第5話 不自然なひとときに
テレビをつけてニュースをしばらく観ていた。
だが昨夜の騒ぎの事は何処のテレビ局でも報道していなかった。スマホを使ってネットのニュースを検索してみてもそれは同じであった。
炎上した車が橋から落下などしたら大事だ。当然、ニュースにはなる筈だと思っていた未冬は意外に思う。
「別に意外でもなんでもない。この街での情報は常にコントロールされているの。都合の悪いニュースは止められてしまう」
「その連中って一体、何者なんですか? それに何故、私を?」
「ちゃんと説明する」
「はい」
未冬はベッドの上に正座した。
「えっと……なんというか、まずは謝りたい」
「朝食のことならよいですよ。私もお腹すいてたし、それに使ったお金は凜夏さんのですから」
この娘は天然か……と凜夏は思った。
「いや、そっちじゃなくて、ああ、それも"ありがとう"なんでけど、今から言いたいことはちょっと違うの」
「なんですか?」
「奴らが君を捕らえたのは私の仲間か、取り引き相手だと勘違いしたからなの」
「仲間? 取り引き? 勘違い? えっ?」
未冬は小首をかしげた。
「君に声をかけたのは偶然そこにいたからなの。理由は、尾行してきた連中を混乱させるため。だけどそれは私のミス。結果、あなたに迷惑をかけることになってしまって本当にすまないと思ってる」
「他にも客はいたのに……なんで私なんですか?」」
「店内でひとり客は、あなただけだった」
「それだけの理由?」
「ええ、それだけ」
「でも私が断るとは思わなかったんですか?」
「それはそれで次の手は考えてあったけど、すこしばかり魔法を使ったの」
「魔法……?」
「そう、魔法よ。私の言葉から逃れられないように。そうね……マインド・コントロールみたいなものね。言葉とかではなく、
「そっか……魔法。魔法なんだ」
少し残念そうな顔をする未冬。
あれ? 思っていた反応と少し違う。
凜夏はもっと未冬が"魔法"という言葉に拒絶反応を示すと思っていた。それが思いの外、受け入れている感じがする。
「魔法……ん? 魔法? えーっ! 魔法ですかぁ!」
遅いよっ!
凜夏は心の中で突っ込んだ。
魔法を使えることを打ち明けられた未冬は興味津々だ。
「魔法で何でも出来るんですか?」
「なんでもはできない」
「鳩を出したり、トランプの数字を当てたり」
「それは手品」
「ホウキに乗って飛べる?」
「飛ばない」
「死んだ動物を生き返らせたりは?」
「無理」
「本当に魔法使いなんですかぁ?」
未冬は疑いの眼で凜夏を見る。
「……うん」
魔法使いだという告白に未冬が、どう反応するか心配していたが、思いの外、納得しているようだ。
しばらくの間、未冬は、凜夏に魔法について質問しまくっていたがそれも飽きてきたのか、そのうち何も聞かなくなった。
「満足した?」
「魔法使いか……それに不死……信じられないよ」
「世の中には君が知らないことがたくさんあるんだ」
そう言って凜夏はにこりとした。
「それより、ここにも長居はできない。逃げないと」
「ホテルを渡り歩くんですか?」
「そんなことはしないさ。実は仲間がいる。彼らに助けてもらう」
凜夏は携帯電話を取り出した。
それを見て未冬ががっかりしたような顔をする。
「仲間への連絡って……魔法使うんじゃないんだ」
「ま、魔法でもできるけど、こっちの方が早いし簡単なの!」
不死の魔女はむきになって言った。
「本当ですかぁ……?」
電話での会話を聞かせたくないのか、苛ついたのか、凜夏は、少し離れて小声で話し始める。
背を向けている凜夏を見ていると昨夜は、死にそうだったのが信じられない。
やがで凜夏は電話を終え未冬の方を向いた。その身のこなしに思わずどきりとする。
「ピックアップしてもらえることになった。ん? どうしたの? 顔が赤いよ」
「い、いえ、別に……それより、これでひと安心すね」
「うん……まだ少し時間がある。未冬、シャワーでも浴びたら?」
凜夏は腕時計を見るとそう言った。
「え?」
「ちょっと汗くさいし」
「うっ……」
ショックを受けた未冬は、そのままシャワー室に向かった。
未冬がシャワーに入ったのを見計らって凜夏はチョークで扉に何かを描きこむ。
それは奇妙な文字を組み込んだ魔法陣だった。シャワー室に魔法を施したのだ。
これでシャワー室は外部と時間の流れが十倍ほどの差ができる。未冬が5分シャワーを浴びれば外は50分が経ってしまうというわけだ。
「さてと……」
凜夏はバッグを持って部屋から出ていった。
シャワーを浴びながら未冬は考えていた。
一体、この先どうなってしまうのだろう……?
魔法使いを名乗る凜夏
実際の魔法は目にしていないが、銃弾を止めたり、自分を抱えて橋から飛び降りた身体能力……それに異常に早い本人が不死だと言っているありえない治癒体質。
凜夏は本当に魔法使いなのかもしれない……鳩や兎は出せないが。
それに彼女にかけられた呪いって……?
未冬は、熱いお湯を頭から浴びた。
シャワーを浴び終えた未冬はタオルで髪を拭いていた。
その時、扉が開く音がした。
「あれ? 凜夏さん、部屋から出たんですか?」
「え? ああ、フロントで聞きたいことがあったものでね」
そう言って凜夏は腕時計を見た。
シャワー室から出たことにより、未冬の時間は正常に戻った。未冬がシャワー室に入ってから一時間ほどが経っていた。
その間に、凜夏はある場所に行っていたのだ。
「凜夏さん、シャワーは?」
「時間がない。もう出ないと」
「汗臭いですよ」
未冬は、そう言っていたずらっぽく笑う。ところが凜夏の反応は素っ気なかった。
「こんな時にシャワーなんて君は呑気だね」
「えーっ! だって凜夏さんがぁ……」
「早く準備をして。すぐここを出るから」
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