第56話 受け継がれる魔法
「く、クソッ! 死んでたまるか!!」
マルクはグラディウスを構えて駆けだした。
相手はSランクの魔物。おそらく彼の師匠であるエリザベートでも討伐は困難を極めるだろう。
だけど諦めるわけにはいかなかった。
こんなところで、夢半ばで死ぬわけにはいかないのだ。
気合い一線振り抜いたグラディウスの刃は、エルダーリッチの骨の掌でいとも簡単に受け止められた。
エルダーリッチは、その骨の指でグラディウスの肉厚の刃を握りしめる。
軽く握っているように見えるのに、掴まれたその刃はマルクが全力で動かしてもピクリとも動かなかった。
一瞬の躊躇の後、マルクは決断するとグラディウスの柄から手を離し武器を捨てる。
戦力差は圧倒的だ。
あの状態で粘っても、剣を取り戻す事はできないだろう。
ならば唯一の武器であるグラディウスは捨てる。
左手の小盾を右手に持ち替え、前に構えながら身体強化の魔法を発動する。
純粋な魔法使いでは無いマルクの魔法詠唱は隙だらけな筈だが、当のエルダーリッチは興味深そうに彼を観察するだけで、詠唱の隙をついて攻撃してくるような事は無かった。
何故攻撃してこないのかはわからない。
しかし考えている暇は無い。攻撃が来ないのならその幸運に感謝して策を実行するだけの事だ。
マルクは盾に隠れた左手でこっそりとポーチを探り、お目当ての瓶をぴっぱりだした。
「うぉおおおお!!」
雄叫びを上げ、盾を前方に構えながら強化された脚力で突進をする。
マルクのその姿を見たエルダーリッチは、握りしめていたグラディウスをポイと地面に捨てて迎撃の体勢を取った。
身体ごと突き上げた小盾によるシールドバッシュを、エルダーリッチは再び掌で止める。しかしソレを予想していたマルクはインパクトの瞬間するりと右手の力を抜いて盾を手放した。
左手に握った治癒のポーションを、エルダーリッチの顔面に向かって放り投げる。
『ぐ、ぐぅうう!?』
苦悶の声を上げて、ポーションを浴びた顔を両手で押さえるエルダーリッチ。
その隙に地面に落ちたグラディウスを拾い上げたマルクは、隙だらけで悶えているエルダーリッチに向けて渾身の一撃を放った。
『なんてな。残念ながら私に治癒のポーションごときではダメージは入らんよ』
グラディウスによる一撃は空を斬る。
そしていつの間にか背後に回っていたエルダーリッチが、マルクの肩にポンと手を乗せると、急速に全身の力が抜けていき、マルクはその場で膝をついた。
『落ちつくのだ冒険者よ。私は別にお前と敵対する気は無い。一つ頼みがあるだけだ』
そう言ってエルダーリッチは、スッと音も立てずダンジョンの壁に近寄るとそこに手を当てる。
次の瞬間、壁に埋め込まれたいた燭台に一斉に灯が点り空間が明るく照らされた。
そこは書斎だった。
壁一面の本棚。汚れた書き物机に床に積み上げられた無数の本・・・。
『私はかつて名のある魔法使いだった。人里を離れ、この洞窟でひたすらに魔法の深淵を覗くための研究を続けていたものだ』
そう離しながらエルダーリッチは積み上げられた本を手に取り、パラパラとめくり出す。
『気がつくと私は死んでアンデットとして存在していた。・・・まあ別にそれはどうでも良いのだが、一つ問題があるのだ』
エルダーリッチは書き物机の側にある椅子を引き寄せるとそこに座った。手に持っていた本を机の上に置き、フリーになった両手をそっと組んだ。
『アンデットは成長しない。故に私がいくら研究をしようがこれ以上私の魔法が進化することができないのだよ。・・・私にはそれが耐えがたい』
「・・・・・・それで、俺に何をしろと?」
マルクの問いに、エルダーリッチは無言でパチンと指を鳴らした。
何らかの魔法によるものだろうか、力の抜けたマルクの身体が何かに操られたように本人の意思を無視して立ち上がり、エルダーリッチに向けて歩き出す。
自分の近くまで来たマルクの胸に、エルダーリッチは右手を当てるとそっと呟いた。
『我が魔法を伝承する役目を与えよう。冒険者よ、これからお前は私の研究の成果を外の世界へ運んで貰う』
そしてエルダーリッチは、マルクには理解できぬ言葉の詠唱を始める。
やがてマルクの意識はゆっくりと薄れていき、何もわからなくなった。
◇
「・・ク・・・・・・・・ルク・・・・・・マルク! しっかりするのですわ!」
エリザベートの声で目を覚ます。
マルクは重い瞼を開けるとゆっくりと、上体を起こした。
「・・・・・・ここは?」
記憶がはっきりとしない。
ここはどこだろうか?
「ここはダンジョンの中ですわ。それより何がありましたの? 扉を開けたらアナタが一人で倒れていたから驚きましたわ」
ダンジョン・・・扉・・・・。
少しずつ思い出してきた。
この部屋で相対したエルダーリッチの事を。
最後の記憶で奴はマルクの身体に何か魔法を行使していたように思えた。マルクはさっと自身の身体の異常を確認し・・・何かを手に持っている事に気がついた。
「・・・・・・これは・・・魔導書?」
表紙にドクロの印が刻まれた魔導書。
そのずっしりとした重さが、何故かマルクの気分を暗く淀ませるのであった。
◇
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