第37話 裏切りの代償

「いまの音はなんだ?」


 礼拝堂内に響き渡るタオの声に、一瞬の沈黙が生まれた。


「えー、祭壇の道具がなにか落ちたのでは?」


 ジェガの声は強がりながらも、明らかな不安が滲んでいた。


 タオとジェガは互いに視線を交わした。


 レオは、一瞬の隙をついてシエラの手首を掴むと、迷うことなく出口へ駆け出した。床に伸びるふたつの影が、翠の光を浴びて鋭く躍動する。


 だが、数歩も進まぬうちに、レオの指からシエラの手首が滑り落ちた。


 背後から響いた氷のような声に、レオの心臓は凍りついた。


「ダメじゃないか、レオくん。クエストはまだ終わっていないよ」


 振り返った瞬間、レオの瞳に絶望が映った。バムがシエラを背後から拘束し、その目に宿るは、見たことのない冷酷さ。バムは抵抗するシエラを引きずり、男たちの元へ後ずさる。石の床を擦るシエラの靴音が、レオの無力感を増幅させる残酷な旋律となった。


「シエラをはなせ!」


 レオは震える手でアーミーナイフを突き出すが、バムは一瞥もくれない。


「タオ、ジェガ。作戦は失敗だ。PPケプラーじゃないことは、さっきのやり取りでバレバレだからね。もう演技はいいよ」


「だよなー」


 PPケプラーを名乗っていた長身の男、タオが自嘲気味に笑う。


「失敗したのは、あのガキのせいだ! ワシらは被害者だ」


 ジェガは顔を赤くした。


「タオ」バムの口調が、急に打算的になった。「それよりも僕たちはあのペンダントをもらうとしよう。思うにあれは重要なアイテムなんじゃないか? もしかすると、キューブかもしれない」


「キューブだと! もし本当なら、一生遊んで暮らせるどころの話じゃねえ。国を買えるほどのリアルマネーが手に入る。だよな?」


 興奮で声を震わせるタオに、バムは冷静にうなずいた。


「ああ。装備品やアイテムは持ち帰れないが、ゲーム内通貨はリアルマネーに交換できる。キューブは金塊と同じ。破格の価値を持つ」


「そうなれば、もうリアルワールドで、ワシらバイトする必要もないな」


「というわけで、レオくん。僕たちと取り引きをしようじゃないか」


「取り引き?」


「そう。彼女とペンダントを交換だ。簡単だろ?」


「なに勝手なこと言ってるんだ。だいたい、プレイヤーがこんな強盗まがいなことしていいのかよ!」


「なんだこのチビ。XRPGを知っているような口ぶりだが、もしかして俺たちと同じ世界の人間か?」


「そんなわけないだろ! いいからシエラをはなせ!」


「おっと、そこから動くなクソガキ。さもないと、この姉ちゃんの服を引き裂いちゃうぞ~」


 ジェガは短剣からナイフに持ち替え、シエラのスカートにナイフを近づけた。


「くっ!」


 シエラは唇を噛みしめ、ジェガを凍てつく眼差しで睨みつける。しかし、ジェガは彼女の憤怒を楽しむように、薄汚れた顔にニタニタとした笑みを浮かべて見返した。


 腹底から込み上げる怒りがレオの肉体を震わせる。焦燥と無力感が交錯するなか、彼は拳を握りしめ、睨めつけた。


「わかった。ペンダントはお前たちにやる。だから、まず先にシエラを放せ」


 レオは震える指でペンダントを首から外した。その瞬間、ペンダントはさらに強く青白い光を放ち、その輝きが礼拝堂の隅々まで届き、彼らの顔を神秘的な光で照らし出した。


「ダメよレオ!」


 震えながらも強い意志を宿したシエラの声。


「そのペンダントは大事なものでしょ。この人たちに渡しちゃダメ!」


「でも、シエラが――」


「えー、早く渡さないと~」


 ジェガが苛立ちを隠さず口を挟んだ。


「こうするんだな!」


 ジェガはシエラのスカートの端を乱暴に掴むと、馴れた手つきでナイフを布地に当てた。刃先が光を反射して一瞬きらめいた。


「ぶへぇ~」


 いつもやっている不法VRに出てくる美少女キャラと違って、シエラは叫び声を上げなかった。これからなにをされるのか、わかっていないようにも見える。


 その無垢な反応に、ジェガは興奮を抑えきれず、シエラの顔をちらちらと見ながら、スカートに切れ込みを入れた。


 まずは、ふくらはぎ。


 シエラは、軽蔑と怒りの眼差しを向けていた。


 ジェガは高揚し、膝まで切れ込みを入れると、ナイフを捨て、そこから先は力づくで引き裂いた。


 白くふくよかな太ももが、あらわになった。


 スカートをめくり、むき出しになった片脚を掴んで、鼻先が肌に触れるくらい顔を近づけた。太ももの静脈がうっすらと浮かびあがっている。


 ジェガは鼻の穴を全開にして大きく息を吸った。


「ひょー! やっぱこの獣人NPC、スベスベやわわな太ももしてるわー!」


 ジェガはシエラと目を合わせた。


 シエラはすぐに視線をそらして、バムの羽交い締めから逃れようと暴れだした。


 ジェガは掴んでいたシエラの片脚を手放し、少しだけ彼女から離れた。


 シエラの瞳には、恐怖と嫌悪と羞恥心が混ざっていた。


 それに片足を持ったときの重量感と指に残っているやわらかな肌の触感。


 VRではけっして味わえない匂い、触感、重み、抵抗感、弾力感、肌感。あらゆる感覚がXRPGでは味わえると聞いていたが、実際、その通りだった。


「ぶへへ。そうだ! うずめよう!」


 ジェガは食らいつかんばかりにシエラの太ももに顔を近づけ、唾液まみれの舌をレロレロとのばす。


 シエラの瞳が恐怖で見開かれ、その唇が震えた。ジェガの唾液交じりの吐息が彼女の肌に触れようとした瞬間—— レオの視界が真っ赤に染まった。

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