動物
レディー・ドッグ
公園のベンチでハンバーガーを食べていたら、どこからか身なりの奇麗な白い犬がやって来て、僕の足元で僕に寄り添うようにしてその場に居座った。身なりが奇麗、と表現したのは、その犬があまり単純ではない服を着せられていたからだった。
おそらくこの犬の飼い主は無頼の犬好きに違いない、
しかしそのような飼い主が、こんなに着飾った犬を勝手気侭に歩かせたりするものだろうか?
僕は辺りを見回して、飼い主らしき人物を捜してみたが、公園の中には二、三人の子供達が鉄棒で遊んでいるのと、別のベンチで新聞を読んでいるサラリーマン風の紳士が一人見えるだけで、他には誰もいなかった。
犬がもぞもぞと動いて僕の足に体をすりつけてくる。
しかし派手な服だ。
この犬が着せられている服は、ただ服というだけの表現ではとても十分ではない。ドレスと言った方が良い。胴体の部分にも袖の部分にも派手なフリルが何重にも付いていて、それを見ただけで僕はこの犬の飼い主は成金嗜好の悪趣味なセンスをもったどぎつい化粧のマダムに違いないと思ったものだ。
しかし。
寄り添って来た犬に目をやると、犬も僕の方を見ていた。
それは当然と考えていいものか、犬の瞳はとても澄んでいてまっすぐだった。僕の頭には自然に『イノセント』という単語が浮かんだ。
そして、やはりどう考えても考え過ぎだと思うのだが、犬は僕に何かを伝えようとしていたように思えてならないのだ。
どうしてそう思うかと言うと、僕が目を逸らさない限り、犬は僕の食べているジャンクフードを欲しがるでもなくただじっと僕を見つめていたし、僕が他の事に注意を払うとすかさず体を僕に押し付けて来たからだ。
僕は犬の首輪を探した。
首輪はなかった。
そこで犬の体を持ち上げて、犬が雌である事を確かめた。
ここで僕は暇に任せて一つの仮定を試みた。
この犬は元々人間で、魔法使いに呪いをかけられてこんな姿になったどこかの国のお姫様なのだ、と。
まあ、僕も暇だったから。
でもその仮定はあまりにも時代錯誤に思えたので、設定を変えた。
この犬は元々人間で、金の亡者となった事業家の父が悪魔と取引をして、自分の利益と娘の呪いとを天秤にかけた末に金の方を選択し、そして娘はこんな姿になってしまったのだ、と。
とんでもない親父だ。今目の前にいたら有無を言わさずぶん殴ってやりたい。
僕は一瞬、自分の空想に本気で腹を立てた。
そしてため息をついた。
我ながら馬鹿な事を考えちゃったな、と思って何気なく視線を泳がせた時、離れたベンチで新聞を読んでいた紳士と目が合った。
紳士は目を逸らした。
ここは住宅街のど真ん中で、時間は平日の真っ昼間である。
よく考えたらあの紳士の存在は非常に不自然ではないか。
僕はしばらくその紳士から目を離せなかった。
犬が足元に寄り添ってくる。
犬を見ると、犬も紳士の方を見ていた。
そしてまた犬は僕を見た。
事業家の父の命を受けて犬となった娘を監視している部下かも知れない。
まさか、ね。
僕は面白半分に考えた仮定の物語を改めて否定し、犬の頭を撫でてやった。そうしていると、この犬に対してとても親密な感情が生まれ、その感情は少しずつ大きくなっていくような気がした。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
僕は犬の両前足を手に取って、犬の目の中を覗いた。
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