第21夜 恋人
【私立
(な……なんでこんな事になってんだ?)
楓は朝陽の照らす校舎の前で呆然。
昨日の夜のことだ。
楓がお風呂を出て部屋に行くと葉霧がいたのだ。
しかも、部屋の床にはボストンバッグ。それから、楓の服。バスタオルなどそれらが置いてあった。
「なにしてんだ? 葉霧。」
楓は、自分のパーカーを畳む葉霧にそう聞いた。
「楓。明日から二泊三日で学校に行くから。」
「え? 葉霧が? 泊まりで?」
葉霧は溜息つくと、顔をあげた。首にタオルを巻いた楓がきょとんとしている。口まで開けて……酷く間抜けである。
「俺だけだったらなんで、楓の支度をしてるんだ?」
楓は呆れた様な葉霧の顔を見ながら座る。床に。ぺたんと。
胡座かく。
「あ。オレも? え?? それマズくねー??」
「今週は……新月の周期だろ? 気になるなら、キャップでも被ってればいい。」
葉霧がそう言うと、目の前の楓は窓の方に視線を向けた。レースのカーテンの向こう側。空に浮かぶのは、薄い三日月だ。
新月は近い。
フゥ………
溜息をつく。
深く。
「え? なに? どーかしたか?」
楓は視線を葉霧に向けた。
不安そうに顔を覗き込む。
「それにいい機会だ。」
葉霧はパーカーをバッグに詰めた。
「いい機会??」
「楓。下着類は自分でやれ。」
葉霧にそう言われて楓は床を見る。床には楓のランジェリーが、散らばっている。
「え?? 出したんならやってくれてもいいじゃん! 出したんだろ? BOXから!」
「出しただけだ。勢いで。」
葉霧はこの部屋に入り、服をクローゼットから引っ張りだした。そのついでに、勢いで下着類も引っ張りだした。
楓はブラジャーを掴むとびろーんと広げた。葉霧にむけて、ピンクのブラジャーを広げた。
「葉霧の、畳むんだけどな~……オレは。」
「は?」
楓の甘えたような声に、葉霧は視線を向けた。
ブラジャーを広げたまま。
上目遣いで葉霧を見る。
「貴女の~……パンツ。畳んでるのよ? ワ・タ・シ。」
ぱちくりと瞬きしながら鼻に掛かった声でそう言った。
葉霧の右手は飛んでくる。
楓の顔を摑む。
正に、アイアンクロー。
「その顔やめろ! イラつく」
「イデっ!! 痛い! まじ痛いっ!!」
ふざけた分の制裁は、即座に実行される。
そんな事があった………翌日のことである。それが……現在だ。
(まさか………ホントに来るとは………)
楓は、校舎を見上げていた。白い校舎は太陽の光に照らされキラキラと出迎えている。
「楓。行くよ」
ボストンバッグ二つ。
手に持ちながら葉霧は爽やかに振り返る。
(葉霧は……太陽も似合う。キラキラだ。)
朝陽に輝く綺麗な顔をぼ~っと見ている。
(いやいや。違うだろ!)
楓は校舎に入って行った葉霧の後を追う。
静まり返る校舎の中。下駄箱の前で、葉霧は楓にサンダルを履かせる。
「楓の靴はここで。」
自分の下駄箱に履いてきたスニーカーをしまう。
「てか。なんで?? なんで学校なんだ? しかも、二泊三日!」
詳細は聴けずじまい。
葉霧と色違いのスポーティなサンダルだ。
因みに楓はピンクを買われた。❨本人的にはブルーをチョイスしたのだが、葉霧に却下されて、ピンクに落ち着いた。❩✳因みに茶碗や箸も葉霧チョイス。
葉霧は黒。
「それは頼まれたからだ。」
「だから! それを聞いてるんだよ。葉霧くん。」
(あ~もう。なんか頭イタくなってきたな~……。この誤魔化し王子!)
葉霧の渾名はたくさんある。楓がテレビを観ては、感化され言葉を覚えるからだ。
王子と言う言葉もその中の1つだ。
下駄箱の奥はエントランスホールだ。
円形の天井。天窓にはステンドグラス。
空から降り注ぐ色彩あざやかな光は、ホールの中央に建つ石膏の女神像を、照らす。
白基調の壁や床。
何処と無く西洋風の造り。
光沢ある床を二人は歩く。
「今日から二泊三日。演劇部が合宿をする。」
下駄箱から廊下を歩き右奥。葉霧は渡り廊下に出る。雨風凌ぐ針葉樹に、囲まれた渡り廊下だ。円柱とドーム型の屋根。
本館と別館を繋ぐ。
「えんげきぶ??」
(また、わかんねぇ言葉が出てきたな……)
楓は顔を顰めた。
「ああ。その演劇部の事を調べる。それが目的だ。」
渡り廊下のドアを開ける。
両開きの扉だ。
チャペルの入口に似ている。
「あ? 潜入してんのか? コレは。」
「違う。頼まれ事だ。」
「調べるんだから潜入だ。」
渡り廊下を抜けると別館だ。
広い廊下。窓ガラスから射し込む太陽の光にキラキラとしている。照明の入らない明るい廊下だ。
「んで? そのえんげきぶ。ってのがどうしたんだ?」
静まり返る廊下には、楓と葉霧の足音と声しか響かない。楓は、溜息交じりにそう言った。
荷物は持って貰ってるから身軽だ。
「どうも……話を聴く限りだと、ちょっと変わっている。」
葉霧は廊下を歩き階段に向かう。このまま進むと、学食やコンビニ。売店がある。
階段をあがりながら楓は吹き抜けの天井を見上げた。
(………高っ!!)
吹き抜けの周りを階段が囲む。
「変わってる。ってなんだ?」
二階に上がると葉霧は左側の廊下に向かう。広い廊下だ。直ぐに部屋が幾つも並んだ通路に出た。
「練習中の舞台の上で、部員の一人が奇妙な行動をするらしい。」
葉霧はビジネスホテルのドアの様な部屋の前で立ち止まると、バッグを床に置いた。
フリース素材のカーディガンのポケットから鍵を取り出す。
「奇妙?」
「ああ。」
【201】
左奥の角部屋だ。
そのドアを開けた。
中はホテルの様な一室であった。
「は?? なんだここ?」
入って楓はあんぐりと口を開けた。
「俺達の部屋だ」
葉霧は中に入る。
レースのカーテンが掛かった窓から明るい陽射しが射し込む。
セミダブルベッドが一つ。
鏡のついたデスク。
テレビ、簡易冷蔵庫。
バストイレ。
楓は一つ一つ見て回った。
シングルルームではあるが広い。二人でもゆったりと過ごせそうな部屋だった。
二人掛けのソファーもある。
葉霧はテーブルの上に鍵を置くと、クローゼットを開けた。大き目のクローゼットに簡易的なBOX。
小物や服を入れられる様なサイズだ。
「あのさー………」
「ん?」
荷物を片付ける葉霧に楓はベッドの前で話掛けた。
「なんでベッドが一つなんだ?」
「シングルルームだから。」
葉霧は即答。
自分の荷物に楓の荷物も片付けている。ハンガーに服もかけている。
「え? いや……」
(おかしいだろ!!)
楓はベッドの前で顔が真っ赤だ。
葉霧は立ち上がるとクローゼットの扉に手を掛けた。
「ああ。一緒に寝たくないなら、楓はそのソファーで寝ていいよ。」
にっこりと微笑む葉霧。
セミダブルベッドの横。大きな窓の側にあるソファーだ。
「えっ!? 逆だろ! フツー!」
「何で? 俺はそのソファーじゃ、寝られない。小さい。」
葉霧は涼し気にそう言った。
(な……なんなんだ? なんでこー………天然なんだ?? いや。コレは悪意か? わざとか? また魔性なのか!?)
楓は頭を抱えた。
葉霧といると、楓の思考は忙しい。
(面白いな。なんか喚いてるな。心のなかで。)
葉霧はくすくすと笑う。
クローゼットの扉を閉めた。
「楓。演劇部の様子を見に行くから」
楓は顔をあげた。
「あ。うん。」
気を取り直したのか、頷いた。
(へー………照れてたのか。なんだ。もうちょっと………。突っ込めば良かったかな。可愛い楓が見れたかもしれない。)
小悪魔的な悪意は着々と………。
楓を他所に、葉霧の中で芽生えていた。
部屋を出ると、葉霧は階段に向かう。
階段を登るのだ。
「で? その奇妙なのってなんだ?」
楓は階段を登る葉霧を追いながら話を振る。脱線してしまったからだ。
「ああ。」
葉霧は楓を横目、頷いた。
「少し調べてみたんだが……どうやら練習中の舞台の上で、急に奇声をあげたり、泣き喚いたり。ヘッドバンキング。を、したりするそうだ。」
葉霧は淡々とそう言った。
「ヘッドバンキングってアレだよな。」
楓はそう言うと立ち止まった。
両足開き、頭を思いっきり振る。
「コレ!?」
縦にブンブン!と振る。
髪を振り乱して、懸命に振った。
「楓。実践しなくていいから」
葉霧の涼し気な声にぴたっ。と、止まる。顔を上げればとても冷ややかな目で、見られていた。
ごほん。
楓は咳払いひとつ。
歩きだした。
「は? ソレは最早……病院行きのレベルなんじゃねぇか?」
「俺もそう思う。」
強く頷く葉霧。何事も無かったかの様に、二人の会話は始まった。
「葉霧。ふざけてんのか?」
「いや。何でこんな事に巻き込まれたのか。と、思うと酷く腹立たしい。」
(あ。怒ってんのか)
楓は納得した。
三階に着くと葉霧は廊下を歩きその部屋の前で立ち止まる。
「どうして!? あのお方は私を愛してくださったのに!」
部屋の中から声が聞こえてきた。
「誰かいるな。」
「稽古中だ。」
葉霧はしっ。と、自分の唇に指を立てて促した。楓に、静かにする様に。
ガラ……
静かに葉霧はドアを開けた。
稽古場はとても広い。
鏡張りの壁の前では、立ち稽古中の部員達の姿。動きやすい格好で、台本を手に稽古をしていた。その中で、台詞を言っているのは女子部員だ。
長い茶系色の髪を纏めて縛り、汗を光らせて台詞を読んでいる。身振り手振りで、演技の練習も兼ねているのか。
細い身体。だが、Tシャツから覗くラインはスタイルの良さを際立たせる。女性の特徴は強調していた。
(………葉霧。まさかあの胸のデカさに目がいってねぇだろーな。なんであんなピチっとしてんの着てんだよ!)
隣の葉霧と女子の胸元にちらちらと目がいく楓。女子のTシャツは、ボディラインを強調させる。
「何?」
葉霧は視線に気づいたのか少し強目に、楓を見る。
「べつに」
素知らぬ顔の楓。
(ん? あれ? アイツって……)
同じ様に後ろの方で様子を見てる男女たち。楓はその視線を感じたのだ。
ひらひらと手を振ってるのは灯馬であった。ブロンドの髪がとても目立つ。
くいくい。
楓は隣の葉霧のカーディガンを引っ張る。
袖を引っ張った。
「どうした?」
「あれ。アイツ……」
「ああ。灯馬か? 来てるよ。それは。生徒会だから。」
葉霧は手を振りにやけている灯馬を、軽く睨む。
(悪意に満ちてるな)
葉霧は溜息つく。
(せいとかいってなんだ?)
楓は首を傾げた。
「はい。それじゃ。ちょっと休憩~」
そんな声が稽古場に響いた。
場が和むと直ぐに駆け寄ってきたのは女子二人。葉霧の元に駆け寄ってきたのだ
「葉霧くん。本当に来てくれたのね?」
「休みの日にまで玖硫くんに会えるなんて得した気分」
(誰だ?? え? 近い!)
女子二人は葉霧に近寄り嬉しそうな顔をしている。稽古はしてないのか、汗をかいてる様子ではない。
「頼まれたからね。生徒会が。」
葉霧は微笑みつつそう強調した。
「葉霧くんも泊まるんでしょ??」
「ねぇねぇ。夜になったら自由時間あるから
遊ばない??」
葉霧の腕を掴む女子のその行動の後だ。
ずいっ!
楓は無理矢理。葉霧と女子の間に、割って入った。それもかなりむうっとしている。
「誰だ? お前ら。近いんだよ!」
(くそ! 腕離せ!)
楓は葉霧の腕を掴む女子のその手が気になって仕方ない。
葉霧は思わず口を手で塞いだ。にやけていたからだ。
(思った通りの反応だ。あ~……可愛い)
口を覆っているからか予想以上に、にやけていた。
「え? 誰?」
「葉霧くん? 誰なの?」
「つーか! 手! 葉霧にさわるな!」
しまいには、楓は女子の手を葉霧から離させた。葉霧の前に立ちはだかる。
「お。なんかおもしれーことになってんな」
灯馬はにやにやと、眺める。
「随分と積極的な姫様なのね~~」
(へぇ? 葉霧ってあーゆう娘がタイプなんだ。荒くれ者?? 的な)
夕羅は目を丸くしていた。何しろ楓は、黒ずくめだ。しかも頭には、キャップまでかぶってる。
唯一、デニムだけブルー系色だ。
勿論、水月と秋人もいる。
葉霧は手を離すと楓の肩に、ぽんっと手を置いた。女子たちに、目線を合わせる為に身体を屈めた。
「楓。って言うんだ。俺の恋人だ。」
葉霧は微笑みながらそう言った。
「えっ!?」
「恋人っ!?」
女子二人の声もデカいが、それよりも大きかったのは灯馬と夕羅であった。
かぁぁっ!
と、楓は頭まで血がのぼった。
(えっ!? これはもしや! ❨愛するということ❩のマキと哲也?? えっ!? 恋人!? 葉霧とオレが!?)
✳昨日、優梨と観た恋愛ドラマの事である。作中でマキと哲也は、恋人同士になったのだ。
「こら~。なにしてんの? 小道具チェックまだでしょー」
と、女子の声が響く。こちらを見ながら叫んでいる。白いTシャツにハーフパンツの眼鏡女子だ。
「はい!」
女子二人は顔を見合わせると慌てて立ち去った。
葉霧は楓の肩に手を置いたままだ。
身体だけ戻す。
(先走りすぎたか………。)
動かない楓をちらっと見ると、耳まで真っ赤。しかも首筋まで真っ赤だ。しかもちょっと身体も震えている。
(あ。もしかして………)
「楓?」
びくっ!!
葉霧の声にそれはそれは驚く楓の身体。全身がビクつくほどの、リアクションだ。
(可愛いな。照れてるのか。全身真っ赤だな。これは)
「嫌だった?」
葉霧は楓から手を離した。
楓はふるふる。と、首を横に振った。
ブンブンだ。
葉霧はくすっと微笑むと楓の頭にぽんっと
手を置いた。
「コッチ向けば?」
「ムリ」
楓は俯いたままだ。
「なんで?」
「………ハズい………」
ぼそっと、楓はそう言った。
「そうか。」
葉霧は楓から手を離すと、腕を掴む。そのまま手を引き……稽古場から連れ出した。
「大胆だな。葉霧のヤツ……」
秋人は驚いていた。
「なー? も~ちょい。スマートなのかと思ったけどな。強引だな。」
灯馬はフッと、笑う。
(まー。人間らしいけどな)
稽古場から少し離れた廊下に出る。
葉霧は楓の腕を掴んだまま、顔をあげさせた。真っ赤な顔で今にも泣きそうだった。
葉霧は楓の頬を掴んだまま……そっと。
唇を重ねた。
楓の唇に。
(…………え??? な………)
やわらかな感触と頬を撫でるその指に楓は目を閉じた。
重なった唇を感じていた。
葉霧は唇を離すと楓を見つめていた。
離れた事を知ると楓はゆっくりと目を開けた。
「聞いたんだ。次郎吉くんから。」
葉霧は楓の頬を触れたままだ。
「え………?」
強い眼差しを葉霧は向けていた。
「楓が……居場所を探してるって。」
葉霧の強い眼差しと、その強い口調に楓は目を丸くした。
葉霧は楓の首筋を掴む。
瞳は近づく。
「楓の居場所は……俺の傍だ。それ以外無い。」
「は………葉霧………」
楓が名前を呼ぶと、葉霧はもう一度。
楓の口唇を塞いだ。
まるで……確かめるかの様にキスを落とした。
(………葉霧…………)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます