第54話 修行の日々
「マルク、これからアナタにはこのダンジョンを攻略してもらいます。危険度はC~Bってところかしらね。ワタクシも同伴するけど基本的には助けないからそのつもりで頑張りなさい」
装備を調えたマルクが連れてこられたのは、洞窟型のダンジョンだった。
エリザベートが言うには危険度はC~B、つまりDランク冒険者であるマルクには危険すぎる場所であると言えるだろう。
しかし不思議と恐怖は無い。
新調した新たなる武器、グラディウスが腰のベルトに心地よい重さを伝えていた。
「・・・わかりました。精一杯がんばります!」
パチンと自身の頬を叩いて気合いを入れる。
思い浮かべるのは離ればなれになった幼なじみの姿・・・。ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。一刻も早く強くならねば、いつまでたっても彼女の隣には立てないのだから。
「はぁああ!!」
気合いと供にグラディウスを振り下ろす。
ショートソードには無い重量がマルクの右腕に負荷をかけ、筋肉が引きつるがその威力は絶大だった。
重量の乗ったその一撃は、相対するスケルトンウォリアーを粉砕する。
どちらかと言えば、斬撃では倒すことが困難なスケルトン系の魔物を一撃で屠ることができたのは、グラディウスの肉厚の刃で斬るというより叩きつぶすように攻撃した事が原因なのだろうか。
しかし敵はまだ残っている。
先ほど倒したスケルトンウォリアーの後ろから新手の魔物が現れた。
漂う腐臭とただれて黒ずんだ皮膚。元は冒険者だったのだろうか、その装備は立派なモノで、鎧はマルクの来ている革鎧よりも丈夫そうだった。
グールと呼ばれる魔物だ。
ゴースト系の魔物が人間の死体へと取り付き、その存在をただ肉を求めてさまよう化け物へと変えてしまう。
グールは生前使っていたのであろう槍と大盾を構えてフラフラとこちらに近寄ってきた。
がっちりと構えられた大盾をまずはどうにかしないといけないだろう。生憎とこのダンジョンは狭いので回り込んで背後から斬りかかるという事は出来ない。
マルクは一つ深呼吸をして自身に強化の魔法をかける。沸き上がる力に一人頷くと、大盾を構えたグールに向かって駆けだした。
間合いを詰めたマルクはそのままの勢いを乗せて、下方向から突き上げるように右足を放つ。身体強化された蹴りで大盾の防御を崩してから攻撃する算段だ。
しかし右足に伝わってきたのは、マルクの蹴りをモノともしない重い感触。
ぞわりと背筋が凍る。
表情の無い筈のグールが笑ったような気がした。
体勢の崩れたマルクに突き出される槍の一撃。当たれば致命傷、マルクは必死で身をよじり回避を試みる。
脇腹に槍のかすめる感触。直撃は避けられたがその一撃は鋭かった。革鎧が貫かれるのを感じながらそのまま後方に待避するマルク。
幸いにもグールの移動速度は遅く、槍の射程範囲外なら安全そうだ。
マルクは乱れる息を整えながら脇腹を確認した。
革鎧は破壊されているが、中に着込んでいた鎖帷子のおかげで怪我は無さそうだ。本来鎖帷子は突き攻撃に弱い防具なので、貫通しなかったのは幸運という他ないだろう。
マルクは考える。この状況を打開するすべを。
先ほどの大盾を構える膂力に鋭い槍の一突き・・・あのグールは生前腕の良い冒険者だったのだろう。
正面からの突破は難しい。
ならばどうするべきか・・・。
ちらりと後ろに控えているエリザベートを見る。
両手のふさがったマルクの代わりにたいまつを持ったエリザベートは、余裕の表情でこちらを見ている。どうやら助けてくれる様子は無さそうだ。
つまりこれは、マルク自身の手で切り抜けられる相手だということ。
考える
考える
この場を切り抜ける策を。そして自分に何が出来るのかを・・・。
(そういえば・・・ハヤミが昔アンデット系の魔物について何か言っていた気がする)
そう
確かアンデットの弱点は・・・。
マルクは腰のポーチから治癒のポーションを取り出す。
呼吸を整え、一気に駆けだした。
一歩、二歩
グールの動きは鈍い。適切な距離まで近づいてマルクは手元のポーション瓶をポンと放り投げる。
投げられた瓶は緩い放物線を描いてグールの大盾を飛び越え、グールの頭にぶつかって破裂した。
「ぎゃぁああああ!!」
凄まじい悲鳴と供にグールの肉が溶けてゆく腐敗臭。
負の属性を持つアンデット系の魔物は聖の属性を持つ治癒のポーションでダメージが与えられる。幼き頃ハヤミに教えられた知識だった。
盾も槍も取り落としてもがき苦しむグールに近寄ると、素早くその首を切り落とす。
首を失った身体はふらふらと揺れ、やがて地に倒れるのであった。
「・・・・・・やったのか?」
倒した実感が無い。
相手は強敵だったが、今回の戦闘はあまりにも呆気ない決着だったからだ。
パチパチと拍手の音が背後から聞こえる。
「やりましたわねマルク。今の勝利はグレイトですわ」
賛辞を送るエリザベートにマルクはぼんやりと尋ねた。
「・・・師匠、これでよかったのでしょうか?」
「いいですわ。アナタは自分の知識と持っている道具で工夫して勝利しました。それは何事にも変えられない貴重な経験ですのよ?」
そして優しく微笑むとマルクに歩み寄り、その頭を優しく撫でるのであった。
◇
しばらくダンジョンを進んでいると、不意に開けた場所に出た。
狭苦しい通路ばかりで、気が滅入る思いをしていたマルクはほっと一息つくと、安心したように肩をぐるぐると回す。
突然、背後に控えていたエリザベートがマルクの正面に立つと、するりと腰の剣を引き抜いた。
警戒した表情で前方を見つめて声をあげる。
「そこにいるのは誰ですの!?」
誰かいるのだろうか?
薄暗くてマルクには気がつかなかったが、エリザベートはAランク冒険者にふさわしい気配察知能力でいち早く気がついたのだろう。
ぴりぴりとした緊張感の中、闇の奥からゆっくりと姿を現したのは一人の女性だった。
豊満な肉体を黒を基調にしたシンプルな衣服に包み、流れる見事な紫色の髪をポニーテールにしてまとめている。
「おや? こんなマイナーなダンジョンに冒険者なんて珍しいね」
鈴を転がすような可愛らしい声で笑った女性は、敵意は無いと示すようにその右手をスッと差し出した。
「初めまして冒険者さん。アタシはクレア・マグノリア。よろしくね?」
◇
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