第42話 運命の問い

「ね、レオはこれからどうするの?」


 シエラの柔らかな声が、朝の静寂を優しく揺らした。


 尋ねているのはもちろん、今日の予定などではない。


 レオには、その言葉に込められた本当の意味がはっきりと伝わってきた。


「えっと……」


 レオは言葉を選びながら、真っすぐにシエラの瞳を見つめた。


「考えたんだけど、ぼくはシエラといっしょにいたい。だから、できればいっしょに旅をしたい」


 胸の奥にずっと抱えていた言葉を、やっとの思いで口にすることができた。


 シエラは少し目を伏せ、静かな声で問いかけた。


「……レオは、わたしと初めて出会ったときのこと、覚えてる?」


 朝風が吹き抜け、クリーム色の髪が彼女の頬を優しく撫でる。


「人を探しているなら、大きな街に行くといいよって……。そうわたしが言ったら、レオはこう答えたの。『いっしょに行こう』って」


 シエラは懐かしむように微笑んだ。その表情に、レオは初めて出会った日の光景が鮮やかによみがえった。


「でも、わたしは断った。そのとき理由は言わなかった――」


 シエラは祠のほうへ視線を向け、石像に見守られるように言葉を続けた。


「それはわたしが舟神さまの神子だから。神子といっても、まだ見習いの身だけどね」


 シエラは少し照れたように付け加え、頬に淡いピンク色が差した。朝日に照らされた巻き角が、真珠のように輝いている。


 レオは動悸が少し早くなるのを感じながら、次の言葉を待った。


「神子にはそれぞれ役目があるの」


 目は真摯な光を宿し、小さな手を胸の前で重ねる。


「わたしの場合は、祈ることで森から少しわけてもらった〈エレムト〉を毎日、舟神さまにささげること。だから、ここを離れるわけにはいかないの」


 エレムトとは、目に見えない生命の源に近い存在と言われている。異界人が『マナ』や『魔力』と呼ぶものだ。


「……なんとなく、わかっていたよ」


 レオは小さくため息をついた。


「シエラは、この神聖な場所を守らないといけないんだよね?」


「そうね」


 シエラはうなずき、柔らかな微笑みを浮かべた。


 その笑顔に、レオの中でなにかが決まった。


「じゃあ、ぼくもどこにも行かない!」


 レオは声を上げ、自分でも驚くような確かさで言った。


「シエラといっしょにいる。シエラはぼくの家族だから」


 思わず握り締めた拳に力が入る。


「レオ……?」


 シエラの瞳が大きく見開かれた。


「なにを言い出すの……?」


「だってそうでしょ?」


 レオは一歩前に踏み出した。


「この世界って、思ってた以上に危険じゃないか! コ・パルテの星跡でバムに裏切られたときも、あの機械生物が襲ってきたときも、ぼくたちは二人だったから生き延びられたんだ。シエラを一人にできないよ」


 声を震わせ、彼は言った。過去の記憶が押し寄せる。


「ぼくはもう家族を失いたくない。それに、ぼくたちはまだ子どもだ。お互い力を合わせないと生きていけないと思う。だから、もうしばらくの間、ここにいようと思う」


「いるって……」


 シエラは困惑したように眉をひそめ、両手をそっと握りしめた。


「いつまで?」


 シエラが不安げな表情を浮かべ、近づいてくる。彼女の瞳に映る自分の姿が、なぜかひどく小さく見えた。


「それは……大人になるまでとか――」


 レオは言葉を探した。


「でもそれだと長すぎか? う~ん……」


 言いながら自分でも、自分でもその子どもじみた言葉の説得力のなさを感じていた。


 シエラはゆっくりと腰を落とし、レオの両肩に手を置いた。その手のぬくもりが、レオの強張っていた体を少し和らげた。


「いい子だね、レオ」


 その声は優しいほどに、かつての姉を思い出させた。


「……でもダメかな」


「どうしてさ……」


 レオは反論しようとしたが、シエラの真剣な眼差しに言葉を詰まらせた。


「すぐにでも、レオはここから旅立たなきゃ」


 シエラはレオの目をまっすぐに見つめた。


「PPケプラーを探すことはレオにとって、はじめの一歩でしょ? ね?」


「はじめの……一歩……」


おおとりレオ――きみはPPケプラーに会って、ペンダントを見せなければならない。その者が少女まで導く。そして、その子に千五百年前、この世界に発生した大災厄〈ワールド・リブート〉のことを聞き出すんでしょ? きみの使命は、この世界を救うことなんだよね?」


 レオは全身が強張るのを感じた。自分の本当の姓と、父から聞かされた使命。


 それを口にしたのは——


「どうしてそれを……?」


 一度も口にした覚えはない。心臓が激しく脈打ち始めた。


「いままで黙っててごめんね」


 シエラの声は、申しわけなさそうに震えた。


「お部屋のお片付けをしていたとき、うっかりレオの荷物から銀色の小さな箱を落としちゃって……。それでわたし、見ちゃったんだ。レオのお父さんとお母さん」


 告白するシエラの表情には、恐れと懇願が入り混じっていた。その瞳は、なにかを恐れているようでいて、同時に強い決意の色を宿していた。


 レオは息を呑んだ。


 シエラはすべてを知っていたのだ。


 自分が何者なのか、なにを求めているのか——そして、なにから逃れようとしていたのかを。


 朝霧が立ち込める祠の空気が、一瞬凍てついたように感じられた。

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