第16話 オオカミと赤ずきん




 ……コウちゃん、いま何してる? 

 私の帰りが遅いって心配してるころかな?

 こっちはなんもかんも投げ出して、ゆっくりしてたいよー。


 アリカちゃんとまたお茶したいなぁ。

 シロはまだこっちで預かってるよ。ちょっと元気ないんだ。

 アリカちゃんに会えば具合も良くなるかな?


 まあ、それには幾つかの問題をクリアしとかないと。

 なにから片付けようか――


「けも゛ののっの、ごろ゛すごろ゛ず」

「ら゛いれ゛んさま゛っ。ぃま゛いま、はやぐ、お゛めいじお゛れ」

「わ゛れらら゛、どっどゔふくぃじん゛ん、どもにどとも゛に」


 死んだ人たちが生き返って、私の方に向かってきます。奥にはライレンがいます。私を地の果てまで追ってぶっ殺すつもりです。

 ……ふざけやがって。


 三人とも、のろっちぃ動きだが確実に私の方に向かっている。

 おおよそ人の意志は感じない、眼も見えてるんだか知らない。五感の機能が働いているとは思えないけど。どこで私を分かり、追えるんだ?


 炯眼を通して観察してみると《私と繋がった赤い糸が見える》


 か。三人とも炯眼で操ってたから……死んで私の命令は途切れても、繋がりまでは切れてないのか。そしてこれを手繰り寄せるように近付いて来てる?

 ライレンはこいつらを使って、私の位置を掴もうとしてる。


 法眼ほうげん、とか言ったな……肉体の変貌と操作だけじゃない。

 物質を別の何かに、作り替える眼か。おい反則だろ。

 ただ、命を作ることはできないらしい。死体を動くようにしただけ。

 生き返ったわけじゃない。命……魂は戻っちゃいない。


 三人の繋がりを切る。切るには……ええと。

 どうすればいいんだ?


 感覚的に切り方は分かる。

 ただそれだとライレンに繋いだ分までなくなっちゃう。

 こ、個別に切るやり方、知らないし自信ないぞ。


 いっそ三人の繋がりを上から書き換えるか?

 いいやそれだとライレンに割いてる分まで力を注げない。

 分散すれば、せっかく潰してる視覚もすぐ回復するかも。

 


 ぐく……どうすれば?

 四人同時には支配できない。私の心がそう判断している。

 どっちだ? どれに炯眼の力を傾ければいい?


 ゾンビみたいなふざけた奴らが近づいて来る。

 少しずつ、ぎこちない歩き方がほぐれて、生前の動きを取り戻しつつある。

 来るぞ。来る――!







  ҉     ҉








 来い。向かって来い。炯眼けいがんの娘。

 俺を殺せば、そいつらも止まる。それしかないはずだ。残された手は。

 動くなら今。

 群がる三人のナイフと俺に挟まれるより、前へ踏み出し活路を開け。


 未だ戻らない暗緑の視界には頼らず、耳だけを澄ませる。


 踏み出す一歩を捉えた。やはり俺に来る!

 次の跳躍……その出掛かりを断つ。


 左、壁際。地面に打ち付ける音。


「そこだッ!」


 手を横に払いつつ、薄緑うすみどりを振るう。

 相手の飛び足が地を離れる前、確実に切り込んだ刀の感触が――無い。


 一瞬の思考は、間髪入れずに右側からこちらへ向かう力強い一歩にかき消された。右が本命。石つぶてを投げ左と見せかけたか!  


 翡翠の槍をたずさえ、軸足を大きく後ろに引き迎撃の体勢を取る。

 槍の間合いなれば……相手が位置を教えてくれる。

 そして法眼が、迫る赤き獣をはっきりと見定めた。


「ぐあぅぅぅっ!」

「せいッ!」


 赤爪と緑槍がぶつかる。確かな手応えを槍が伝えて来る。

 ――砕いた。これで双掌の爪は剥がれ、すでに武器はない。


 飛び込む勢いそのままに、娘が反対の手を胸にぶつけてくる。

 何のことはない、痛みとすら思えぬ素手の攻撃。

 もう俺を討ち取ることは出来ない。惜しいな。その手に爪が在ったのなら、肋骨ほねまで断てていたものを。


 抱き止めるように両手で抑え込む。

 身じろぎする娘に無駄だと悟らせるため、必要なだけ力を込める。

 表情はまだ認識出来なかったが、その分だけ苦し気な吐息が漏れた。

 もはや微塵も動けまい。


 このまま締め上げれば背骨ごとへし折れる。

 両手は塞がっているが、体内の武器を突き出せば串刺しにもできる。


 ……殺すのか?

 戦うすべも無くした、ただの女子おなご。無力な女子おなごを。

 アリカと年もそう変わらぬ娘の首を取る?


 本当にそれでいいのか……我が成す道の果てが。


 炯眼、両目をくり抜く?

 バカな。どうする。


 無いものを与え、在るものを奪い。


 運命を弄び、捻じ曲げてまで生かすなど。

 ――あの白い毛玉と俺、何の違いがある!?

 それこそ魔王の所業より成し得ぬことであろう!


「炯眼の娘を襲えッ!」


 嫌悪感を吐き出し、命令を下す。

 闇夜にナイフの鈍い輝きと、法眼によって焼き付いた緑の目が向かってくる。


 娘はびくりと反応し、すぐに訪れる運命を悟り、逃げようともがく。

 必死の抵抗も、胴を固められては大した力も出せない。その細腕では猶更だ。

 そのやわい背中を、命果てるまで刺され、刻まれる。


 俺に憎しみを向けろ。呪い罵り、恨み言を残せ。


 殺意を込め、切りかかり槍で貫いたが……

 臣を犠牲にし心を滅する思いでやっと遂げられたまで。

 もう充分に殺した。女子供を切り直すなどできるはずがない。


 何を。娘よ。

 言え、……言ってくれ。


 すでに観念したのか、身体をこちらに預け暴れることもなかった。

 成すがまま、罠にかかったオオカミが狩人を見上げるがごとく――まるでこれからその身に起きることを分かっているように。


 三人の腕が、彼女の肩を乱暴に掴む。

 ナイフで狙いを定め振りかぶり――

 に、深々と突き刺さった。


「血は赤いんだね。人間じゃなかったらどうしようってよ」

「カハッ……が」


 拘束を維持できず、口から血がこぼれる。身体からも。

 薄らいでいく視界に比例して彼女の姿がさらけ出される。撒き散らした鮮血を浴び、そのにおいを吸い込むように娘は笑った。灼熱をまとわせた瞳と顔に、色付くような陽炎ようえんの……美しさすら憶える。  


 赤き人狼。

 狂気と獰猛。可憐で無垢なる献身。

 ……赤ずきんとオオカミが混ざり合ったなら、こんな顔で笑うのか。


「グ……刺された、なぜ……」

「頑張りが足りなかったんじゃない? 情け容赦のにおいを消す頑張りがさ」


 娘にはべるよう付き従う三人へ目を向ける。法眼で包んだ淡い緑を帯びる身体に、赤々しい血液が露出して巡っていた。

 ……心臓は止まっているはずだぞ!?

 

 急速に弱まりつつある法眼をこらして見た。

 びっしりと根を張るように張り巡らされた赤い紐が、炯眼へ繋がっている。

 俺の支配下から三人を乗っ取った……? できるわけがない……!




 罠にかかっていた、弱者は……俺だった、よう、だ……

 絵本と違い……これはアリカに読み聞かせて、やれんな……

 






 赤ずきん、をかぶった……オオカミめ――






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