忘れる方法8
その日の夜、私は夢を見た。
土曜日、カフェで笹倉さんと待ち合わせている。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たばかり」
「じゃあ行こうか」
笹倉さんの腕に私の腕を絡めて、歩きながら思う。
ああ、夢だ。
でももう少しこのままで。
私が願っても夢は長く続かない。駅に着くと笹倉さんは私に背を向けて、ひとり改札を通り抜けた。
「待って! 私も……」
思わずそう声を掛けたら、向こうを歩く彼が立ち止まって振り返った。
その顔は……あの人だった。
まだ若い、二十をちょっと過ぎた頃のあの人。
「千穂」
「……駿くん」
「千穂も来る?」
「私……行けないわ」
「じゃあ、さよなら」
そう言うとあの人はもう振り返らずに人ごみの中に消えていった。
追いかけて行けばよかったのだろうか。
それとも、そもそも呼びかけなければよかったのだろうか。
目覚めた私は、久しぶりに泣いている自分に気付いて驚いた。
もう感情などとうに死んでしまったと思っていたのに。
そしてゴミ箱の中からキーホルダーを拾い、もう一度食器棚の奥へ戻す。
笹倉さんの調査が終わって報告書を貰ったら、その報告書と一緒に今度こそ捨てよう。
それで本当に、本当に全部おしまいにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます