楓と葉霧のあやかし事件帖1〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第1章 ヒト喰い鬼と退魔師

第1夜  御神木の桜

 ーー【蒼月寺そうげつでら


 東京都新宿にその寺はある。


 繁華街と呼ばれる通りから少し離れた住宅街。


 アパートや一軒家。

 マンションなどが多く建ち並ぶその一角。昔ながらの日本屋敷は突如現れる。


 門構えのある屋敷は周りを塀がぐるっと囲む。そこだけまるで時代が戻ったかの様な佇まい。立派な屋敷だ。


 入口でもある門には表札。

玖硫くりゅう】と、掛けられている。


 門を潜れば出てくるのは古めかしくはあるが歴史を感じさせる寺社。

 その隣に母屋と呼ばれる日本家屋。


 境内には大きな【桜】の樹だ。

 一本桜である。

 淡桃の花を満開に咲かせた桜は目に入る。


 寺社の脇に見事に咲き誇るその姿は圧巻だ。


 母屋の前には庭園。

 これまた見事な日本庭園だ。


 鯉の泳ぐ池。

 清流を汲み打ちカコン……と風流な音をたてる鹿威し。静かな音をたてる水流で緩やかに揺らぐ水面下には錦鯉たちが優雅に泳ぐ。


 庭園を見渡せる広い和室では大きな和テーブルを囲み食事する者たちがいる。


 この家に住む者達だ。


 座奥にいる老女は茶を啜り、湯呑を持ったままその視線を、斜め前に座る少年に向けた。

 その瞳は……ブラウンを滲ませる黒。



葉霧はぎりかえではどうした?」


 少々……低めの老女の声が穏やかな食事風景に響く。


 和テーブルには4人。

 だが一つ用意されてはいるがまだ来てないのか手付かずな状態の食事がある。


 少年の隣に用意されたセット。紅鮭の焼き物。ピンクの桜模様の白い茶碗。漆塗りのお椀。茶碗とお椀は伏せてあり、箸置きにピンクの箸。箸置きも白い陶器にピンクの桜の華が描かれている。


 ここに座るのはどれ程……可愛い娘なのかと想像してしまう……可愛いらしいセットである。


「さあ? している訳じゃないからね。俺は。」


 淡々と話す少年は


玖硫葉霧くりゅうはぎり

 高校2年生のこの家の長男である。



 端整な顔立ちをしているが、その表情は無表情に近い。明るめの紅み掛かった茶髪。光に当たると紅く見える。線の細い髪質は煌めいて見える。整い過ぎた・・顔立ち。まるでCGの様に造りあげた様な顔立ちだ。


 東洋の和風な造りではなくどこか洋風。 気品すら滲む美少年。胡座かいて座るその佇まいすら凛として美しい。最早、持って産まれた高貴さが漂う。華のある少年だ。


 

「全く。また何処ぞで彷徨きでもしておらんと良いが・・」


 渋い表情をしている老女はこの家の当主だ。少年の祖母に当たる。苗字がそのままなのは婿を取ったからだ。


 小柄な身体つきの鎮音は鮮本紫ほんむらさきの、染めに白い牡丹の華を柄とした着物を着ている。紫根染のあざやかな紫色。 白い素肌と、その美人顔によく映える。白髪混じりの髪は纏めてあり、身体はとても小柄で可愛らしい。

 

一見……お洒落な老女なのだが……。


 その眼はとても厳しさを持っている。辛辣な言葉を並べそうな表情。 見てわかるのは近づきたくない。正に、それである。


 近づいたら最後・・心がへし折れるまで駄目出しをされる。そんな雰囲気を醸し出している。


 だからか、人相がとても悪い。綺麗な孫がいるのだから、さぞかし若い頃は美人であっただろう家系すらも、微塵も感じさせない。



 この蒼月寺に【】が棲み着いたのは今から2週間前のことである。


 ✣

          


 その日は葉霧にとって春休み最後の日であり朝から天気も良く穏やかだったので普段、手入れの行き届かない所を掃除しようと訪れた事が始まりだった。



 御神木と呼ばれる大きな桜の樹。

 その裏に【蔵】はある。


 木造で古びた蔵だが寺の歴史など玖硫に所縁ある文献など書物がしまってある蔵だ。


 バケツと雑巾。

箒にブラシ。万全の体制で訪れた葉霧は白い壁に箒とブラシを立て掛けた。



 蔵と言ってもそんなに立派な物では無い。

鍵もついておらず納戸の様なドア。ガタついているのか開けるのに少々梃子摺ってはいたがドアは開いた。


(埃と黴臭いな・・。まあ。普段から掃除してる訳じゃないからな)


 バケツと雑巾。

 中に入ると床に置く。

 水もちゃんと汲んできてある。


 蔵と言うより小屋に近い。いちお……玖硫の歴史が置いてあるのでと、呼んでいるだけだ。然程、広くはない室内に無造作に物が置かれている。



 光は行き届く。

 天井の側に窓がある。

 そこから陽射しが射し込んでいた。



 蜘蛛の巣の張った天井。

 埃被った段ボール箱。

 ざっと見ても高価そうな物は無さそうだ。


(……掃き出した方が良さそうだな)



 木板の床はうっすらと白い。

 埃が被っていた。


 一度、蔵から出ると表に立て掛けて置いた箒を手に中に戻る。


 さっさっと床を掃く。

 立ち上る白い煙。

 埃だ。


 ごほっ……


 咽る。


(マスクを忘れるとは……)



 掃除用具は持ってきたがマスクはしていない。



 物が無いスペースの床を掃き出しながら奥に進む。段ボール箱が積み重ねられたその床にこれまた無造作に置かれていた木箱に、視線が向く。


(……何だ? 何か貼ってあるが)


 箒を床に置くと手を伸ばす。

 床の上にただ置いてあっただけの木箱だ。


 長方形の何てことは無さそうな木箱。

だが、その蓋にはまるでをしてあるかの様な白い紙のようなものが貼り付けてあった。



(御札に見えるのは気の所為か?)



 白い紙は御札に似ていた。何やら書いてはあるが読めそうには無かった。


 なんてことは無しに蓋を開ける。


 ぴりっと封をしてあった御札は破けた。

 木箱を開けると中には煌めく蒼い勾玉が入っていた。


(勾玉……紐がついているが)



 木箱の中に納めてあったのは黒い紐のついた勾玉だ。葉霧は手に取ると床に木箱を置いた。



 黒い紐に通してある穴の開いた勾玉は眺めるとより一層蒼い宝玉の様に煌めいて見えた。何とも美しい宝石の様であった。



 葉霧が勾玉に見惚れている時だ。

 桜の樹の上から真っ逆さま。

 頭から落ちてきた。は。




 どすん。




 それは後ろから聞こえた。

 何かが落ちた様な音だった。


 葉霧は勾玉を持ったまま振り返る。


 外だ。



「いってぇ~~~」



 丁度、桜の樹の下だった。

地面に座り込み頭を擦りながらしかめっ面をしている。【少女】が居たのだ。


 葉霧は立ち上がると外に出た。



「いつからそこに?」



 驚いている様子は感じられない。

桜の樹の下に座り込んでいる少女に葉霧は声を掛けた。



 それも目の前に立って。



「は? 今だ。気づいたら。」



 少女は顔をあげる。

蒼く煌めく絹のような髪……。セミロングのさらさらの髪。そして……煌めく蒼い眼。

白く……雪の様に透き通る肌。シャープな顔立ちに、大きな眼。だが……その眼はとても鋭い光を放つ。眼ヂカラの強い大きな眼だ。とても美しい少女であった。


「それ……だよな? 人間じゃないのか?」



 葉霧は少女の頭にくっきりと生えているツノを見るとそう聞いた。そのブラウンよりちょっと明るめの瞳は、少し丸くなる。

 一本の白い角が見事に生えていたのだ。頭の上だ。にょきっと生えている。


「あ? なに言ってんだ。お前。オレはだ。生えてるだろ。」


 少女……は立ち上がる。


「鬼? 確かに……そのはちょっと時代錯誤な気もするが、余り人間と代わり映えしない姿だな。」


 落ち着いた口調。

 冷静そのものな表情。

 動揺する素振りもなく鬼の姿を眺める。



 鬼は装束を着ていた。歴史の教科書などでよく見掛ける平安時代の貴族が、着ている様なものに似ている。直垂と言われる装束に似ていた。全体的にシャープで、袴も細い。足首辺りできゅっと、結んであるから少しだぼっと視えるが……とても軽装であった。黒一色。そこに蒼い帯の様な布が腰に巻きつけてある。装束とは少し異なった服装であった。


 手元には長い爪。それもかなり鋭く尖った爪だ。それに素足で、足にも長い爪。

 

腰元に巻いた帯に挿し込んである


葉霧はそれに視線を向ける。



「刀か? それ……」



 鬼はそれを聞くと腰元に挿してある刀に視線を落とす。鞘だけ見ても腰から足までの長さはある。



「ああ。愛刀だ。だ。」


 すっと鞘から刀を抜いた。


 刃先を葉霧に向ける。


「夜叉丸?」

「コイツの名だ。」


 銀色に光る鋭い刃先。それを向けられても葉霧は動揺する素振りは無い。


 鬼は刀を鞘に納めると


「お前。だな?フツー…オレを見たらビビるぞ? 鬼だぞ。オレは。」


 少女……であるのに…【オレ】と言う。だが、葉霧はそこに突っ込む気配はない。


 反対に驚いているのは鬼の方であった。目つきは鋭い。猫目に近い大きな眼が葉霧を見据えた。蒼い眼がぎらり。と、煌めく。瞳は黒っぽいが人間で言う白目部分が蒼い。



「寺の息子だから。かな? それに……。俺はを、前にも事があるんだ」

「鬼か?」

「いや。達磨だった。」



 飄々としていて淡々とした物言いは変わらない。葉霧はその表情も涼し気だ。


 鬼は肩に掛かる蒼い髪を揺らす。それはあっはっは。と、笑った事で肩が揺れたからだ。


(牙もあるのか)


 口を開けて笑った鬼。その両端には牙があった。だがまるでの様な牙であった。大きくもなく長さも他の歯より少し大き目程度であった。八重歯が少し長い。その程度で、口からはみ出す程ではない。



 だからか……葉霧は涼し気な目元を見開く。


「鬼は人を喰らう。と、聞いた事があるが……。君のそのじゃちょっと無理そうだね。」

「へ……?」


 笑っていた鬼の口は閉じた。

 表情が硬直した。


(こいつは驚いた。オレを見てビビるどころか……鬼の存在意義まで理解してる。ふ~ん。面白れーじゃん。)


 にやっと鬼の口角はあがる。



「あ。先に言っとくけど。俺を食べてもよ。俺は君の体質には合わない。」


 葉霧のその言葉にやはり驚いたのは鬼だった。その顔は何処と無く間抜けであった。



「え?」

「俺は……退魔師たいましの子孫だからら。」


 口をあんぐりと開けて鬼は葉霧を見ていたが突如。



「えぇっ!? マジかっ!?」

「マジだよ。」




 と、素っ頓狂な声をあげたのだ。



「と、言ってもかなりの末端。君が知ってるかもしれない退魔師の様な奇術は、持ち合わせてない。だから、安心していいよ。」


 くすくす……と笑う。


 警戒する訳でもなく……馬鹿にしている様子も無い。鬼を前にして【ヒトを喰う】と言っても、彼は自然体であった。


 葉霧はそう言うと鬼に勾玉を差し出した。


「あ……そーなの?」


 鬼娘は安堵した様な顔をした。葉霧の警戒心の無さそうな優しそうな笑みに、そうなったのかもしれない。


 無邪気な笑顔を向けた。八重歯の様な牙が口元から覗く。


 だが、手渡された蒼い勾玉を見ると


「ん? え?? コレ! 何処にあったんだ??」


 酷く驚いたのか目を丸くしていた。

 葉霧の顔を見上げたのだ。

 

身長差がとてもある。葉霧は180越え。鬼娘は……155ぐらいである。


「君の。だよな? きっと。を、出したら君がいた。」



 勾玉を受け取った鬼を見据える。

 その瞳は……疑いすら持っていない。まるで、知っているかの様だ。



「ああ。なんだ。オレのだ。」


 鬼は受け取ると首から勾玉をぶら下げた。

 長い爪がぶつからない様に器用に指を動かしている。


 その指で勾玉を掴むと見つめにやっと笑う。


「これさえあればオレはだ! お前は、面白れー人間だったがここで会ったが最期。」



 鬼の眼はがらりと変わる。

 さっきまでのちょっと愛くるしい瞳ではなく鋭さを増した。


 ひゅっ・・と右腕を葉霧に向ける。

 その掌を開き突き出したのだ。


 葉霧はやはり動じる様子はない。


 動じたのは鬼だ。


「あれ?」


 ばたばたと右腕を上下に振り更に


「え? あれ? なんで?」


 と、目を見開く。


 その場の空気が静まり返った様になっていた。



「聞いてもいいか?」



 葉霧は腕を組む。

 その様子を見ながら。



「なんだよ?」

「何がしたいんだ?」



 鬼は右手を見つめていたがそう聞かれてその表情は変わる。

 焦った様な顔つきになった。



だよ! お前を一瞬で焼き尽くす鬼火がでねぇんだ!」



 ムキになってる様だった。

 必死な顔つきでそう怒鳴ったのだ。



「エンスト・・的な?」

「は?? なんだそれ??」



 ふぅ・・葉霧は一つ息を吐く。



「名前は?」

「は???」

「名前だよ。って呼ぶのもどうかと思うし。」



 鬼はきょとん。としていた。さっきまでの必死さは微塵も感じられない。それよりも余りにも冷静な葉霧の態度に毒気抜かれた様な顔をしていた。



かえで。」

「え?」


 聞き直されて


「楓だよ! オレの名前!」



 やはり瞬間湯沸器の様にムキになっていた。



「楓? そんな鬼じゃなさげな名前なんだな。」

「名前なんて人間が勝手につけるモンだ。オレは元々そんなの持ち合わせてねぇ。」



 楓の表情は、何処か暗く沈んでいる様に見える。さっきまでの勢いのある感じではなくなった。俯いたのだ。


「なるほど。楓にはみたいのが居た訳だ」


(語られる際に付けられた名前って訳じゃなさそうだな。確か鬼にはと付けられる名前が多いと……鎮音さんに聞いた事がある。)



 鎮音さんとは祖母の事である。

 彼はそう呼んでいるらしい。


「そんなんじゃねーよ。」


 不貞腐れた様な表情をした楓に葉霧は柔らかな微笑みを向ける。


「どっちにしても会わせたい人がいる。」

「え? 誰だよ?」

「いいから付いて来てくれるか?」


 葉霧は楓を連れて御神木のあるこの場所から離れた。



 これが葉霧と楓の出遭いであった。



         





























































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