第11話 明治転生録 -恋愛事情 その1-
療養も三日目となり、すっかり体調も復活した美知留は、使用人の仕事をできるようになっていた。
使用人として居候している美知留は、美緒や咲夜とは一緒に寝ることはなく、たかやと一緒に寝ることが多い。
現代では、男女が同じ部屋というのは問題だったが、美知留の行ったこの時代は、身分ごとに部屋分けがされているため、これが普通だった。
そんなさなか、たかやは美緒の胸を直接触るというアクシデントに見舞われたり、卒倒したたかやを水着の美緒が介抱するなど、ここにきてたかやは美緒に想いを寄せ始めていた……
『病気だよなぁ。美緒様に惚れるなんて……』
『確かに、美しい方だけど……』
たかやの脳内では、悶々と美緒の水着や手の感触が巡り、容赦なく理性を刺激してきていた。
しかし、たかやは使用人で、美緒に仕えることを生業としている。主人を意識するのは、使用人の鑑だったがそれとこれとは別である。美緒のことを考えることの多くなったたかやは、ムズムズとオスとして美緒を見てしまっていた……
「たかやさん?」
「あ、美知留……」
横に寄り添い、たかやに向かって首をかしげたが、そんな美知留さえ変な考えすら浮かんでしまっていた。必死に自制しながら、たかやは切り出す……
「なぁ、美知留。相談に乗ってほしいんだが……」
「ん? いいよ。」
美知留とたかやは、咲夜や美緒がいない海岸線に移動し、横に並んで座り相談に乗ることになった。
「どうしたの? たかやさん。」
「あのさ、美知留。」
「なに? 改まって……」
「俺。美緒様を好きになったのかな?」
「えっ? へぇ~~」
「なんだよ、その顔は……」
たかやは美知留の先輩として、強気で凛とすることが多かった。そんなたかやが、美緒のこととなると、デレデレと目じりを下げ鼻の下を伸ばす。そんな普段は見れないたかやの姿に、どうしても美知留はほほがゆるんでしまう。
「なに、たかやさん。美緒ちゃんの水着に興奮した?」
「いや、ちがっ!」
「あっ、そういえば!」
「なんだよ。」
「咲夜さんに押されたとき……」
「おまっ、それ以上。」
「胸を直接揉んでたよね? それで意識した?」
あまりに楽しそうに話す美知留に、イラっとしたのか……
ごちーん!
「痛いよ~」
「お前が、しつこいからだ。」
いろいろと美知留とたかやは、美緒との関係を話していった。たかやは使用人で美緒に仕えていることが当たり前で、それまでは、これが普通だった。
しかし、美知留の登場とサポートで、美緒の魅力に気がついたたかやは、何度か訪れたアクシデントを経て、美緒への好意が募っていた……
『たかやさん。それ、恋よ。』
美知留のそんな思いとは裏腹に、たかやは悩んでいた。それは、身分のことだった……
身分制度がまだ残っている明治では、身分の垣根を越えた恋愛などご法度。当然、それは、たかやも知っていた。そのため、美知留に相談をしたのだった……
「でも、たかやさん。」
「なんだよ。」
「美緒ちゃんのこと……好きなんでしょ?」
「うぐっ。す、好きなんだろうなぁ」
「えぇ? ハッキリしないなぁ~」
たかやもはっきりと好きというと、使用人として抑えなければならない感情に、素直に従ってしまうことになりかねない。そのため、どうしてもこういうあやふやな返答になってしまっていた。
美知留にとっては、どうしても二人がくっついてもらわないと、どうしようもなかった。なぜなら……
『二人が結婚しないと、お父さん生まれないからなぁ~』
実際、美知留の祖母が美緒で、その旦那。つまり祖父がたかやだった。そのため、二人が結婚してくれないと、自分へつながってくれないことになってしまう。
そのため、美知留はたかやと美緒をくっつける努力をしていた。
「たかやさん。それ。好きってことだと思う。」
「やっぱりそうか? 俺は、仕える相手を好きになってしまうとは……」
「いいんじゃないかな? 好きなんでしょ? 美緒ちゃんのこと。」
「あ、あぁ。」
「美緒ちゃんの膝枕と、美緒ちゃんの匂い。そう考えるとうずうずしちゃうんでしょ?」
「うぐっ。」
「ほんと、たかやさんって、まじめよね? ははは」
「う、うるせぇ。」
クスクスと笑った美知留は、ポンポンとたかやの肩を叩く。悶々と悩み、好きな子のことを思うたかやの姿は、まさに思春期の男子そのものだった。
その姿に、笑ってしまう美知留を、遠くで眺めている人がいた……
「あっ。たかや……。やっぱり……」
「同じ使用人だから、普通といえば普通なんだけど……」
トクン……
クスクスと笑いあいながら、たかやと美知留が話をしている姿を、遠くから眺めていたのは、美緒だった……
美緒も身分のことについては、納得していた。同じ使用人ならば、恋愛しても不思議ではないと思っていた。しかし、その思いとは裏腹に、美緒の胸はキュッと締め付けられる感覚になっていた……
『美知留とたかやは、同じ使用人なのだから、当たり前よ。美緒……』
『でも、何なの? この気持ち……』
『たかやと美知留が話しているだけなのに……苦しい……』
美緒とたかやは、幼いころの出会いで、いつもとなりにいるのが当たり前の生活だった。ただ、たかやは使用人で、美緒に仕えるという存在だったこともあり、親しい仲ではあったが恋愛感情の類はないと思っていた。
しかし、美知留の登場で、たかやのそばに美知留がいることが多くなったことで、必然的にたかやを意識し始めていた。それは、“恋”という結果を導きだし、日に日にその感情は増していった……
まして、自分よりスタイルがよく、女性としての魅力がある美知留がたかやと付き合うのなら、自分は身を引いてもいいとすら思い始めていた。
『いいのよ。これで、私は家のための結婚っていうのもあるし……』
「家の汚名にならないように……」
「そんなんでいいんですか? 美緒ちゃん?」
「えっ?!」
美知留はたかやとの相談が終わった直後に振り替えると、悲しそうな表情で美緒が建物へと戻っていくのを目撃していた。それは、今までにはないほどの悲しい表情だったこともあり、美知留は美緒の後ろをつけていたのだった。
「だって、たかやは使用人で……。身分が違うし……」
「それでいいの?」
「いいも何も、仕方ないじゃない!1」
自分の中に巻き起こった“好き”という感情に戸惑いつつも、必死に自分を納得させようと、抑え込んでいた。小さな顔をクシャっとした美緒の、可愛らしい大きな瞳からは大粒の涙があふれ出ていた。
「じゃぁ、その涙は?」
「えっ?! あっ。こ、これは……」
「それが、答えだよ。美緒ちゃん。」
「ちがっ、これは。好きだから泣いてるわけじゃ……」
「私とたかやさんが一緒になれば……って思ったんでしょ?」
「…………」
すべて図星だった美緒。自分から身を引けば、すべて丸く収まる。
「美緒ちゃん。それが、好きってこと。」
「いいの? 好きになっても……」
「えぇ。それに、あの時。たかやさんと話してたのは、美緒ちゃんのことだし……」
「えっ?! そ、そうなの?!」
「えぇ。」
美緒にとって、同じ使用人の美知留とたかやが、あんなに親しそうに話していたのなら、もうすでに恋人関係なのだと思ってしまった。
ところが、そのすべてが、美緒自身の勘違いだったことを、ようやく知ったのだった……
「なんだかんだで、たかやさんも美緒ちゃんのこと好きみたいよ?」
「えっ?! ほんと?」
「えぇ。特に、膝枕がうれしかったってさ。」
「そ、そう。」
「あぁ、それと……」
ごにょごにょ。
「なっ?! お、覚えてたの?! たかや?」
「うん。目じり下げちゃってたよ。」
「た、たかや。えっち!」
美知留が美緒に伝えたのは、アクシデントで胸を揉んでしまったことだった。たかやに話を聞いていた美知留は、見逃さなかった。胸の話を振った瞬間。たかやの目じりは下がり、手を動かしていた。つまり……
『たかやさん。その手は、あの感触を思い出してるのね……』
美緒に報告した直後……
「へっくし!!」
たかやがくしゃみをしたのは言うまでもなかった……
「ありがと、美知留。」
「ん? 美緒ちゃん?」
「美知留のおかげで、決心がついたわ。自分の気持ちに正直になってみる。」
「うん。それがいいよ。」
そして、互いの思いに気が付いた美緒とたかやは、告白へと歩みを進めることになる……
【おまけ】
これは、たかやが美知留に相談を持ち掛ける数日前。
使用人同士の相部屋で、ふたりの間を仕切り版で区切っただけの部屋で、一緒に眠っていた美知留とたかや。
『美緒様の胸。揉んじゃったんだよな。』
布団に横になり、自分の左手を握ったり開いたりしているたかや。うっすらと残る記憶には、しっかりと美緒の胸の感触が残っていた。
幼馴染に近い美緒とたかやは、子供の時から一緒に生活していた。それでも、使用人として美緒を支えるべく、献身的に勤めてきたつもりだった。
それは、たかやが年頃になっても変わらず、それが当たり前で普通なのだと思っていた。
しかし、美知留との出会いを皮切りに、美緒との距離がいつにもまして近づき、姉妹には一緒に療養に来ることになった。そして、この前の出来事である。露出の高い服を美知留が考案し、その魅力的な美緒の姿がたかやの脳内に焼き付いていた。
そんな矢先のあの事件。直接敵に美緒の胸を揉んでしまい。その手には美緒の胸の大事な部分が触れる感触が、鮮明に残ってしまっていた。
『あれが、ちく……。何を考えているんだ!!』
そんな悶々とした時間が続くと、どうしても男としての部分が、反応をしてしまい、うずうずとしてしまう……
それは、男性として、ごく自然のことだったが、これを美緒へ向けてはいけないと、自制心が強く働く。そして、たかやの頭の中には、仕切り版の向こう側には、美緒以上の抜群のスタイルを持った、美知留が眠っていることが頭をよぎる。
たかやの鼻には仕切り板越しに、美知留の女性らしい匂いが伝わってくる。それは、ムズムズとうずくたかやのオスの部分を、容赦なく刺激する。そして……
『同じ使用人なら……』
不埒<ふらち>な思いだとは思っていたたかや。それでも、ムズムズとした感覚は孝也を突き動かす。そして、横に眠る美知留の上に覆いかぶさってしまう。
スヤスヤと眠る美知留の、綺麗な顔と豊満な胸。そして、細い腰と長い手足は、男性であるたかやを満足させるのには十分すぎる。
手を伸ばせば触れれる距離、自分の息子は準備万端で美知留へその欲望を吐き出してしまいたいと硬くなる。
しかし、たかやは決して手を出さなかった。
それは、意気地なしとかそういうことではなく、ここで手を出すことはたやすいことだったが、それではいけない気持ちになっていたのだった。
『お、俺は、なにをしてるんだ!!』
『好きなのは、美緒様じゃないのか?!』
『美知留をそんな、はけ口にしてしまったら、ダメだろう!!』
そんな考えが脳内で渦巻いていると、うっすら起きた美知留が一言……
「私は、美緒ちゃんじゃないよ? たかやさん」
「み、美知留……」
美知留の小さな手が、たかやの頬を捕える。スベスベとしたその手は、優しさにあふれていた。
この猛るオスとしての欲望を吐き出してしまうことはたやすい。美知留にその始末を頼むこともできる。
「どうして泣いてるの? 必死にこらえてるからでしょ。」
「えっ?!」
美知留の上に覆いかぶさりながらも、たかやは必死にこらえている。体の反応と、自制心のせめぎ合いで情けなくなったたかやは、男泣きをしてしまっていた。
「な、情けないだろ? 美緒様の胸を揉んだだけで、この有様だ。」
「ううん。情けなくないよ。」
「情けないって言ってくれ、あきらめがつくから。」
「たかやさんも、男性だから。」
「美知留……ごめんな。」
必死に抑えたたかやは、美知留に諭され、事なきを得ていた。実際。美知留も……
『収まってくれてよかった……』
『もし、相手してたら……とんだ薄い本に……』
たかやが自分の布団に戻った後、顔から火が出そうになる美知留だった……
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