第9話 明治転生録 -バカンスじゃありません。療養です。-

 何とか歩ける程度にまで回復した美知留。たかやのマッサージ事件では、美緒とたかやの関係が近くなったようで遠くなったような、微妙な状況だった……

 すぐにたかやの手伝いをするわけにはいかない美知留。そのため、手伝うといっても、美緒の手伝いなどをしていた。

 そのため、実際にはてつだうというよりも、美緒に付き添ってもらっているに近かった。


「ねぇ、美知留。」

「ん? 美緒ちゃん。どうしたの?」

「足の具合はどうなの?」

「まだ少し、痛むけど、歩けるかなぁ~って感じ……」

「そうなんだ……」


 美緒はしばらく考えると、美知留をその場に残し、どこかへと向かってしまった。一方の美知留はというと、部屋の整理や片付けをしていた。

 美知留もそうだったが、美緒も美知留と同じ年代の頃は片付けが苦手だったらしく、整理したつもりが、かえって散らかす方が多かった。その様子に、美知留も懐かしさを覚えていた……


『懐かしいなぁ~。私も、昔かたずけられられなくて……。苦労したなぁ……。』


 そんなことを考えながら、美知留が片付けをしていると、咲夜が美緒の部屋へとやってきた。


「ひい……」

「むっ。」

「あ、さ。咲夜さん。どうしたんですか?」


 咲夜を出迎えた美知留の元に、近寄ると……


「あひゃっ!!」

「どうしたんですか?! 咲夜さん?」


 立って出迎えた美知留の太ももを、さわさわと撫でて確認した咲夜。時々、揉んでみたりして、様子を確認していた。


「もう筋肉痛はよさそうね。」

「は、はい。だいぶ良くなりましたけど、まだちょっと痛いです……」

「そうなのね……それにしても……」

「えっ?」


 美知留の太ももを揉んでいた咲夜は、確認が済んだ後もずっと触り続けて一言……


「ほんとあなたの肌。ムチムチよねぇ~」

「ええっ?!」

「悪い意味じゃないのよ、手に吸い付くっていうか…。ずっと、揉んでいたくなるというかね……」

「えぇっ……」


 ムニムニと美知留の太ももを触る咲夜の声に共感したのか、美知留の左足を触っていた咲夜の反対側。右側の太ももを美緒も揉みだした……


「本当に、ムチムチ。」

「あの、美緒ちゃん?」

「でしょ?」

「咲夜さんまで?」


 そんな三人のやり取りの中、ひとしきり揉んで落ち着いた二人は、改めて美知留へと向きなおす。


「ねぇ。美知留。明日から数日の休暇があるんだけど、あなたも来る?」

「いいんですか?」

「いいわよ、家のことはたかやに任せればいいし……」

「いいんでしょうか?」


 女性同士での休暇ほど、盛り上がるものもない。ただ、この時代で女性同士って防犯的にどうなんだろうと思ってしまう美知留。


「女性三人で行くのもいいですが……」

「えっ?」


 美知留が切り出すと、美緒は何かしら察したようで、ほほを染め視線をそらし始める。なんだかんだで、美緒もたかやと一緒に行きたかったようだった。その様子に……


『美緒ちゃん。やっぱり、たかやさんと行きたいのね。咲夜さんの手前、言えなかったのかな?』


 この当時の女性の位置づけというのは、年上をたてるのが当たり前で、自分の意見は二の次だった。そのため、美緒はたかやと一緒に行きたいと思っていたが、咲夜の手前、言えずにいたのだった……


『ここは、私が代わりに言うね。美緒ちゃん……』


 美知留も年上をたてないというわけではなかったが、ここはさすがに、美緒の思いをくみ取りたかった。なぜなら……


『その方が、面白いから……』


 そして……


「咲夜さん。」

「なに? 美知留……。」

「男手がいないと、何かと襲われてもあれですし……」


 やんわりと、美緒が好意を抱いていることを知られないように、努めて平然を装った……


「それもそうね、誰を連れていくの? 美知留……」

「それはもちろん……」


 美緒は期待していることが目で伝わるほどに、熱い視線で美知留を見ていた……。そして。


「たかやさんで。」

「え? たかやでいいの?」

「はい。ほかにだれが?」

「いやね、美知留のその美貌なら、他の子がいるだろうと思っていたんだけど……」

「えっ?」


 確かに、この当時としての美知留の容姿は、モデルのようなスタイル。現に店でバイトをしたときも、美知留に熱い視線を送っていた男は数知れなかった。

 ただ、美知留はそのことに全く気が付いておらず、せいぜい中ぐらいだろうと思っていたのだった……


『えっ? 私って、そんな美貌なの?』

「いや、ひとりでこっちに来たようだし、知り合いも少ないのもわかるけどさ……」

「あなた……。少しくらいは、自分の容姿に興味を持った方がいいわよ?」

「それじゃぁ、宝の持ち腐れだわ。」


 咲夜があまりにもほめるため、美知留は本当に自分がモデルのような気持ちになってしまう。

 当然、この当時からすれば、美知留の容姿は群を抜いてモデル体型である。長い手足にくびれた腰。小さな顔に大きな瞳、そして何よりも、この当時としては珍しいくらいの巨乳なのだから……


『えぇっ。私ってそんなに?』


 うっすらと勘違いを始めた美知留だったが、当時としては美人なことには変わりなかった……。

 そして、たかやを誘って出発した美知留たちは、路面電車を使って、現地へと向かう。咲夜と美緒。そして美知留にたかやと、賑やかな御一行っとなった。

 その道中……。たかやが美知留に一言……。


「なぁ、美知留……」

「なに? たかやさん。」

「お前って、好きなの? 俺のこと……」

「ぶっ!」


 たかやの発した言葉に、美知留は盛大に吹き出してしまった。

 美緒のためにと思ってたかやを付き添いにしたつもりが、たかやは器用に勘違いしたようだった……


「なんで。私が?」

「いや、だって。毎回、俺を呼びつけるだろ?」

「まぁ、そうだね。」

「それに、は、ハグ? だってしてくれるし……」

「あれは……そ、そう。挨拶だし……」

「その、俺の前で、胸を……」

「あれは、暑かっただけだし……」


 と、まるで恋人同士のような会話になってしまった美知留とたかや。そんな様子を、うらやましそうに美緒が見ていたのは、言うまでもなかった……

 そして、路面電車に揺られること、数時間。途中で、美緒とたかやが隣になることはあったものの、互いに緊張し合ったらしく、終始会話は続かずプラトニックなカップルそのものだった。


「あれっ? 温泉とかじゃ……」

「えっ? 温泉の方がよかった?」

「いえ。でも、ここって……」

「そうね。海水浴場よ。」


 美知留はてっきり温泉に行くものだとばかり思っていた。温泉であれば療養という言葉も納得できた。熱い湯船でひとしきり、ゆっくりと過ごせば、疲れも癒える。しかし、美知留が付いたのは海水浴場だった……


『だって、海水浴場ってレジャーじゃないの?』


 当時の海水浴場は、レジャーというより療養に近かった。温泉でくつろぐ湯治に近い位置づけで、温泉が熱い湯で体を癒すのなら、こっちは海水でひんやりと体を癒すというものだった。

 おりしも、時期は夏に近いこともあり、温泉というよりこっちの方が時期的にもあっていたのだった。


「あ、そういえば、美知留。」

「えっ? 何ですか。咲夜さん。」

「あなたが心配してた防犯だけど……」

「うん……」


 美知留たちがたどり着いた療養先は……。咲夜にとって庭みたいなものに近かった。つまり……


「貸し切りだから別に問題ないわよ?」

「か、貸し切り?!」


 驚く美知留をよそに、その療養先の建物からは、おかみさんが顔を出して深々と咲夜にこうべを垂れた……


「咲夜御一行様。お待ちしておりました。療養をお楽しみください。」

「ん。わかったわ。今日は、客人の美知留も一緒だから、よろしくね。」

「はい。かしこまりました。」


 美知留は自分の家系が、結構な財を成したことは知っていたが、ここまでとは思ってもみなかったのだった……


『咲夜さん……。どんだけの金持ちなの?!』


 美知留のそんな思いとは裏腹に、咲夜はどんどん中へと歩みを進めていった。

 海岸線にしつらえられた二階建ての旅館は、西洋の様式を取り入れ、和風建築とはまた違った洋風なデザインだった。

 美知留と美緒。そして咲夜はそれぞれ個室があてがわれ、たかやも当然その一人だった。たかやは付き人ということもあり、何やら落ち着かない様子だった……

 浜辺で合流するために、療養の服に着替えるのだが……


「なにしてるのよ。美知留。」

「そうですよ、さっさと着替えましょ。」

「は、はい……」


 当時としては、水着という概念すらない時代……当然。肌の露出なんてするはずもなく……


『ダサイ!! ものすごいダサイ。』


 体に密着するような全身タイツのデザインに、美知留は絶句していた……。当時の人向けにデザインされた服は、スマートさが売りにもなっていたが、美知留にとってはそれが一番のダサさを際立たせていた……

 そして、一応。美知留も着てはみたものの……


『なんでしょう……。お母様……』

『美緒。あたしも同感だわ。』


 全身タイツのような服を、素肌に密着する形でキツめに着用することになる服。当然、当時としては豊満な胸に分類される美知留が着ようものなら……


「キツい……」

『うらやましい!!』


 それは、プライベートビーチでたかやと合流した時も……


「お待たせしました。たかやさん……」

「うん、まっ?!」


 たかやの視線をくぎ付けにしたのは想像に難かった。

 そして、療養が始まったのだが……。やっていることといえば、バカンスと何ら変わりがなかった。浜辺でくつろぎ、波の音を聞いたり、波に体を任せてみたりと、ただそれだけだった……


『これ、バカンスだよね?!』


 美知留もうすうす気が付いてはいたが、あまりにも療養という名のバカンスっぷりに、驚いていた。


「美知留。くつろいでる?」

「は、はい……」

「なに、そんなに温泉の方がよかった?」

「いえ、そんなことはないですけど……」

「けど? なに。言ってみなさいな。」


 美知留は、つくづく思っていた。男性であるたかやは、美知留の元いた時代と何ら変わりないのに、どうして女性の服はこんなにも違うのかと……


『これ、水着じゃない……』

『そうだ!!』


 ふと思いついた美知留。

 ここは貸し切りなのだから、見られるとしてもたかやだけということが頭の中を駆け巡った。


『もし、ポロリしたとしても、たかやさんにだけ見られるのよね。なら、思い切って……』


 美知留の頭の中には、布一枚で水着を作る方法がよぎっていた。そして、今。美知留たちが着ている服を流用する方法も、同時に閃いたのだった。


『これなら……』


 一度に三人の服を……。とも考えたが、咲夜に不評であっては、それはそれで困る。どうせなら、咲夜の興味を引きたかった美知留は……


「あの、試したいことがあるんですが……」

「なに? また新しいこと、閃いたの?」

「ま、まぁ。美緒ちゃんで試していいですか?」

「えっ?! 私?!」


 いきなり白羽の矢が立った美緒は、驚いてキョロキョロと動揺していたものの、咲夜の『いいよ』の声で、すんなりと美知留と一緒に来たのだった……。そして、美知留が用意したのはハサミとほつれを直す針と糸だった……

 美知留は、こっちの時代に来て以来、縫製をすることが増えていた。もともと、縫製は得意だったが、こっちに来てからは、さらに腕が上がったのだった。そして……


「こ、これ着るの?」

「うん。」

「む、ムリ!!」


 美知留がしつらえたのは、当時としてはあり得ないほどの布地の小ささ。露出の激しさのデザインだった。当然、モデルとなる美緒は否定するのは当たり前だった。それでも、美知留は折れることはなかった……


「美緒ちゃん。」

「な、なによ……」

「これはね、私が着るより、美緒ちゃんが着た方が魅力が増すのよ。』

『もちろん、ウソだけどね……。ごめん、美緒ちゃん……』

「ほんとに?!」


 いまだ決めあぐねていた美緒に、とどめの一言を言う美知留。


「美緒ちゃん。」

「な、なに?」

『これを着て、たかやさんの前に出たらどうなると思う?』

「はっ?!」

『それは、もう。メロメロでしょうね。』


 美緒の前に並べられた上下の水着。当時としては初めてとなる、水着の誕生だった……


「ほ、本当に。これで出るの?! は、恥ずかしいんだけど……」

「似合ってる。似合ってる美緒ちゃん」


 美緒もかなりの美貌の持ち主である、身長こそ美知留には劣るものの、手足は長く、顔も小さい。くびれた腰に小さなおしり。十分モデルにふさわしい存在だった……


「咲夜さん、そしてたかやさん。お待たせしました。準備ができましたよ。」

「おっ。やっぱり、余興も大事よね。あなたもそう思うでしょ?」

「は、はい。咲夜お嬢様」

「じゃぁ、水着を着た美緒ちゃんの登場で~す」


 入り口の向こうで、美知留のノリノリの声を聞き、意を決して外に出た美緒は顔から火が出そうになっていた……


「お、お母さま……。似合って、ますか?」

「み、美緒……」


 隠すところはしっかりと隠し、出すところはしっかりと出すというデザインの水着。まして、美緒は肌の透明度が群を抜いて際立っていた。


「かわいいわ!! 美緒。」

「お、お母さま。本当ですか?」

「本当も本当よ。ねぇ。たかやもそう想うで……あ、聞くまでもなかったか。ふふっ」

「えっ? あっ。」


 療養に来る時のたかやは、美知留にちょっかいを出したりもしたが、その実……


『たかやさん。なんだかんだで美緒ちゃんが好きなのね。』


 顔から火が出そうなほどに恥ずかしがる美緒と、美緒の健康的な肢体にくぎ付けになったたかやも、顔が真っ赤になってしまっていたのだった……


【おまけ】


 たかやは美緒の健康的な肢体に、目が釘付けになっていた。

 スベスベとしたきめの細かい肌に、くびれた腰。端正な顔立ちと、細い手足は、たかやの保護欲をそそるのに時間はかからなかった。


「み、美緒お嬢様……」

「な、なによ……」

「よく、お似合いです。」

「そ、そう。ありがと……」


 たどたどしく話す二人の姿は、まるで初デートのようで、咲夜もほほえましい気持ちになっていた。


「咲夜さん……」

「なに? 美知留。」

「咲夜さん。知ってたんでしょ? 美緒ちゃんがたかやさんのこと……」

「まぁね。あんなに、顔に出やすい子だから、よけいにね。」

「やっぱり。」


 目じりが下がった咲夜の表情は、美知留が写真で見た曾祖母の笑顔の面影が垣間見えた。


『やっぱり、この笑顔は心地いい……』


 咲夜の笑顔を見た美知留の心も、ほほえましい気分になった。そして、咲夜はというと……


「ここまで見せびらかされると……」

「えっ?」

「ちょっと、いたずらしたくなるわね。ふふっ。」

「えっ?! 咲夜さん?!」


 ゆっくりと、美緒の後ろに歩み寄った咲夜は、次の瞬間。


「えいっ!」

「えっ!?」


 急に押される形になった美緒は、ふらふらとたかやの方へと体が傾く。それを必然的にたかやが支える形になる。


『これで、密着。少しは、進展するかしら?』


 咲夜は、そんな親心のつもりで押したのだが、物事はそううまくはいかなかった。たかやが美緒の体を支えようとはするが、スベスベとした美緒の脇腹に手を添えた瞬間。


つるっ!


 確かに、咲夜の思惑通りにたかやと美緒は密着したが……。


「えっ?!」

「ん? あ。」


むにゅっ


「んんっ!」


 美緒の体を支えるために添えたはずのたかやの手は、器用にスライドし、美緒の胸をダイレクトにとらえていた。

 たかやの手に伝わる柔らかなふくらみに、思わずたかやは揉んでしまっていたのだった……


『や、柔らかい……』


 仕掛けた咲夜も、まさかこんなことになるとは思っていなかったこともあり、怒るに怒れない状況だったが……


「たかや?」

「はっ!? こ、これは。不可抗力でして……」

「まだそこまでやっていいとは言ってない!!」


バチーン!!


 たかやの頬には見事な咲夜のビンタが飛んだのだった。

 そして。慌てて離れた美緒に、美知留は気が付いてしまった。


『美緒ちゃん、その表情……』


 真っ赤になりながらも、自分の胸を押さえつつ美緒は、うっすらとうれしそうな表情になっていたのだった……


『た、たかやさんに触られた……』


 触られた恥ずかしさと嬉しさで、どんな顔をしていいのかわからない美緒だった……。

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