肉はダンジョン産 野菜は工場産

 屋台市場に向かう。

 付いて来るのはあくびを隠そうともしないチンピラのみ。

 大方上役に命令されて嫌々追跡しているのだろう。このチンピラを囮とした本命の斥候がいないか確認したい気分になるが、不自然な動きになるので我慢我慢と自分に言い聞かせる。


 気を紛らわせるために精肉屋のおっちゃんが先ほど言ったことを考える。使い魔を手に入れた後はしばらくソロをしつつスカウトを待とうと考えていたが、どうも急いで加入しない方がよさそうだ。

 加入するまで使い魔召喚の儀式書を使わずに保持して売るという案もなくはないが、大発生を使い魔なしで無事乗り切れるか分からないし、儀式書をそれまで隠しきるとかちょっと現実的ではない。




「おばちゃん、にんじんを1単位、じゃがいもを2単位、たまねぎを3単位頼む。たくさん頼むんだから割引も。」

 明るい口調で八百屋の婆さんに頼んだが、


 野菜のブロックをまな板の上に取り出しながら、カッ、と喉を鳴らし、

「こんなババアにおばちゃんだなんて白々しい。合わせてたった6単位なんて普通の買い物なんだから値引きされるようなもんじゃないよ。これだから最近の若者は、西暦の頃はこんなババア相手に値引きを要求するような敬老精神が欠片もない人間なんていなかったよ。ババアを餓死させる気かい。」

 と、立て板に水が如くペラペラと喋りながら、ブロック野菜を鉈のような包丁でガンガンガンと切り分けた。


「そんじゃ、耳をそろえてきっちり払いな。」

 とリングを嵌めた左腕を差し出してくるのでこちらも差し出しぴったり払う。


「商売の邪魔だから、さっさとけーりな。」

 そう言って野菜ブロックを渡され、手を振ってすぐに店の前から追い出される。

「おうおう、おばちゃん元気でな。」

 そう言って立ち去るがこちらを見向きもしない。


 でも知っている。八百屋の婆さんが野菜を切る時単位のメモリより少し大きめに切ってくれていることを。これだからこの八百屋の常連を止められない。婆さんには長生きしてこのまま憎まれ口を吐き続けて欲しいものだ。




 香辛料はまだ残っているからカレーを作るだけならもう家に帰ればいいが、私には使い魔召喚をするという大事な用事があるので酒屋に寄らなければならない。

 不自然ではない行動で召喚に必要な物が集まるのだから、使い魔召喚は使う人間に優しい儀式だな。聖霊召喚とか死霊召喚とか悪魔召喚のような限定的な召喚儀式では特殊な触媒が必要になることが多いから助かった。高いだけある。


 そうして酒屋に来たものの、非常に困ったことになった。酔えればいいと最低よりは少しましな、直ちに危なくはない酒ぐらいしか飲んだことがないから、どれがいいのかさっぱり分からない。神酒というものにすれば間違いないのは明確だがリングの全マナ量とは桁違い値段だ。なんとなく無色透明な方がいいような気がするし、清いらしいからこの清酒というものを瓶に詰めてもらうか。たまの贅沢のカレーの値段どころではなく少し震えてしまう。


 ここまでやったんだからほんと使い魔頼むぜ。

 使い道がないとか、使い魔にならず逃げるとか、こっちを殺しにかかってくるとかそういったことがないことを祈る。




 何を買ったかまでは分からないはずだが、酒を買ったからかチンピラが距離を詰めてきている。スラムとは言え店舗エリアで揉め事起こすような人間がいるなんて信じがたいが、ここにはとんでもない馬鹿やアル中、薬中がいるもんな。店舗エリアにいる間に追いつかれるように少し歩く速度を落とした。


「おい、そこのヘアバンド。兄貴に言われてお友達になりに来たんだが、その酒貸してくんないかな?拒否権なんてねーから。フヘヘヘ。」


 とんでもない馬鹿は、言い切ったところですぐさま店舗の警備員に暗がりに連れ込まれ、ここで騒ぎを起こすとかいい度胸してるな。お前どこのもんだよとボコられ始めた。

 こちらにも暴力的でない取り調べがあったが、無所属のソロ探索者と言うことで背後が確認できないためなかなか解放されず、最終的に家まで一緒に行って確認することとなった。

 どこにも属してないと、自分が原因ではない揉め事が起きた時でもこうやって困るんだよな少し悲しくなった。

 ただこのトラブルもそんなに悪いものではない。無所属と言うことで家は元中位探索者の三級市民が運営するアパートという比較的安全な場所を選んでおり、襲われる危険があるのは店舗エリアと家の間のみ。ここに護衛が付くのだから、チンピラとこの警備員たちがグルでない限り安全は確保された。襲われる可能性なんて1%にも満たなかっただろうけどね。




「ふむ、確かに貴様の部屋のようだな。オーナーも特につながりのある組織はなし。うむ、無罪放免だ。」

 部屋に上がり込みじろじろと中を確認された後、解放宣言が出た。


「わざわざ私のために手間暇かけていただきありがとうございました。少ないですがよければみなさんの晩酌の足しにしてください。」

 リングからなけなしのマナを送ると、無言で受け取りそのまま帰って行った。


 はー疲れた。これでチンピラの取り調べが有利に進むといいな。

 リュックを降ろしそのまま座り込んでしまった。

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