68.サイ姉さんと『リーブズメモリーズ』

 サイ姉さん……静流姉さんが帰ってきた翌日、三海先輩に連絡を取り、今日はログインしていることを確認した。

 なんでも、昨日は女子三人そろって勉強会をしていたらしい。

 《Braves Beat》の話で盛り上がって、いまいち進まなかったと言うことだが。

 とりあえず、アポは取ったので、今日は問題なく挨拶できるだろう。


 さて、問題の静流姉さんなんだが……。


「さすが琉斗ね。一年生の数学はバッチリじゃない」

「どうもです。……さすがに、予習をやり過ぎじゃないですかね?」

「別にいいんじゃない? 誰かさんみたいに、落ちこぼれそうで、必死に塾通いするよりは」


 うん、結構辛辣だ。

 なんでも、和也は今朝顔をあわせたが、挨拶もそこそこに塾へと行ってしまったらしい。

 昨日は帰ってきたのが遅くて、静流姉さんは《Braves Beat》をしていた時間だったそうだし、思いっきりすれ違っている。

 姉弟仲はそんなに悪くないはずだし、そのうちなんとかなるだろう。

 そこまで面倒見切れないし。


「さて、今度は英語の勉強よ! 琉斗、あまり得意じゃなかったでしょう!」

「かまわないけど……今日はずっと家にいるの?」

「暇だからいいじゃない。今日は、こっちの友達とも会えないのよ」

「……それならかまわないけどさ」


 今日は一日大変そうだ。

 静流姉さんが勉強を教えてくれるんだから間違いはないけど、大変な一日になりそう。

 ……ともかく、できるところから手をつけていこうか。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 夕食前には静流姉さんも帰っていき、俺の夏休みの宿題はかなり進んでいた。

 夏休みの宿題以外にも、予習が大分進んでいたが、それはまあご愛敬というものと考えよう、うん。


 さて、寝る準備を整えたらいよいよ《Braves Beat》にログインだ。

 いつも通り、自分の工房にログインしたら、鍛冶場に向かいサイ姉さんのバトルアックスを作る。

 今回作るバトルアックスはユニーク装備ではないので、三十分もあればサクッとできてしまうだろう。

 少々、素材の品質が悪いため、完成品の品質も最高級品にはならないのだが……そこは勘弁してもらうしかないかな。


 炉に火を入れて、骨材やら牙やらを鍛えること数十分、目的のバトルアックスが完成した。

 その名も『黒影竜のバトルアックス』だ。

 名前が混じってしまっているのは、黒竜素材と影竜素材のミックスになっているためで、立ち位置としては影竜単体武器の上位互換となっている。

 サイ姉さんが影竜素材を持っていたため、俺の持っていた黒竜素材の在庫を放出してこのバトルアックスを作った。

 バトルアックスを作る機会はめったにない……と言うか、一度もなかったため、少々張り切らせてもらったよ。


「おーい、エイト君。いるー?」


 工房の店舗のほうからサイ姉さんの声が聞こえた。

 どうやら待ち合わせの時間に……は十分ほど早いけど、もうやってきたらしい。

 バトルアックスももう完成しているし、行くとしましょうか。


「お待たせ、サイ姉さん。バトルアックスも完成しているよ」

「さっすが。それで、新しいバトルアックスは?」

「これだよ。いままでのバトルアックスより重くなってると思うから、注意して使ってくれ」

「了解。……うわ、確かに重いね。私好みだけど。お代は昨日話したとおりでいいの?」


 サイ姉さんは新しいバトルアックスを大事そうに抱えているが、相当お気に召したようだ。

 用事がなければ、いまにも狩りに飛び出していきそうな感じがするぞ。


「ああ、問題ない。……はい、毎度あり。壊れないように定期的に修理をよろしくな」

「オッケー。それで、先方には何時頃行くって伝えてあるの?」

「あと三十分くらいだな。いまから連絡を取って、早めに行くことも可能だと思うけど」

「……それって大丈夫なの?」

「多分向こうもヒマしているから平気。狩りに行くにも人数が足りていないから」


 フォレスト先輩に連絡を取ってみると、いまから向かっても問題ないと返事があった。

 やはり、三人では狩りに行くこともままならず、ギルドハウスでおしゃべりをするしかできることがないらしい。


「というわけで、いまから行っても問題ないそうです」

「わかったわ。……なにか手土産でも持って行こうかしら?」

「いらないと思いますよ。素材とかはあっちの方がいいものを持ってますし、お菓子とかを持って行くにしても、有名どころのお菓子はそんな簡単に手に入りませんから」

「……それもそうね。ゲーム内でも、世知辛いわよね」

「ノーコメントで。それじゃ、別サーバーなのでゲートから移動しますよ」

「はーい。道案内、お願いね」


 サイ姉さんを連れて、ゼータサーバーの『リーブズメモリーズ』ギルドハウスまで移動する。

 手土産はいらないと言っていたが、途中で美味しそうな焼き菓子があったため、それを買っておいたようだ。


「……ここがそのギルドのハウスね!」

「そうですね。ところで、そのセリフはなんです?」

「なんとなく、気合いを入れてみたかっただけよ。さあ、中に入りましょう」

「わかりましたよ。では、こちらにどうぞ」


 サイ姉さんをエスコートして、ギルドハウスに足を踏み入れる。

 一階にある談話室にはフォレスト先輩にブルー先輩、そしてレイと三人そろっておしゃべりをしていたようだ。


「ようこそ、エイト。その方が話しにあった、ブレンのお姉さんかね?」

「ええ、そうですよ、フォレスト先輩。こちら、ブレンの姉でサイレント=ハリケーン、サイ姉さん、こちらがこのギルドのマスターでフォレスト=シースリーです」

「ようこそ、サイレントさん。我ら『リーブズメモリーズ』のギルドハウスへ」

「お邪魔しますね、フォレストさん。ブレンがいつもお世話になっています。……あ、これ、途中で買ってきた焼き菓子です。皆さんでどうぞ」

「これはどうも。これは皆で食べるとしよう。ブルー全員分のお茶の用意を頼めるか?」

「はーい。エイト君もお手伝いお願いできるー?」

「了解です。それじゃあ、またあとで」


 俺はブルー先輩と一緒に、談話室の奥にある調理スペースに移動する。

 そこでお茶の用意をするわけだが、ブルー先輩から質問を受けた。


「はー、サイレントさん。きれいな人だったねー。エイト君、それなりに付き合いがあるんでしょー、どんな人なのー?」

「そうですね……割と押しが強いところがある人でしょうか。その上、マイペースなので他人を自分のペースに巻き込む癖があるというか……まあ、そういう人です」

「……そうなんだね。でも、あの装備って、結構きれいだよねー。どうやってそろえたのかなー」


 ……あの装備かー。

 第一印象をよくするために、昨日俺が押しつけたとは言えないかなー。


「……まあ、いいじゃないですか。お茶の準備ができましたし、戻りましょう」

「そうだねー。戻ろっかー」


 談話室に戻ると、三人で仲良く話をしているようだった。

 早速打ち解けているようで、結構結構。


「あ、エイト君、もう戻ってきたの?」

「お茶の用意だけだからね。はい、どうぞ」

「ありがと。……でも、なんでエイト君がお茶の準備?」

「エイトの料理スキルが一番高いからさ。このギルドでは、生産スキルが一番高いのはエイトなんだ」

「そうなんだね、フォレストちゃん。エイト君、結構生産スキル、全般を上げてる?」


 うん?

 いま、なにか変わったセリフが聞こえたような?


「サイ姉さん、いまフォレスト先輩をフォレストちゃんと呼んだような」

「うん、呼んだよ。あと、レイちゃんね」

「……さいですか。それなら、俺のこともエイトでかまわないけど」

「うーん、なんだかエイト君のほうがしっくりくるというか」

「よくわからないこだわりですな」


 サイ姉さんは、変なところにこだわりを持つからな。

 あっちがそう呼びたいというなら、不利益があるわけじゃなし、好きに呼ばせておこう。


「で、生産スキルって全般的に上げてるの?」

「……生産スキルってどれかを極めようとすると、ほかの生産スキルもある程度鍛えないと上がっていかなくなる仕組みになっているんですよ。なので、鍛冶以外のスキルもそれなりに上げてます」

「そうなんだ。意外というかなんというか」

「それがどうかしたんですか?」

「んー、聞いてみたかっただけ」


 ……まあ、サイ姉さんだしそう言うこともあるか。


「さて、エイトよ。このあと、時間はあるか?」

「このあとですか? ……依頼は入っていないので多少は時間がありますが」

「それならば、この五人で狩りに行くぞ! サイ姉さんも『リーブズメモリーズ』に加入してくれることになったのでな!」

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