【閑話】泣きウサギ<リリス姫視点>

 帰国するなり、部屋に閉じこもった。

 誰にも顔を合わせたくなかった。特にお兄様には。

 お兄様と顔を合わせたら、それ見た事かと嫌味を言われるに違いないもの。


 つい数日前の夜会の事が頭から離れない。

 ……レオニード様、私の事を守って下さらなかった。あの女の人が、酷い事を王女の私に言ったのに。

 養子に入って今は王女だって言っても、元々はそうじゃない。私とは違うのに。私は生まれながらの王女なのに。


 あの人、凄いスタイルが良かった。私だって凹凸はあるけど、全然違う。

 思い出されるあの人は、胸がとても大きくて、腰なんて凄い細くて、脚も長くて。

 男の人はやっぱり、スタイルの良い女性が良いの?

 心だけじゃ足りないの?

 兎の獣人の私は、可愛いとは言われるけど、キレイと言われた事はない。気にした事はなかった。

 でも、偶然聞いてしまった。


『リリス様も可愛らしいが、オレはやっぱり、一番上の姫様が良い』


『眺めるには可愛いが、妹みたいなもんだからな』

 

 一番上のお姉様は猫の獣人だ。しなやかで、つり目で、色気がある。

 それを聞いて、怖くなった。

 それから、番に会いたいと思った。

 番なら、運命の相手なら、私が幼い見た目だったとしても、心から愛してくれる筈、と。

 獣人同士なら、絶対に私以外に目もくれないと思った。


 でも、この国では出会えなかった。

 他の獣人の国に向かう途中に、フィルモア王国に立ち寄り、レオニード様に出会った。

 優しくて、ステキな人だと思った。でも、番じゃない。それだけは分かる。

 とてもとても優しくて、この人はきっと私の事が好きに違いないと思った。


 レオニード様への気持ちはあるものの、番への憧れを諦めきれなくて、各国を周った。それがレオニード様を傷付けてしまったのかも知れない。

 私が番を求める理由はさておいても、獣人が番に執着してしまうのは仕方がない事なのに。そんな事レオニード様だってお分かりの筈。それなのに、私と言うものがありながら、別の女性と婚約するなんて……。

 きっと、きっと何かの間違いだわ。レオニード様は本当は私を想ってらっしゃる筈。


「姫、王がお越しです」


「会いたくない。こんな顔でお会い出来ないわ」


 扉が開いたと同時にお兄様が入っていらした。


「レオニードを物に出来なかったようだな」


「お兄様っ!」


 私の抗議の声を無視して、お兄様はソファに腰掛ける。


「おまえの振る舞いについて、フィルモアから正式に苦情が来ている」


 焦りのあまり、王女として相応しくない態度をしてしまった自覚はある。でも、と思う。

 言葉に詰まっていると、お兄様は鼻で笑った。


「だから番などに執着せず、はじめからレオニードの元に嫁に入っていれば良かったのだ」


 お兄様は最初からレオニード様と結婚しろとおっしゃっていた。王太子の従兄である騎士団長との婚姻は、我が国にとってもメリットがあるし、もしお兄様が王でなくなったとしても、落ちぶれる事がないからと。

 お兄様はとてもお強くて、負ける筈なんてないのに。だから私が落ちぶれるなんてありえない。


「番など、くだらん」


 獣人でありながら、お兄様は番に関心が無い。


「何故分かって下さいませんの? 獣人にとって番は運命の相手なのです。魂の片割れなのですよ?」


「そう思うのは獣人だけだ。同じ獣人同士なら良いが、相手が異種族の場合は問題の種になる事の方が多い。

そのような相手を探さずとも、好ましいと思える相手はいる。才のある子をもうける事とて可能だ」


 従者がテーブルに置いた紅茶を飲むと、お兄様は私を見る事もなく言った。


「諦めて宰相の息子と結婚しろ」


「お兄様もレオニード様との婚姻は賛成だったではありませんかっ」


「台無しにしたのはおまえだ。レオニードとの婚姻を勧めたのに番に出会うんだと言って聞かなかっただろう。

おまえが各国を周ってた事を奴らが知らぬ訳がない。見つからなかったから自分に声をかけたと思われているだろうし、事実その通りだ」


 でも、それは仕方のない事だったのに。


「番に出会えないのなら、レオニード様と結婚したいです! お兄様、お願いですっ」


 切れ長のお兄様の目が私を睨む。あまりの鋭さに怯みそうになるのを、必死に堪える。


「聞き分けが悪いぞ、リリス。おまえは自分の事しか考えてない。レオニードには婚約者が出来た。諦めろ」


「そんな事ありません! レオニード様は本当は私の事を想ってらっしゃる筈です! 私が、番に目を向けたりしたから、素直になれないだけです!」


「……おまえのその自信は何処から来るんだ」


 ため息を吐くと、お兄様は立ち上がり、私を指差した。


「とにかく、おまえと宰相の息子との婚約は決定事項だ」


「〜〜〜〜っ!! お兄様の馬鹿!!」


 手に持っていたハンカチをお兄様に向かって投げると、お兄様はハンカチを掴んだ。お兄様の眉間に皺が寄る。


「……香水を、変えたのか?」


 何の事を言われているのかと思った。

 お兄様は手にしているハンカチに視線を落としている。


「違います。それは、レオニード様の婚約者だという方のものです」


「……なるほどな」


 ハンカチを持ったまま、お兄様は部屋を出て行った。


 ため息が出てしまう。

 宰相の息子はよく知ってる存在だし、お兄様に何かあっても落ちぶれる事はないと思う。お兄様が私の事を思って決めてくれた婚約なのだと言う事は分かる。

 でも、番じゃない。レオニード様でもない。


「レオニード様……」

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