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 うつむいてたら、目の前にハンバーガーが差し出された。


「食べよっ」

「……おいしい」


 私の呟いた声が聞こえたのか、美人店長さんがカウンターの中でニコニコだ。

 出来立てのハンバーガーはとっても熱くて、優しい味がした。

 持ち帰りのお客さんの為に、今も奥のキッチンではジュウジュウという音といい匂いがする。


「紗季は自信なさすぎだよ。大丈夫だって」

「でも、先輩に怒られたら私……」

「一緒について行ってあげる。もし理不尽に怒ったら、私が紗季の代わりに怒鳴ってあげる」

「だめだよ、紬ちゃん。紬ちゃんのことだからきっと、私が先輩のことす、す、好きなのに! とかって怒鳴るんでしょう?」

「ぐふっ」


 紬ちゃんが噴き出した。汚いなあ、もう。


「紗季も私のことがよく分かってるね。好きなら好きって言っちゃえば早いのに」

「あのー」


 美人店長さんがカウンターから出て、声を掛けてきた。


「思ったんですけど、その参考書、私がお届けしましょうか?」

「え? 店長さんが?」

「ええ。そんな分厚い参考書を落とすおバカちゃんな高校生にちょっとだけ心当たりがありまして」

「お、小瀬木先輩を知ってるんですか?」

「ええ、まあ。ほんとアホな子ですよね」

「先輩はアホじゃないです」

「いえ、アホだと思いますよ、ほんとうに」


 美人店長さんが大きな声で何度もアホを連呼していると、奥のキッチンからスタッフさんが出てきた。


「やめろよ、母さん」

「あらー、出てきちゃったの? 悠馬」


 悠馬?

 エプロン姿でマスクを着けているその人は、小瀬木先輩その人……。

 な、なんで!?


「ごめんね、佐藤さん。それを落としたの、多分俺の友達の山田。佐藤さんに拾わせたかったんだと思う」

「ごめんなさいね紗季ちゃん、うちのバカ息子がはっきり好きと言えなくてこんな面倒なことに」

「母さんっ!」

「はいはい」


 美人店長さんは肩をすくめてカウンターの中に戻っていった。


「ああそうだ。悠馬、三十分くらい休憩とっていいわよ。混む前に帰ってきてね」

「……さんきゅ」


 私が呆然とその場に立ち尽くしているうちに、一旦奥に消えた小瀬木先輩はエプロンをとって出てきた。


「ここに座っていい?」

「もちろんいいですとも」


 返事をしたのは紬ちゃんだ。


「さあさあ、紗季も座って」


 紬ちゃんに手を引っ張られるままに、私はポスンと紬ちゃんの隣の席にお尻を落とした。

 目の前に座った小瀬木先輩が深々と頭を下げる。


「本当にごめん。俺が悪いんだ」

「どうしてですか?」


 私の代わりに紬ちゃんが話してくれている。


「佐藤さん、いつも学校の帰り道で会うだろ。その話をよく友達の山田にしてたんだ。その参考書は山田に貸したんだけど……あいつ、字が汚ねえな」

「もしかしてこの名前を書いたのも」

「ああ、山田の字だ。佐藤さんの通るところにわざと落としたんだと思う。俺の為に」

「それって……」

「こんな場所でこんなタイミングで、ほんとごめん。佐藤紗季さん、俺と付き合ってくれませんか?」


 ◇◆◇


 その後のことは、実はよく覚えていない。

 小瀬木先輩は一生懸命何か言ってて、その横で紬ちゃんはニヤニヤしてて、美人店長さんは実は小瀬木先輩のお母さんで。

 私はただ声も出せずにずっと頷いていた。


 いつものように、落し物を一つ拾っただけですごく大騒ぎになっちゃった。

 けれど……。

 これが私の人生で最高の落し物運の話。


 ―了―

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