04.
辺境警備隊に所属するジェイムズの家で、キキーモラのピュティアがメイドとして住み込みで働くようになって、およそ半年の時が流れた。
キキーモラの少女は、当初は自分でも認めていたとおり、掃除と裁縫を除く家事はあまり巧くなかった──というか、むしろ下手な部類に入った。
しかし、その生真面目な性格から日々精進を繰り返すことと、主婦業ン年のゲルダに色々教わることで、少しずつ上達していき、数ヵ月も経つ頃には家事全般を預かる者として遜色ない技量に成長することができた。
家主であるジェイムズも、文句も言わず(いや、不味い料理は「不味い」と正直に告げたが)、彼女が家事を行う様子を寛大に見守り、今では安心してすっかり家の中のことを任せきりにしている。
その彼自身も真面目な性格が幸いしてか、ケイン隊長に剣技その他の稽古を熱心につけてもらった成果が上がり、警備隊の中でもメキメキ腕前を上げていた。
もともと、ケインが隊長として着任した地方の警備隊は、彼のシゴキと指揮のおかげでそれまでとは段違いに強くなるのが常だったが、その例に照らし合わせても、ジェイムズの伸びっぷりは頭2つ、3つ飛びぬけている。
(たぶん、無意識に妖精眼を使いこなしてるんだろうなぁ)
打ち込んでくるジェイムズの剣を、木剣でいなしつつ、そんなコトを考えるケイン。
「っおりゃあっ!」
気合いとともに放たれた高速の縦切りを半身をズラしただけでかわし、そのまま軽く足払いをかけるケイン。
たまらず、ジェイムズはすっ転び、手から武器を落としてしまった。
「ほい、チェックメイト。最後の唐竹割り以外はなかなかよかったぞ」
「あっつつ……うーん、イケると思ったんですけどねぇ」
「阿呆。決めの攻撃の時に大声あげたら、「今から行きます!」って相手に教えてるようなモンだろうが。それに剣筋が素直なのはいいが、素直過ぎて逆に読みやすい」
反省点を指摘しつつも、ケインはジェイムズの動きそのものには舌を巻いていた。身体を無理なく自然に動かすことで最高の力を引き出す、というのは言うのは簡単だが実際に実現するとなると、かなり難しいのだ。
「まぁ、初級基本編は卒業して、これからは中級応用編にお前さんも進まないといけないってことだ」
師匠っぽくエラそうにアドバイスするケインだが、彼の言う「中級編」に進めた者は、これまでに方々で指導した100人近い“教え子”の中でもわずか数人なのだから、それだけでもジェイムズの優秀さはわかるというものだ。
「で、
顔全体に「ワクワク」という擬音を貼り付けたような表情で、夕食の席で妻のゲルダに問われ、ケインは苦笑する。
「ヲイヲイ。そのテの噂話に詳しいのは主婦の特権だろうが。むしろ俺の方が聞きたいぞ」
「まー、そりゃ、そーなんだけどねー」
苦虫を半匹くらい噛みかけたような微妙な顔つきになるゲルダ。
「微笑ましいというか、カマトトってゆーか……」
ひとつ屋根の下に、互いにそれなりに好感を抱いている男女ふたりが数ヵ月共に暮らしていれば、いわゆる「男女の仲」になっても別段おかしくはない。
ないのだが……最初の出会いが出会いだったせいか、ジェイムズとピュティアは、半年経った今も、非常に遠慮勝ちな距離を保っていた。
無論、一緒に暮らしている以上、「着替え中にドアを開けて慌てて謝罪」、「ベッドに起こしに来たら、男の生理現象がニョッキリ」、「水仕事で濡れた服が透けてドッキリ」といったハプニングはあるにはあったが、そこから先に進まないのだ。
初心で微笑ましいと言えないコトもないが……。
「すみません、旦那さま、お疲れのところを買い物につきあっていただきまして」
「なんの、力仕事は男の領分さ。それに、ピュティアさんにはいつも家のコトをやってもらってるから、買い物くらいは自分でしないと」
辺境にほど近い村ではあるが、それでも半年に一度くらいのペースで、このような十数人単位の小規模な隊商が訪れ、この辺りでは手に入らない物品を購入する機会があるのだ。
警備隊は安月給だが一応固定の現金が支払われる上、ここ数年はジェイムズが人に貸している畑も豊作でキチンと地代が入っているので、慎ましい暮らしながらそれなりに蓄えはできている。
「そんな! 私こそ、お世話になりっぱなしで……」
紙袋を抱えたまま、申し訳なさそうに頭を下げかけたピュティアが、“路面の一部が濡れていた”せいか、つるりと足を滑らせる。
「あっ!」
「おっと!」
素早く手にした荷物を置き、彼女の身体を抱きとめるジェイムズ。さすがに慌てていたせいか、力の加減ができず、彼女の身体を自らの腕の中にすっぽり抱きかかえるような姿勢になっていたが……。
「よしよし、そこでブチュッといきなさい、ブチュッと!」
「いや、デバガメみたいなコトはやめようぜ、ゲルダ」
物陰から、部下にして弟子でもある少年達の様子を、隊長夫妻がうかがっている。
「ああっ、何でそこで手を離すのよ! ピュティも、もっと積極的に!」
「無責任に煽るなって。そもそも、あそこに氷張ったのお前の仕業だろ。アイツが助けるのが間に合ったからいいものの、転んで頭でも打ったら危ないじゃないか」
「妖精──それも“地”に属するキキーモラが、転んで頭ブツケたくらいでどうにかなるモンですか! あ~、もぅじれったいわねぇ」
(お前は、知り合いにやたらと見合い話を斡旋するオバちゃんか)
溜め息をつきながら、そんな感想を抱いたものの、さすがに口には出せない。
女性に年齢を感じさせる単語、とくに「オバちゃん」なんて言葉は禁句なのだ。さすがに夫婦生活が長い(とある事情から、このふたり、見かけより10年近くは長く生きてるのだ)ので、そのくらいは彼も理解している。
「あの年頃の少年少女って言ったら、逢う度にキスだのハグだのを繰り返して、そこから先の一線をいかに越えるか、互いに色々悶々と模索してるモンでしょーが!」
「いや、まぁ、確かにそれはそうだけどな」
妻のエキサイトっぷりを「どうどう」とケインはなだめる。
「ま、あのふたりは、なまじ一緒に暮らしているぶん、「家族」って気持ちが強いのかもな。こういうコトは自然に任せるのが一番いいと思うんだが」
「そりゃね、わたしだって、あのふたりが人間同士、あるいは妖精同士なら、こんなに気を揉まないわよ。でも……」
妻の言いたいことは、ケインにもわかった。
おそらく、ふたりの姿に、在りし日の自分達の不器用な恋愛を重ねているのだろう。
「はぁ~、仕方ない。ちょうどいい機会だから、俺の方からも、ちょいと爆弾投下してみるか」
王都から届いたある手紙の文面を思い出して、ケインは久々にかつての上司の手を借りることを決意するのだった。
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