたまそこにいただけなのに一緒に行って蛍光灯を替えてくれたり……会社帰りに知らない男の人に絡まれて強引に連れて行かれそうになったところを助けてくれたり……。何度もそんなことがあって好きになっちゃって、思いきってお礼に食事でもって誘ったら、お酒も入っていい感じになって、そのまま……」

「そのままというのは大人の男女の関係になったとか、そういうこと?」


 かなり単刀直入に尋ねると、奥田さんは少しためらいがちにうなずいた。

 お酒が入っていたとはいえ、あの瀧内くんが好きでもない女の子とワンナイトラブ的なことをするのかと、さらに強い違和感を覚える。


「そこから頻繁に会うようになったので、私は付き合ってるつもりでいたんですけど、会社の給湯室でちょっとだけ会ってたときに社員証落としちゃって、それを届けてくれた先輩が『あの人は彼女がいるからやめとけ』って教えてくれて……」


 あれ?ちょっと待てよ。

 もしかしてこの社員証を届けて、彼女がいるって教えてくれた人が瀧内くん?だったら奥田さんの好きな人って瀧内くんじゃなくて……。


「彼女がいるってホント?って彼に聞いたら、彼女とはいずれ結婚するつもりでいるって言ってました。彼女のことは好きだし、料理が上手で家庭的で働き者だから奥さんにしたいって」


 やっぱりそうだ。これは完全に護のことじゃないか!

 まさか奥田さんが護に本気だとは思っていなかったし、その彼女は私だとも、もう別れるからあなたにあげるとも言えず、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


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