アカシックレコードと唄う 【マダム京子】

 リビングの窓から見える景色が白く輝いている。

 温暖化の進む昨今、温かい瀬戸内に面したこの町では滅多に雪も積もらない。けれど今年は珍しく寒い日が続く。まだ十二月だというのに今日はうっすらと雪が積もっていた。


 京子にとって雪は、良いことと悪いことが半々だ。

 高台の住宅街にあるこの家は、海まで見える見晴らしが素晴らしい。特に雪の積もった時は、まるでおとぎ話の絵本のさし絵のような風景が眼下に広がる。

 けれども一方でそれは下の街との隔絶を意味した。

 温暖なこの町で雪が積もったならば、京子のように反射神経に多少自信がない人は車には乗らない方がいい。そして歩いて買い物に行くならば、行きは良い良い帰りは……考えたくない。


 今は小さい子どももいないこの家では、冬になると石油ストーブを出すようになった。昔ながらの武骨なデザインと、温かさが部屋中に満遍なく広がるのが気に入っている。


 家事の合間に、エスプレッソにラムレーズンチョコを添えて、ダイニングのカウンターでほっと一息つく。

 一人で過ごすこの時間にさほど不満はない。けれど雪に閉ざされて家から出ないこんな日は、夜遅くに夫が帰ってくるまで本当に誰とも喋らないのだ。平気だけれど、少し寂しいような気もする。


「晩御飯、何にし……ごほごほっ」


 極々稀に独り言が口からこぼれるが、喋らない時間が長いとそれすらも滑らかには発声できず咳込んでしまう。


「思い切ってカラオケにでも行けばいいのかしら。でも……、雪だから外に出られないわね」


 こんな日は、アカシックレコードに抱かれるのもいいかもしれない。

 アカシックレコードとは、この世界の記憶。現在過去未来、有機物無機物に関わらず、存在するあらゆるものの経験がそこに集積している。

 そして誰しもがほんの少しのコツでその記憶に繋がり、世界と記憶を共有することができるのだ。


 夫婦二人で使うには広すぎるダイニングテーブルも、優雅な午後を演出するにはいい。スリムな蒼いフラワーベースに庭の南天を飾る。そして今日のアロマはローズマリー。スーッとする独特の香りが頭をシャキッとさせて前向きに元気に過ごさせてくれる気がする。

 肘置きに腕を預けて目をつぶると、京子は思い切ってアカシックレコードの深い海に飛び込んだ。


 今ではもうすっかり慣れたアカシックレコードの海を、京子は自由自在に泳ぎ回る。やがて楽し気な音楽が聞こえてきた。


「音楽はいいわね。私も歌いたくなっちゃうわ」


 一緒に歌いましょう。


 アカシックレコードが優しく誘う。


「そうね」


 京子は応えた。












「ドンドンドン、ドン、キー、ドンキーホーテー……」


 何でも揃って便利なっおみっせえー……



――了――

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