2 背信者

「だいたいさ、あいつらはどうしてあんな早くから、俺たちを襲撃してきやがったんだよ? あいつらは北方区域を占領するまで動くことはないって言い張ってたのはあんただぜ、暗黒神様?」


 ケルベロスは、激情を押し殺した声音でそのように言いつのった。


「北方区域を占領する気がないなら、真っ直ぐ中央区域に向かってきたはずだ。巨人どもを相手にすりゃあ、あっちだって何匹かはくたばることになるんだからな。それでも北方区域を占領すりゃあ何千何万って人魔を配下にすることができるから、あいつらはまず邪魔な巨人どもを片付けることになった。……そう言ってたのも、あんたなんだろ?」


「う、うん。確かに僕は、そんな風に言ったけど……」


「俺たちがそいつを聞かされたのは、ウィザーンから戻った後だったけどな。ま、普通に納得することはできたよ。あいつらが南方区域をほっぽっといたのは、きっとこっちに勘付かれるのを警戒してのことだったんだろう。南方区域を攻め込んでる間に巨人や魔竜どもを集められたら厄介だから、まずは不死族の連中と合流して、巨人どもを殲滅し、北方区域を占領する。そうすりゃあ、こっちの戦力を減らすのと同時に、自分らの戦力を増強させることができるんだからなー」


 ケルベロスは、僕が説明していなかった部分をも明敏に察知してくれていた。まさしく僕はそのように考えて、しばらく中央区域への攻撃はないだろうと踏んでいたのだ。


「だけどあいつらは、北方区域を占領する前に、こっちに突撃してきやがった。北方区域を占領してりゃあもっと大勢の人魔を引き連れていたはずだし、そもそも1日やそこらで北方区域を占領できるはずはねーからな。あいつらがあの刻限に姿を現したってことは、あんたがデイフォロスを出るのとほとんど同時に出撃したってことになるんだぜ、暗黒神様?」


 そう、それは僕もいぶかしく思っていた。裏切り者の一派は数千に及ぶ中級の人魔を引き連れていたのだから、ワイバーンのように2日の道程を1日に短縮することも不可能であったはずなのだ。よって、彼らが巨人兵団を殲滅したのちに、自由に使えたのはわずか1日――ネフィリムが北方区域から中央区域まで、魔力を振り絞って駆けつけた、その1日の時間だけであるはずだった。


「あんたがデイフォロスを出立するのとほぼ同時に、あいつらも北方区域を出立していた。それはつまり、あんたがデイフォロスを離れることを、あらかじめ知っていたからなんじゃねーのか? どこかの誰かさんが、こっそり密告してくれたおかげでよ」


「でも……僕たちの中に裏切り者がいるなんて……」


「だったら、どうしてこんなことになっちまったんだよ? あいつらはガルムの旦那だけを追い回して、その腹をかっさばいて娘っ子を取り出してから、とどめを刺してくれたんだぜ? で、娘っ子を手にするなり、後も見ずに逃げていったんだ。最初っからすべてをわきまえた上で、娘っ子をさらうためだけに襲いかかってきたとしか思えねーじゃねえか?」


「…………」


「俺たちの中に、裏切り者がいるんだよ。あんたが西方区域に向かったことも、ガルムの旦那が娘っ子を腹の中に隠してたことも、そいつが全部密告しやがったんだ。そうじゃなきゃ、こんなことにはなってねーはずだろ」


 大広間に、重苦しい静寂がたちこめた。

 すると――ウロボロスのかたわらに控えていたニーズヘッグが「よろしいでしょうか?」と進み出てきた。


「ひとつ、解せないことがございます。魔獣兵団長がその王族の娘とやらを腹の中に隠すという計略は、あらかじめ定められていたのでしょうか?」


「ええ、そうね」と応じたのは、コカトリスであった。


「それは暗黒神様がデイフォロスを出る前に、話し合いの場で持ち出されたのよ。いざとなったら自分が腹の中に隠してでも守り抜くと、ガルムはそんな風に豪語していたからね」


「なるほど。そして暗黒神様が中央区域を離れた後も、その話は他の団員に秘されていた、と?」


「ええ。そもそも暗黒神様がデイフォロスを離れたということも、部隊長にしか打ち明けていなかったのだからね。王女を腹の中に隠すという話も、部隊長にしか告げられていないはずよ」


「なるほど」と、ニーズヘッグは繰り返した。


「ようやく概要がつかめたように思います。ではその部隊長たちの名を明らかにしていただけますでしょうか?」


「ふふん。あなたも裏切り者を炙り出そうとしているわけね、ニーズヘッグ」


 コカトリスの言葉に、ニーズヘッグは「無論です」としかつめらしく応じた。


「暗黒神様を裏切るなど、決して許されぬ大罪でありましょう。そのような不届きものを放置しておくわけにはまいりません」


「……俺たちが、暗黒神様を裏切ったりするものか。裏切り者は、その小人か死人のどちらかに決まっている」


 しばらく静かにしていたオルトロスが、憎悪に震える声を絞り出した。その右肩には巨大な黒狼の首が生えのびて、威嚇のうなり声をあげている。彼は本性をあらわにしようとしていた途中であったのだ。

 しかしニーズヘッグは感じ入った様子もなく、冷ややかな目つきでそちらを見やっていた。


「こちらのファー・ジャルグとレヴァナントも、会議の場に同席していたのでしょうか? ならば、会議の参席者の名もつまびらかにしていただきたく思います」


「同じ場所で話を聞いていたのは、団長のナーガとガルム、わたしとオルトロス。ファー・ジャルグとレヴァナント。侍女のハーピィとラミア。巨人族のネフィリムよ。後から話を聞かされたのは、ケツァルコアトル、エキドナ、ケルベロス、フレスベルグの4名ね」


「では、それらの方々はこちらに参じていただきましょうか」


 そのほとんどは、最初からこの場に参じている。しばらくするとナーガがケツァルコアトルとともにやってきて、最後に白銀の小鳥たるフレスベルグがケルベロスの肩に舞い降りた。


「この中に、裏切り者が存在するわけですか。まったくもって、嘆かわしい話ですね」


 ニーズヘッグのエメラルドグリーンをした瞳が、面白くもなさそうに一同の姿を見回していく。その目が最後にとらえたのは、険しい面持ちで腕を組んでいたテューポーンの姿であった。


「あなたの名前は、あがっておりませんでしたね。あなたは魔獣兵団長が腹の中に王女を隠すという話も知らされていなかったのでしょうか?」


「知らん。そのような話は、今ここで初めて聞かされた」


「それは重畳。では、魔竜兵団の団員は嫌疑から外れるわけですね。我々は拠点の近在に潜んでいたあなたから情報を収集する以外に、中央区域の会議の内容など知るすべもありませんでしたので」


「おいおい、お前は俺たちまで疑うつもりだったのかよ?」


 ファフニールがにやにやと笑いながら言葉をはさむと、ニーズヘッグは「無論です」とうなずいた。


「そこのテューポーンが裏切り者であった場合は、魔竜兵団の誰にでも話を漏らすことが可能であったのですからね。そうでなかったというのは、まことに得難き結果でありましょう。250名から成る魔竜兵団の団員にまで嫌疑をかけられては、真相の究明がきわめて困難になってしまいます」


「……お前たちが無関係であるというのなら、そのよく動く口をそろそろ閉ざしてもらおう。裏切り者の正体など、最初から知れているのだ」


 オルトロスが、火炎でも混じっていそうな声音で囁いた。


「俺たちが団長を死に追いやるはずはないし、蛇どもにもそのような真似をする理由はない。裏切り者は、そこの小人か死人のどちらかだ」


「であれば、どちらが真の裏切り者であるかを解明するべきでしょう。その労苦を厭って攻撃を仕掛けるなど、暗黒神様の威光を穢す行いです。この両名がともに裏切り者でない限り、あなたの罪が減じることはありませんよ、オルトロス」


「…………」


「とはいえ、もっとも裏切り者である公算が高いのは、やはり魔神族たるファー・ジャルグと不死族たるレヴァナントでありましょう。ここは暗黒神様が両名の記憶を走査して、真実をつまびらかにするべきではないでしょうか?」


「いや、ちょっと待ってくれ。このふたりが敵方に密告するだなんて、そんなことはありえないんだよ。だって……あの会議が終わってからデイフォロスを出立するまで、僕たちはずっと行動をともにしていたんだからね」


 僕はまだ小さからぬ混乱の只中にありながら、そのように主張してみせた。


「その間、僕はずっとこのふたりをそばに置いていた。その後も、一緒にデイフォロスを出立したんだから、密告なんてありえない。たとえデイフォロスの近辺にまで魔神族の使い魔が忍び寄っていたんだとしても、絶対に不可能だよ」


「なるほど。では、そちらのリビングデッドたちは如何なのでしょうか? その両名は、さきほども名前があがらなかったようですが」


 僕は、言葉に詰まることになった。

 リビングデッドたちを呼びつけたのは、会議を終えてからしばらくの後――ルイ=レヴァナントとファー・ジャルグに、自分の思いを伝えた後のことであった。


「それらのリビングデッドは、レヴァナントの従僕であるのでしょう? それでしたら、念話で言葉を伝えることも容易いはずです。そうしてひそかにデイフォロスなる領地から抜け出して、近辺に潜んでいた魔神族の使い魔と接触する――というのは、不可能でないように思います」


「いや、だけど――」


「どうやら容疑者は、不死族の3名に絞られたようですね」


「いや、やっぱりおかしいよ。レヴァナントが念話を使ったのなら、すぐそばにいる僕にはその波動を感知できるはずだ。そんな気配はこれっぽっちもなかったんだから、リビングデッドにそんな命令を送ったっていうこともありえないよ」


「……暗黒神様は、念話の波動を感知できるほど、そのレヴァナントをずっとおそばに控えさせていた、ということでしょうか?」


「うん。他の団員たちがレヴァナントとファー・ジャルグに反感を抱いているようだったから、僕もちょっと心配になっちゃって……ずっと目の届く場所にいてもらったんだよ」


「であれば、不死族の3名も無実ということになりますね。中級の群集種風情が、暗黒神様の目を眩ますことは不可能でありましょう」


 ニーズヘッグは秀でた額に手を置いて、神経質そうに息をついた。


「となると、いっそう由々しき事態です。裏切り者は、魔獣か蛇神の部隊長および侍女の中に存在する、ということになってしまうようですね」


「ふざけるな! 俺たちがそのような真似をするものか!」


 オルトロスが、憤激の咆哮をあげた。


「だったらお前だ、ネフィリムよ! そもそも巨人兵団の壊滅というものも、真実かどうかは知れたものではないし――」


「巨人兵団の壊滅は真実です。暗黒神様はウロボロス団長とともに、ネフィリムの記憶を走査したのです」


「そーだよ! だいたい、ネフィリムはずっとあたしと一緒にいたんだからねー。外の連中に密告する時間なんてありゃしなかったよ」


 と、ナナ=ハーピィが気がかりそうな表情でそのように発言した。


「副団長もさ、ちょっとでいいから落ち着きなよ。ガルム団長が目の前でやられちゃって、悲しいのはわかるけど……そんな風に仲間を疑うのはよくないよ」


「しかし……小人でも死人でも巨人でもないとしたら、魔獣族か蛇神族の誰かが裏切り者ということになってしまうのだぞ? そのようなことが、ありえるのか?」


 オルトロスの顔が、苦痛をこらえるように歪められた。

 もしかしたら――彼の中でも、蛇神族を疑いたくない、という気持ちが芽生えてきていたのだろうか。魔獣族と蛇神族は、一丸となってデイフォロスを攻略した戦友なのである。


「ネフィリムの嫌疑が完全に晴れたわけではありません。ハーピィは、自らの言葉を立証できるのでしょうか?」


 ニーズヘッグの言葉に、ナナ=ハーピィは「うん」とうなずいた。


「だって、あたしらもずーっとベルゼ様と一緒にいたんだもん。途中でちょこっと仲間外れにされちゃったけど、隣の寝所に引っ込んだだけだし、お城を出る時間なんてなかったよー」


「……それは、真実でありましょうか?」


「うん。壁1枚を隔てただけの場所だったからね。ハーピィやネフィリムが念話を飛ばしていたら、僕には感知できたはずだよ。ネフィリムは上級の力を持っているから、体調さえ万全なら僕の目を眩ますこともできたかもしれないけど……あの時の彼女は北方区域から駆けつけたばかりで、疲労困憊の状態にあったからね」


「なるほど。それではハーピィとネフィリムも、ひとまず嫌疑の輪から外すことにいたしましょう」


 すると、ケルベロスが「けっ」と咽喉を鳴らした。


「だったらついでに、もっと頭数を減らしてやろうか? ウィザーンから戻った俺たちがすべての話を聞かされたのは、とっぷり夜が更けてからだったんだよ。もしも俺たちが裏切り者だったら、魔神どもの到着ももうちっとは遅れてたはずだろうなー」


「……そのような話は、もっと早くに聞かせていただきたかったものです。であれば、ケツァルコアトルたちを呼びつける必要もなかったでしょう」


 ニーズヘッグの目がすうっと別の方向に向けられて、3名の女性たちを順番にねめつけていった。

 

「告発者たるオルトロスを除けば、容疑者は3名に絞られたようです。ナーガ、コカトリス、ラミア。裏切り者である公算がもっとも高いのは、あなたがた3名となりますね」


「ふん。どうやら、そういうことになるようね」


 落ち着きはらった声で応じつつ、ナーガは金色の目をそっと伏せた。

 どこか――悲しげにも見える仕草である。


「だったらわたしにも、見当がついてしまったわ。暗黒神様に記憶を探られる前に、自ら告白したらどうかしら?」


 さきほどよりも重苦しい静寂がたちこめた。

 そこに――くくくと、忍び笑いの声が響きわたる。


「そうねえ……とんだ茶番だったわあ……こんなことなら、最初に名乗りをあげるべきだったかしらねえ……」


 ナナ=ハーピィは、愕然とした様子で立ちすくんだ。


「まさか……あんたが裏切り者だったの?」


「ええ、そうよ……何か不思議なことでもあるのかしら……?」


 血の気の薄い唇に妖艶なる微笑をたたえながら、彼女はそう言った。

 それは、暗黒神の忠実な侍女であるはずの、ジェンヌ=ラミアに他ならなかった。

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