第34話 天蓋の向こう

 チェリッシュの森南西部、チェリッシュの木里から二時間ほど歩いたところに、〈コ・パルテの星跡ほしあと〉がある。


 バムに導かれ、レオとシエラはその場所へと向かっていた。


 宿屋『ネルルの樹』に立ち寄るプレイヤーたちの間では、よく話題に上がる場所だという。


 コ・パルテの星跡は神話の時代、天空に浮かんでいた城塞都市の残骸といわれている。今なお都市の一部の機能は生きており、何かを守るように外部からの侵入者を拒み続けている。


 プレイヤーたちの間では、この星跡は〈LW78号遺跡〉として知られている。この呼び名は、プレイヤーたちの世界にも似たような遺跡がいくつも存在することに由来する。


 LWとは「光を織る者」――Luminoth Weaver(ルミノス・ウィーバー )の略称で、神代に存在したとされる古代人のことだ。その正体については多くの謎に包まれている。骨などの遺物はいっさい見つかっておらず、その姿形や、突如として姿を消した理由も不明のままだ。


 星跡の最大の秘密は、古代の叡智が封印された〈キューブ〉の存在だ。このキューブは数百年先を行く技術の結晶とされ、プレイヤーたちの世界では、各国がその発見と回収にしのぎを削っている。


 無意識のうちに、レオは胸元に手を当てた。父から託されたキューブ〈ノア〉のことを思い出していた。


 思い返せば数週間前、この世界の技術について貴重な情報を得る機会があった。


 『ネルルの樹』名物のカムラント酒を片手に、顔を赤く染めた髭面の男、カネモトが話しかけてきた。


「おいレオ、お前が好きそうな話をしてやろう。俺たちの世界にはな。飛行機ってのがあるんだ。ちょうど十年前、LW12号遺跡から見つかったキューブを解析した結果、見つかったんだなこれが。どうだスゲーだろ?」


 男はかなり酔っていたこともあって、肝心の飛行機についての説明を忘れていたが、こちらとしては、すでに知っていることなので問題ない。


 それでレオは訊いてみた。


「エンジンはなに? ジェット?」


「お? そんな高度な質問をするとは、さてはおまえ天才だな? エンジンはプロペラだよ。ジェットエンジンはまだ実験段階なんだが、あと数年もすればエンジンはジェットに置き換わるな。なんてったって、この俺が開発にたずさわっているんだからよ。あ……、いやなこと思い出しちまった。ダイブアウトしたら、二十六番から手順を見直さねーと」


「ふうん、じゃあ宇宙船はあるの? もしくは開発中とか」


「うち、うちゅせ……、あ? なんてった?」


「う、ちゅう、せん」


「ああ、宇宙船な――」


 カネモトは額の汗を拭い、笑いをこらえるように口元を歪めた。


「映画やどっかのゲームにあったな。そんなの」


「おじさんのところでは作ってないの?」


「レオ。ヴァカか、おまえは~。どうやって宇宙に行くんだよ? こう、船がふわふわ~フワーと浮くのかぁ?」


 男は椅子から尻を浮かせ、手に持っていた木製のジョッキをゆらゆらと持ちあげた。


「だいたいだな、宇宙には空気がねえんだ。知らねーけど。あとな、人は天蓋てんがいより上に行けねえんだ。そういう決まりだ」


「宇宙船ができたら行けるんじゃないの?」


「レオよぉ、おまえもオーロラ・センチネルの神々を信じてるなら知ってんだろぉ? 地球は天蓋に覆われているんだ。天蓋から外に出ることは許されてないんだよ。神書しんしょにそう記されてるだろ?」


 レオは遠目をし、記憶をたどってみたものの――、


「あったっけ? そんなの」


「カーッ! この不届きもんがあ。ウェ――」


 酔いのせいか、一瞬言葉に詰まり、


「仕方ねえ。トルテアちゃ~ん! 神書いっちょう!」


 厨房のそばで同僚の半妖精族の女の子と話していたトルテアは、「はあ?」という素振りを見せるが、常連さんの要求に応えるべく、小さなため息をつくと棚へ向かった。


「はい。大切に扱ってくださいね」


 トルテアは緑色の紐で綴じられた分厚い本を差し出した。


 書物は貴重なものであったが、ネルルの木里は街の特性からか、本の数は多く、識字率もほかの地域に比べて高い。


 トルテアが神書をカネモトに手渡そうとすると、カネモトはジョッキを持っていないほうの手でレオを指差した。カネモトの口は飲むのに忙しそうだ。ひげに泡がこびりついていた。


「レオが見るの?」


「そうみたい。ね、トルテアは天蓋って知ってる?」


「もちろん! 神書では、さいごのページね。……ほら、ここ」


 トルテアは目的のページを開くと、そのままレオに神書を手渡した。


 そのページには、目にしたことのない記述があった。


『天空は天蓋によって閉ざされ、人々を守る。天蓋を超えることは神の領域を侵すことであり、人は決して超えてはならない』


 ページをめくっていくと、天蓋の向こうにある「星の海」や「未知なる存在」についての記述が続いていた。どれもレオの知らない話ばかりだ。


(千五百年もの間にきっと、天球儀船独自の話が書き加えられたんだ。ん――?)


「なに? トルテア」


 神書に見入っていると、すぐそばにトルテアの顔があった。


「真剣に考えてるレオもカワイイなぁ、って」


「はやく仕事もどったほうが、いいんじゃない?」


「そうだ! お仕事終わったら、お姉ちゃんと水浴びに行こっか?」


 トルテアが、「にへへ」と不敵な笑みを浮かべている。尻尾が期待に満ちた動きで揺れた。


「いやだよ」


 レオはきっぱりと断った。


 カネモトが「あ、空っぽ……」とジョッキを逆さまにして見せた。


「トルテアちゃ~ん! 同じヤツもうっぱいね~」


 トルテアは「ひっ!」と胸を隠し、足早に厨房のほうへと消えていった。


 レオは神書を閉じ、深く考え込んだ。もし天蓋を超えることが禁忌なら、宇宙からやってきた自分は何者なのか。そしてPPケプラーはこの世界の秘密を知っているのだろうか。


 バムの後ろ姿を見つめながら、レオは静かに歩みを進めた。

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