5 魔竜の城
僕たちが目的の場所に到着したのは、デイフォロスを出立しておよそ1日半が経過したのちのことであった。
合間合間で加速することで、半日ほどの時間が稼げたようだ。僕は先行していたテューポーンの存在を探知して、岩山の麓に広がる雑木林に着陸することになった。
「やあ、お疲れ様。無事で何よりだったよ、テューポーン」
「は……このたびは、俺が不甲斐ないばかりに暗黒神様のお手をわずらわせてしまい……心より無念に思っております」
テューポーンは、上級の魔族には珍しい、礼節を重んじるタイプであった。燃えるような赤毛を肩まで垂らした、精悍なる青年の姿をしており、顔や手足はびっしりと黒みがかった鱗に覆われている。本性はさらに恐ろしい姿であるのだが、この状態でも十分な迫力だ。
「で、魔竜兵団の本拠はどこなのかな?」
「この雑木林を抜けた先にある、岩山となります。あるていど近づけば、こちらの魔力を察知して、出迎えの者が現れましょう」
「それじゃあ、さっそく向かおうか」
背中の7名を地面に降ろした僕は、平常モードの本体に変化した。
魔力は、ほぼ満タンに回復している。いざとなれば、大事な仲間たちを連れて逃げ出すことも可能であろう。しかし、そのような事態に陥らないように、まずは力を尽くすしかなかった。
「……本当に、不死族や魔神族の連中をもお連れしたのですね」
雑木林を歩きながら、テューポーンがそんな風につぶやいた。
僕に追従しているのは、ルイ=レヴァナントに2名のリビングデッド、ファー・ジャルグ、ネフィリム、ジェンヌ=ラミア、ナナ=ハーピィの7名だ。
「うん。彼らはずっと僕のそばに控えていたんだから、不死族や魔神族の裏切りとは無関係だよ。でも、あちらに残しておくとナーガたちと揉めそうだったから、僕がじきじきに監視下に置いているんだ」
「はあ……もちろん暗黒神様の御決定に異論を差しはさむつもりはありませんが……ウロボロスめがどのような反応を示すのかが、いささか心配になってしまいます」
「そういったことも含めて、ウロボロスとは理解し合いたいと思っているよ。そうじゃなきゃ、一緒に戦っていくことだって難しくなってしまうからね」
僕は内心で笑いながら、その場の仲間たちを見回していった。
「今さらの話だけど、この場には魔竜族を除くすべての種族が勢ぞろいしてるんだね。不死族、魔神族、蛇神族、魔獣族、巨人族――それらの種族が一致団結していれば、人間族なんかに後れを取ることはなかっただろう。暗黒神は魔神族に裏切られる前に、全種族の統率を目指すべきだったんだと思うよ」
「はあ……」と、テューポーンはあくまで心もとなさげであった。魔族にとって、全種族の統率などというものは、絵空事でしかないのだろう。
(でも、魔神族と不死族には裏切られて、巨人族はひとりを除いて全滅させられた。後に残された魔獣族と蛇神族と魔竜族だけでも、僕は統率しなければいけないんだ)
僕がそんな風に考えたとき、頭上の梢ががさりと鳴った。
それと同時に、「キャハハ!」という笑い声が降ってくる。
「本当に、暗黒神様のご到着だ! その蛇野郎の虚言じゃなかったんだね!」
見上げると、梢から少女の頭部が逆向きに突き出されていた。頬のあたりは赤紫色の鱗に覆われており、同じ色合いをした長い髪がぞろりと垂れ下がっている。人間でいえば16、7歳ていどの、きわめて美しい容貌であった。
「デルピュネか。約定通り、暗黒神様をお連れしたぞ。ウロボロスのもとまで案内してもらおう」
「へへーん、どうしよっかなー。もちろん暗黒神様はお連れするけど、他の雑魚どもは邪魔にしかならないよねー」
「……中級の力しか持たぬ貴様に、雑魚呼ばわりされる筋合いはない」
怒りを押し殺した声音で、テューポーンはそのように応じていた。彼女は完全に魔力を覆い隠していたので判然としなかったが、どうやら中級の力量であるらしい。
「ま、いっか。今からそっちに飛び降りるから、痛くしちゃ嫌だよ?」
その言葉の意味をはかりかねている間に、デルピュネなる魔竜族の少女は僕の頭上に飛び降りてきた。
僕が慌ててその身体をキャッチすると、デルピュネは「キャハハ!」と笑いながら首もとに両腕を回してくる。その姿に、「あーっ!」とナナ=ハーピィが眉を吊り上げた。
「あんた、気安くベルゼ様に近づくんじゃないよ! とっとと地面に降りてきな!」
「やなこった! 暗黒神様にお会いするのは、かれこれ10年ぶりなんだからね!」
デルピュネは、ほっそりとしていて鱗の生えた両腕で、僕の首をぎゅうぎゅうと抱きすくめてくる。蛇神族はみんなひんやりとしているのだが、彼女の肉体は火のように熱かった。
「この前お会いしたのは、魔神どもが暗黒神様を裏切って、団長たちがお城に集められたときだもんね! もー、自分で出向いてくるのがめんどくさいんだったら、あたしをお城に呼んでくれたらいいのにさー」
デルピュネは蠱惑的な微笑みをたたえつつ、僕の空洞の眼窩を覗き込んできた。その瞳もまた、髪や鱗と同じく赤紫色だ。
(……どうも先代の暗黒神は、この娘さんにも手をつけていたみたいだな)
僕は内心で溜め息をつくことになった。彼女の瞳に浮かぶのは、かつてジェンヌ=ラミアがたたえていた妖艶なる眼差しとそっくりであったのだ。
ちなみにそのジェンヌ=ラミアは、取りすました面持ちでこちらを見てすらいない。ナナ=ハーピィとは対極的に、彼女はそういった方面における僕への興味を完全に失った様子であった。
「さ、それじゃあ団長のところにご案内するよ! このまま真っ直ぐ、西に向かってねー!」
怒れるナナ=ハーピィをなだめつつ、僕たちは歩を再開させた。
魔竜兵団の他の団員たちも、魔力を隠しているのだろう。どれだけ歩いても、余人の魔力を探知することはできない。それにならって、僕たちも魔力を隠しておくことにした。
「最近、伯爵領を制圧したそうだね。魔竜兵団の働きには、感心していたよ」
僕がそのように告げてみせると、デルピュネは「んー?」と興味なさげに薄笑いをたたえた。
「伯爵領って、この前ぶっ潰した人間どもの領地のこと? どうして暗黒神様が、そんなこと知ってるの?」
「王都の人間から、情報をもらったんだよ。領主は王都まで逃げのびたらしいけど、他の領民たちはどうなったのかな?」
「いつもとおんなじだよ。半分ぐらいは他の領地に逃げ出して、もう半分は木っ端微塵さ」
「ふうん? 農奴も半分は逃げのびたっていうことかな? 僕たちがグラフィス公爵領を制圧したときは、農奴が盾になって市民や貴族が逃げる時間を稼いだって話だったんだけど」
僕の胸もとで揺られながら、デルピュネは華奢な肩をひょいっとすくめた。
「あたしら、人魔の頭数とかは勘定してないんだよね。その領地に存在する人魔の魔力だけを把握しておいて、どれだけの痛手を与えたかを勘定してるんだよ。だから、あの領地に存在した人魔の魔力の半分ぐらいは木っ端微塵にしてやったってことだね」
「なるほど。そうすると、中級の人魔は下級の人魔の100体分もの魔力を持っているはずだから……下級だけじゃなく、中級や上級もかなりの数を仕留めたっていうことになるんだろうね」
僕の言葉に、デルピュネはまた「キャハハ!」という甲高い笑い声を響かせた。
「細かい話は、どーでもいいじゃん! 最終的に、人間どもを皆殺しにできりゃあいいんでしょ? あいつら虫みたいに増えるけど、しょせんは雑魚の集まりだからね! 慌てなくても、いつかは1匹残らず退治できるよ!」
やはり魔竜兵団も、かつての暗黒神たちと同様に、場当たり的な戦闘を繰り返しているようだった。
そのあたりについても、僕は彼らを説得しなければならないのだ。デルピュネの楽しげな笑い語を聞きながら、僕はいっそう気持ちを引き締めることになった。
そうして数分ばかり歩いたところで、雑木林の果てに到着した。
険しい岩山がそそりたち、その手前には河川が流れている。右手の側には大きな滝があり、そちらからは清涼にして迫力のある音がどうどうと鳴り響いていた。
「団長たちは、あっちの洞穴だよ」
デルピュネは、滝とは反対の側を指さした。どうやらそちらに向かうには、この河川を跳び越えなくてはならないらしい。僕は再び飛行フォームに変化して、仲間たちを背中に乗せることにした。
「あんた、ハーピィのくせに自前の翼で飛ばないの? あんまり横着するんじゃないよ!」
「うっさいなー! あたしがどうしようと、あたしの勝手でしょ!」
僕の背中で、黄色い声が響きわたる。ナナ=ハーピィはデイフォロスを制圧して以来、1度として本来の姿に戻っていなかったのだった。
「それじゃあ、行くよ」
僕は河川を飛び越して、デルピュネの示す洞穴を目指した。
洞穴はかなり高い位置に存在したが、かなりがっぽりと口を開けていたので、僕の巨体を悠々と呑み込んでくれた。
そうして洞穴に足を踏み入れるなり、わずかな魔力の干渉を感じる。探知の術式にひっかからないように、障壁を張っているのだろう。特に不快な感覚ではなかったが、あたりの気温が何度か上昇したようにも感じられた。
「団長たちは、この奥だよ。この時間だったら、みんな顔をそろえてるんじゃないのかな」
僕がもとの姿に戻ると、デルピュネが先頭に立って案内をしてくれた。
洞穴の内部は暗いので、こちらも魔力で見通すしかない。こうして魔力を解放しても居場所を探知されないようにするために、障壁を張っているのだ。僕たちが仮の拠点を築くときと、おおよそは同じようなものであった。
「ここだよ」と、デルピュネが足を止めた。
しかし、洞穴は行き止まりである。目の前には、黒みがかった岩盤が立ちはだかっていた。
「ふうん? ここに入り口が隠されてるのかな?」
「うん。あたしらが勝手に踏み込むと、消し炭にされちまうからね。入り口を隠してるのは、団長たちの親切心さ」
何にせよ、入室するには許可が必要であるらしい。デルピュネは岩盤に手の平を押しあてながら、声を張り上げた。
「団長、暗黒神様のご到着だよー! 余計なおまけもいーっぱいひっついてるけどねー!」
しばらくの沈黙の後、風景が一変した。
目の前の岩盤がかき消えて、世界が光に包まれたのだ。
僕の右腕に取りすがっていたナナ=ハーピィが、「ひゃー」と声をあげていた。
その場所は、人工物にまみれていた。
足もとには真っ赤な絨毯が敷きつめられ、天井にはシャンデリアが瞬いている。いずれも魔術で具現化したものであるのであろうが、それこそ人間の城の大広間のごとき様相であった。
しかし、そのようなものはしょせん小手先の魔術である。
僕たちを圧倒したのは、そこにあふれかえっていた魔力の奔流であった。
僕の慣れ親しんできた魔獣族や蛇神族とはまったく異なる、猛烈なる魔力の気配――魔獣族の熱気と蛇神族の鋭さと、さらに何種かの要素を混ぜ込んだような、なんとも特異なる気配であった。
「ほほう。その蛇めは、適当な戯れ言を吐き散らしていたわけではなかったのだな」
部屋の奥から、低い男性の声が聞こえてくる。
そこには4脚の玉座のごとき座具が並べられて、1名ずつの魔竜族が座していたのだ。この場にあふれかえっているのは、その4名の体内からこぼれ落ちた魔力であった。
「生命拾いをしたな、蛇よ。今日の内に暗黒神様が訪れてこなかったら、貴様をどのようにいたぶってやろうかと、ずっと案を練っていたのだぞ」
その内の1名が、嗜虐的な笑いを含んだ声で言いたてる。
僕がその正体を見誤ることはなかった。彼はことさら魔力を発散しているわけではないし、むしろ魔力の消耗を抑えるために半人半妖の姿を取っていたのだが、それでもなお、超絶的な力感を示していたのである。
(これは……ガルムとナーガがふたりがかりでもかなわないんじゃないか?)
それはつまり、僕がこれまで出会ってきた魔族の中で、最強無比の存在であるということだ。
すなわち、彼こそが魔竜兵団の団長たるウロボロスであったのだった。
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