それが僕のポリシー

「ちょっと、石黒先生! 株主総会はどうしたんですか!?」

 

 茉莉の動揺した声が、大学のラボからの通信で入って来る。


「どうしたも何も、見ただろ。奴にぶち壊されたよ」

「いや、そうじゃなくって、勝手に持ち場を離れるから」

「そんなことを言われても、どうしようもないんだよ!」


 今の俺は、種島社長からわたされたデバイスに操られている状態だ。自分ではどうにもできないし、戦闘中は頼れるアドバイザーだったはずのニーナとも意思の疎通が取れない。俺は自分の意思とは無関係に、本社事務棟の大ホールの窓ガラスを突き破り、大通りに向かって真っ逆さまに落ちた。一般車両のボンネットに着地し、盛大にボンネットを凹ませたが、詫びる間もなく俺は走り出す。


「おい、ニーナ! 止まれないのか!?」

「停止、出来ません。テイシ、デキマセン。ヒョウテキヲ、ハイジョスルマデ、トマリマセン」


 まるで会話が通じない! ニーナの声から完全に意志が消えている。


「ニーナさ……ん……」


 茉莉の戸惑う声が通信に入る。僕だってこんな状況は初めてだ。どうしていいか分からないし、今の状況ではどうすることもできない。

 自分の意思では何もできないままに辿り着いた先。大型トラックが横転して道路を塞いでいた。道路に散乱したスクラップが燃え、人が倒れている。――が、何もできない。


「ヒョウテキヲカクニン。ハイジョ」


 僕の視線は倒れ伏している一般人に注がれている。助けたいのに、それよりも種島社長のデバイスが、アンドロイドへの攻撃を優先する。

 項垂れた状態で返り血のべったりと付いた鉄パイプを握りしめる一機のアンドロイドが目に入った。それが操られたニーナの言うヒョウテキ・・・・・か。


 振り下ろされる鉄パイプをがしりと受け止め、こちらから引き寄せ、胴体に蹴りを加える。相手の手が離れたのを見計らって鉄パイプを奪い、殴りつけた。アンドロイドをまずは一体、再起不能に追い込んだが、すぐ後ろでもう一体が、こちらに向けて護身用小銃を向けているのが、バイザーのモニターにワイプで映り込む。

 対処を考えるまでもなく、勝手に動く僕の身体。リモートセイバーの出力を最大限にした状態で、脚を後ろに蹴り上げた。プラズマの熱線が道路を抉り、背後で爆炎が上がる。


「ニーナ! 今、一般車両を巻き込んだんじゃないのか!?」


 ニーナからの返事はない。また、身体が無理矢理動かされて景色が変わる。燃え盛る乗用車を背に、一体のアンドロイドが真っ二つに引き裂かれて崩れ落ちた。

 立ち往生を喰らっている一般車両に乗っていた市民たちが、その光景を見て叫び声を上げながら逃げていく。恐怖の対象は、暴走したアンドロイドか、いや、それを何の関係もない乗用車ごと躊躇なく破壊したこの僕だろう。


 ――当然だ。目の前で倒れている人を助けもしないで、アンドロイドの破壊を優先したのだから。


「種島社長! この自動戦闘は止められないんですか!?」


 意を決して種島社長に呼びかけてみたが、通信に応じてくれない。このまま、僕は操られ続けるというのか。動揺する間もなく、再び体が動く。


「オオガタシャリョウノカゲニ、キョウカキタイヲ、カクニン」


 キョウカキタイ? 初めて聞く単語だ。それが指す物を分かりかねている間に、道路を塞いでいた大型トラックが吹き飛んだ。


「キョウカキタイヲ、ニタイ、カクニン。ハイジョ、ハイジョ」


 トラックを破壊して二体のアンドロイドが現れる。その姿には見覚えがあった。


「ザック……?」


 分厚い装甲により膨れ上がった上半身に、光線銃。左手の鉤爪。どの装備もザックのものと瓜二つだった。だが、よく見れば素体は違うものだということが分かる。

 ザックの装備を持ったアンドロイドが二体。苦戦は免れない。が、今の状態では、作戦を考えたとしても何も成すことはできない。――ただ、自分が戦うのを黙って見ることしかできない。

 相手の銃撃を避け、ガンフォームの電磁砲をお見舞いする。普通のアンドロイドならば、当たれば即座に機能停止に追い込めるのだが、装甲の固い強化機体が相手では、そうはいかない。

 ガンフォームの反動は大きく、相手が落ちなければ、隙が生まれてしまう。そこを狙って、後ろに回り込んでいたもう一体が鋭い鉤爪を振りかざす。何とか避けきるもその間に――


“ONE, TWO, THREE”


 カウントアップの音声が響く。


“FULL CHARGE!!”


 光線銃の銃口から巨大な火球が放たれる。流石に避けるのが間に合わないか、と思いかけたそのとき。地震を起こすほどの衝撃で道路を踏みつけて、マンホールを跳ね飛ばす。それが盾となり、火球を受け止めた。

 もし、あの攻撃を受けていたら大ダメージは免れなかっただろうが、それを防ぐためにまた器物を破壊してしまった。


 と、そこにサイレンが鳴り響く。機械犯罪課の装甲車が停車し、中から隊員たちが降りてきた。銃を構える。アンドロイドの強化機体に銃撃の雨が浴びせられる。少しだけ見えた僅かな怯み。そこを狙って蹴りを浴びせる。


「ブンセキカンリョウ。キョウカキタイハ、ダゲキガ、ジャクテン」


 バイザーのモニターに表示される強化機体の分析データ。それを読み取り、ニーナがはじき出した行動は――

 ガンフォームの射撃を浴びせながら後退し、歩行者用の信号機の根本までたどり着く。そしてガンフォームのトリガーとなっているリモートセイバーを引き抜き、歩行者用信号機を破壊した。


「ちょっと! 石黒先生! ニーナさん! 何をやっているんですか!?」


 茉莉が声を荒げるのはもっともだ。道路に倒れた人を救助している機械犯罪課の隊員も呆気にとられている。だけど、だけど。


「止められないんだよ!」


 逆上して声を上げてしまった。大人気ない。

 きまり悪くなって黙るしかない僕をよそに、歩行者用信号機で相手を殴りつける僕の身体。

 相手の装甲は大きく凹み、回路が露出している。打撃はやはり有効のようだ。もう一発叩きこめば、機能停止か。

 歩行者用信号機を振り上げた、そのとき。銃声が轟く。僕の背後に回り込んでいた機体に着弾したようだ。 

 目の前の機体は、最後の一撃を受けて大破。僕は背後を振り返り、残る一体を排除しようとする。


「失望したぞ。聡」


 亮介の声がした。とめどなく鳴り響く銃声。銃撃を浴びせながら、亮介は勇敢にもその強化機体に接近する。

 先を越されまいと、歩行者用信号機を振りかざして駆け出す僕に、亮介は振り向きざまにハイキックを喰らわせる。


「うぅっ!!」


 人間のものとは思えないほど重い。


「パワードスーツの上からではどうかと思ったが案外通じたな。種島重機が機械犯罪課に支給した特殊スーツだが、なかなか良いものだ」


 黒光りする特殊スーツに包まれた亮介の脚にバリバリと稲光が絡みついている。なるほど、強力な装備だ。だが、パワードスーツがそれくらいでは止まってくれないのもまた事実だ。


「パワーメット、オン!」


 勇ましい声に合わせて、亮介の頭部にヘルメットが装着される。バイザーが閉じて彼の顔が見えなくなった。それを見計らったように、僕の身体が動き始める。

 だが、彼は強化機体に応戦しながらも、まるで背中に目が付いているかのように僕の動きを捉え、蹴りを浴びせた。


「それ以上、器物を損壊するな! こいつは俺が始末する!」

「そんなこと言ったって、止まらないんだよ!」

「黙れ!! 止まらないとか知ったこっちゃない! 不可能だと諦めて、努力を怠る言い訳にするな!」


「そうです! そんなの石黒先生じゃありませんっ!!」


 亮介の叱責に茉莉の声が重なった、その瞬間、無理やり動かされていたパワードスーツの動きが止まった。


「石黒先生! 私を助けてくれた石黒先生は、機械に操られたりなんかしていませんでした! 自分の頭で考えてアンドロイドの思考の裏をかいて、自分の心でニーナさんと通じ合っていました! 私は、そんな石黒先生が心の底からかっこいいと思ったんです! だから! 戦うなら自分の意思で戦ってください!」


 パワードスーツの動きが鈍くなる。けれどやはり、自分の意思とは無関係に動き始める。

 いいや、ダメだ! これ以上、茉莉のことも亮介のことも失望させるわけにはいかない! なにが強化装備だ! こんなもの、単なる暴走マシーンじゃないか! 

 自分を奮い立たせ、拳を握りしめる。――自分の意思で、手先が動かせた! できるじゃないか!

 無理やり動かされていた手足が、少しずつ自分の意思に従い始める。まだパワードスーツからの抵抗を受けていて、油が足りなくなった機械みたいな鈍重さだが、動ける!

 僕はやっとの思いで自分の手を動かす。腹部に挿したデバイスに手が届く!


「僕は自分の意思で戦う! それが僕の――」


 そして、がっしりと握りしめた。


「僕のポリシーだあああああっ!!」

 

 握りしめたUSBメモリ型のデバイスをもぎ取るぐらいの勢いで、無理くりに引っこ抜く。接続部からぽっきりと折れてしまい、無残な姿になったデバイス。

 でも、身体は自分の言うことを聞くようになっていた。


「石黒先生!!」

「ありがとう、茉莉。おかげで目が覚めたよ」


 だんっと地面を蹴り上げて、強化機体と応戦する亮介に加勢した。ここからは、他の誰でもない僕自身の意思による戦いだ。

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