第13夜 吊り橋効果??
「ごめんねー。お腹空いたよね。直ぐに用意するから。」
優梨はビニール袋を引っ提げ台所に入る。
ようやく話も一段落ついたところで、夕飯の支度だ。
葉霧はその後ろから台所に出てきた。
「いや。遅くなってすまない」
葉霧はジャケットを脱ぐと台代わりに使用しているテーブルの上に畳んで置いた。
ワイシャツの袖を捲くる。
「手伝うよ」
「いいわよ。疲れてるんでしょ?」
葉霧は優梨から離れるとシンクの水を出した。手を洗う。
「疲れた顔。してるわよ。」
優梨はその後ろでテーブルの上にビニール袋を置くと中から食材を取り出した。
手にしているのは挽き肉だ。
豚肉と牛肉の挽き肉パック二つ。
帰りに商店街に寄りちゃんと買ってきた。
「最近……色々あるからだ。」
葉霧はそう答えるとタオルで手を拭いた。
くすっと優梨は笑う。
「そうねー。可愛い娘にも懐かれちゃってるし?」
「可愛い娘?」
葉霧は優梨が作っていたのであろう。
台の上に置いてあるボウルを覗く。細かく刻んだハムやキュウリ。それにじゃがいもが崩して混ざってあった。まだごろごろしている。
ポテトサラダである。
葉霧は側に置いてあるマヨネーズを手にした。
「やーねー。わかってるクセに。」
「検討がつかない」
優梨は挽き肉と玉ねぎを混ぜ合わせながら笑う。葉霧はクスクスと笑うその声を聞きながらヘラで丁寧に、ポテトサラダを混ぜていく。ボウルを押さえながら。
「葉霧くんがいないと退屈そうよ~……時計とか何回も見ちゃってるし。今日だってお迎え頼んだら、もうそれはそれは。嬉しそうにしちゃって」
優梨は笑いながらボウルに卵を割っていく。
こんこんとボウルの端で卵を叩き片手で器用に割る。用意してある小さなボウルに殻を置くと四つ。卵を割った。
「まさかと思うが、楓か?」
葉霧はヘラを持つ手を止めた。
振り返る。
(可愛い?? アレのどこが?)
とても訝しげでいて不服そうである。
その表情は。
「他に誰がいるのよ」
優梨は真顔だ。
きっぱりと言い切った。
「いや……」
葉霧はボウルに視線を向けるとポテトサラダを混ぜる
(そもそもの捉え方の違いだ)
「あの時だって……気を失ってる葉霧くんを抱えて帰ってきて。温めながら……とても哀しそうな顔をしてた。」
(あの時? ああ……凍死しそうになった日か)
優梨の声を葉霧は黙って聞いていた。
ポテトサラダを混ぜながら。
時折、塩コショウを振る。
「“巻き込んだのはオレのせいだ”。そう言ってたのよ。楓ちゃん。」
葉霧は手を止めた。
「楓が?」
「ええ。来るとは思わなかった。そう言ってた。」
優梨はハンバーグのタネを混ぜ合わせながら話す。
「あたし……思ったんだけど。人を思う気持ちって、鬼とか人間とか関係ないのね。きっと……」
優梨はタネを手で捏ねる。
カタチを整えながら。
「その人を思う気持ちに関係ないのよ。葉霧くんもそうでしょう?」
ポンポン……
優梨はタネの空気を抜く為に手と手で投げながらそう言った。
葉霧はフッ……と笑うとポテトサラダを混ぜていたヘラを置いた。
「そうかもしれないな。」
(出逢った時から予感はあった。でもそれが何なのかはわからない……)
「葉霧~。オレも手伝うよ」
台所に入って来たのは楓だ。
しっかりとパーカーを袖まくっている。
「楓ちゃん。ハンバーグ焼こうか?」
「え? まじ?? やりてーかも!」
楓は優梨の方に行くと一緒にガス台に向かう。
葉霧は嬉しそうな楓の顔を見ながらボウルを取る。
「焦がすなよ」
「失敗は成功の元ッスよ!」
「失敗前提か?」
テーブルの上にボウルを置くと葉霧はお皿を取りに食器棚に向かう。
そこから適当なお皿を取る。
「オレ絶対。料理ウマくなるからな。“胃袋掴む”って言うんだろ? そーゆうの。」
葉霧はポテトサラダをお皿に盛りながらきょとんとした
「そうよ~。男はね。胃袋さえ掴んどけは何とかなるのよ」
優梨はフライパンを温めながらそう笑う。
(誰の胃袋を掴む気だ)
葉霧は聞きながらお皿に丁寧に盛り付けている。
「だってさ! 葉霧!」
「は?? 俺か?」
葉霧は振り返った。
「他に誰がいるんだよ。葉霧だってオレが料理ウマくなったら、嬉しいだろ?」
「下手なのよりはいいな。それは。」
楓はオイルを垂らしフライパンを回しながら満遍なくオイルを広げていく。
優梨は隣でバットを用意している。
微笑ましそうな顔をしながら。
「だろー??」
嬉しそうな笑い声を出しながらハンバーグを並べて行く楓を、葉霧は見ていた。
(可愛い……か。確かに……)
「??」
葉霧は直ぐにハッとした。
(いやいや。何かに呑み込まれてる気がする。これが“吊り橋理論”か? もしかして……)
❨吊り橋効果、吊り橋理論とは、心理学の実験で吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じるような場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のこと。❩である。
じゅ~・・・
ハンバーグの焼ける音と楓の楽しそうな笑い声は台所に響いていた。
そしてそれを微笑ましそうに見つめる葉霧もいた。
覚束ないながらも優梨に手伝って貰いながらハンバーグを焼くその姿は……。
健気な少女の様であった。
時折、葉霧が覗くと恥しそうにしつつも頬をほんのりと染めて笑う。
それは至ってシンプルな微笑ましい少年と少女の姿であり、やり取りであった。
愛しみ……
慈しみ。
優しい時間は流れてゆく。
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