に
三体を倒した場所から二分ほど駆けると大通りが見えた。ここからでは近くに仲間が来ているかは分からない、背後に気を配りながら進む。
やがて片足が大通りを踏んだ瞬間、屋上に潜んでいた一体が彼の頭に齧り付こうと落ちてきた。
意識の外からの攻撃に、拳銃を構えるのが遅れた。奴に照準を合わせる前に頭が噛み切られてしまう、そう覚悟した時だった。
落下する一体の頭を光が通過したかと思うと、発砲音が遅れて彼の元に辿り着き化物の体を吹き飛ばした。
その攻撃が何なのかを一条が理解したのと同じタイミングで、耳につけていた無線にザザとノイズが走った。
『一条さん、大丈夫でしたか? かなりギリギリでしたけど』
軽い調子で聞こえてくる若い男の声、何度も聞いた鬱陶しい仲間第一号だ。
「四谷……お前もう少し早くに来ることは出来なかったのか? お陰で今俺は死にかけたぞ」
『えー! なんで文句言われてるのですか。俺かなりベストタイミングだったと思いますよ! 何なら一番早くに到着してますからね』
その言葉とほぼ同時に黒のワゴン車が彼の近くに到着する。運転席にはスーツがはち切れそうなほど発達した筋肉を持つ男が、日本刀の柄の部分だけを近くに置いて座っていた。
ドアを軽くノックすると、ゆっくり窓をその巨漢は開けた。
「よう五代、運転ご苦労様。今日来たのはお前と四谷の二人だけか?」
「いや俺たちだけじゃあない。後ろにお嬢も乗っているぞ」
「えっ、マジで」
一条が明らかに嫌な顔をしていると、ワゴン車の後方から扉を開き、長い髪を結んだ団子を揺らしながら静かに一条の背後に近寄る。
そして手にしていた巨大な銃をその後頭部へと突き付けた。
「どうした一条。何か不満でもあるのか、それとも後ろめたい事情でも? そういえば貴様昨日飲みに行った時、トイレに行くと言ってそのまま帰ったな。十杯もジョッキを頼んでツマミもかなり食べていたのにな」
突き付けられたその銃は、おおよそ二メートルはあり、もはや銃と呼ぶより大砲と言った方がいいであろう代物だった。そして奇妙なことにその大砲には銃口がなく、代わりに八センチほどのレンズが付いた筒が五本ほどⅩの形で並べられていた。
「あのな二宮。悪いとは俺も思っているからね、一回その銃を下ろして貰っていいかな? 人間に効果がないと知っていても心臓に悪いから」
「そうか悪いと思っているのか。なら仕事を早く終わらせよう。前々から行きたいイタリアンの店があってだな――」
すると頭に突き付けていた銃を空に向けると引き金を押し込んだ。空間が歪んだような高音が辺りに鳴り響くと、先端のレンズから青い閃光が真っ直ぐ放たれた。
その光は周りの風景を屈折させながら屋上に潜んでいたもう一つの化物を吹き飛ばすと、空中で四散させた。
「――今日はそこに一人で行く。だから貴様は財布だけを渡せ」
「分かったよ、金は出すから。だから得物を俺に向けるな!」
一条が銃口を手で押し退けると、無線にノイズが再び走った。
『先輩方、聞こえますか! 今回の奴が妙な動きをしてる理由が分かりました、ってかそっちに向かってますよ!』
「そうか。お嬢と一条よ、早く後ろに乗れ。なるべくすぐに移動できるようにしよう。して何が来ている?」
一条が乗り込もうとしている所を、早く行けと蹴り込まれていると、中で転んだのとは違う揺れが辺りに響く。
その揺れは一定のリズムを持って、徐々に大きく近くなっていく。
『あいつです『石像』です! そしてモデルは……、えっと何か羽のある奴です!』
「のう四谷、良いことを教えてやろう。この石造は『サモトラケのミケ』じゃ。よーく覚えておけ」
焦る四谷に対し豪く落ち着いた反応を示す五代。車に乗り込んだ後に姿を現したため、その姿まだ一条は確認できていない。
「おい五代、何が見えてんだ。ミケかタマか知らないがそいつがボスか!?」
「多分そうだと思うぞ。『石像』はもれなく頭が良いからな。でも安心しろ、この辺り半径三キロは封鎖してある。だから全力で行くぞ」
全力で行く。その一言を聞いた車内の二人は同じ顔でドン引いた。無線で聞いていた四谷ですら思わず顔を青くした。
「おい待て五代、お前の全力は……!」
「じゃ舌は噛むなよ。お嬢もできるだけ迎撃できる準備をしてくれよ」
一条の制止など聞く耳を持たずに、五代はアクセルをこれでもかと言うほどに踏み込んだ。その瞬間、一条の体は勢いよく吹き飛ばされ、座っていた二宮ですら座席から振り落とされそうになった。
あまりに急な発進、一条は二言三言、終わったら必ず文句を言おうと思ったが、窓の向こうで先ほど車が停まっていた場所に大穴ができたのを見ると、終わったら缶コーヒーでも奢ってあげようと考えを切り替えた。
そしてその時に一条もボスの姿を確認した。腕の代わりに天使のような翼が生えている。肉体は女の形をしているが、どんな顔なのかは分からない。というより頭がないので分からないもクソもないのだ。
だというのに、そのヌルヌル動く石像からまるで睨みつけるかのような威圧感を放っていたのだ。
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